買うのは町の呉服屋さんオンリー
「奏ちゃん。楽しそうでいいことだけど、大丈夫なのよね…?」
着物を着るようになって、お姉さん世代のお友達に何度となく声をかけてもらった。皆さん思慮深い方たちなので言葉を選びながらではあるが、心配されているのはひしひしと感じる。
何を心配されているかと言えば、着物の買い方について。
今年の初めから和装をはじめた。実家には振袖と浴衣があるが(どちらも母のおさがり)、着物も着付け道具も何一つ持っておらず、完全にゼロの状態からのスタートとなった。
今は、着物の買い方にも色々ある。呉服屋さんや百貨店に足を運んで新品を誂える以外にも、アンティークやリサイクルのお店もあるし、ヤフオクやメルカリなどネットでの売買も活発だ。「着物は高いもの。買うのが難しいもの」という心理的ハードルは、ネットを活用すれば案外すんなり乗り越えられる。
しかし私は、町の呉服屋さんにお願いするという一番古典的な方法を選んだ。
リサイクル商品も扱っているお店だけれど、中心は「お誂え」。つまり、新しい反物(巻物のようになっている布地)を選んで、仕立てをお願いする方法だ。安いものであれば数千円から見つかるネットショッピングの世界と比較すると、とっても高価な買い物と言わざるを得ない。
私の周りには、着物好きの女性がとても多い。しっかりした経済観念と好奇心のアンテナをもっていて、ファッションにもライフスタイルにも素敵なセンスを発揮している女性たち。そんな賢いお姉さんたちは、着物ショッピングについてもリアル店舗・各種イベント・お譲り・ネットショッピングなどの選択肢を自在に使いこなし。リサイクル商品も上手に取り入れている。
お姉さんたちからすると、新品を中心に選び、しかも一軒のお店に絞ってお付き合いしている私が少し危なっかしく見えるのだろう。(なんなら呉服屋の女将さんにも危なっかしく見られている可能性すらある)
「メルカリとかも見てみたら?」
「そんなパッと買って大丈夫?」
純粋に善意から心配してくれるのがわかるし、実際に皆さんが手に入れた品を見せてもらって「なんと、こんな素敵なものが●円なんですか?!」と驚愕してしまうことも多々。いやぁ、着物ショッピングは奥が深い……。
私は富豪ではないので、安く済むならもちろんそれに越したことはない。
ただ、とにかくセンスや見る目に自信がない。そして、掘り出し物を探す作業に時間と労力をかける余裕がない。たまにネットサーフィンをしてもどうにも良し悪しが判断できず、どんどん自信がなくなり、最後には喉が詰まって具合が悪くなる(ほんとに吐きそうになる)。何時間もお店を見て回りネットサーフィンしたのに何も見つけられなかったりすると、「時間を無駄にしてしまった」と思ってまた具合が悪くなる。上手な人には伝わらないかもしれないが、買い物ってとても複雑で難しいものだと思う。
好きそうなものを事前に見繕ってくれて、並べて見せてくれる呉服屋さんとのお付き合いが一番楽。今思えば、最初に飛び込んだお店と相性が良かったのは幸運だった。女将さんズがナイスキャラで、特に、江戸っ子な若女将さんがなんでも詳しく説明してくれて、時には遠慮なく突っ込んでくれるところが好きだ。
加えて私は仕事柄交渉慣れしており、さんざん見せてもらった上で「No」と言えるタイプなのも呉服屋さんが向いているポイントかもしれない。
また、着物にはたくさんのルールとアイテムがある。この季節にはこういう着物を着るべきだとか、着物と帯・その他小物を組合せるルールだとか。私のワードローブを把握しているプロが、しっかりみっちり教えてくれるのは心強い。もし独学でこの世界に参入していたら、「この組み合わせでいいのか?」と不安になっただろうと思う。そして喉が詰まって具合が……(繰り返し)。
まぁ、これはもちろん人それぞれだと思うし、今後私もステップアップして自力で着物を探せるようになるかもしれないから、他の人の着物ショッピングの話はどんどん聞きたい。そして引続き私に突っ込みも入れてほしい。
着物1年生にしてこれまで遣った金額を振り返り、スッと背筋が寒くなることもある。そんなときは、ものづくりに人生を賭けた人々の物語を読むことを通して、和装の文化的側面を再確認して自分を慰める。
『遺言 対談と往復書簡 』(志村ふくみ、石牟礼道子/ちくま文庫)
それで私は、手が一番大事だ、手だ、ということを言ったんです。手こそが物を考えて、物を言う。手が先に動くんです。手が魂を伝えるんです。――『遺言 対談と往復書簡』より
人間国宝の染織家、志村ふくみさん。東日本大震災の直後、志村さんが会いに行ったのは『苦界浄土』の著者である作家・石牟礼道子さんだった。当時新作能の準備に入っていた石牟礼さんが、志村さんに登場人物である天草四郎と少女の衣装制作を依頼したところから二人の文通は一気に盛り上がりを見せる。人間の業と創作への献身について、八十代半ばだった二人が語り合う。
『琉球布紀行 』(澤地久枝/新潮文庫)
「これがわたしの道具よ」
とカミソリをかくした宝のように示して、無邪気な顔になる。積まれた糸を見まわしながら、
「いまがいちばん金持。しあわせな気持」
と顔中で笑った。――『琉球布紀行』より
『妻たちの二・二六事件』『記録 ミッドウェー海戦』などの著作で知られるノンフィクション作家・澤地久枝さん。無類の着物好きでもある澤地さんが持つ、沖縄の布への愛と憧れ。琉球紅型、読谷山花織、宮古上布、喜如嘉の芭蕉布、琉球絣……。沖縄が生んだ布たちを、今に繋ぐ作り手たちへのインタビューをまとめた一冊。厳しい歴史の荒波の中で技術と文化を継承する人々の語りは、一つ一つが宝石のよう。
『南部菱刺し 刺しが教えてくれること 』(天羽やよい/東京図書出版)
飢餓や寒さにせっつかれてどうしてもやらなければならない仕事。永く永く気力をしぼって刺し続けなければならないその布の上に、ただ運針の糸目しか見えてこなかったら、狂ってしまうんじゃないか。そこに模様を生んだ女たちの必然。――『南部菱刺し 刺しが教えてくれること』より
二大刺し子と呼ばれる、青森県津軽地方のこぎん刺しと、青森県南部で育った南部菱刺し。弱った布を補強し、寒さから家族を守るための女たちの手仕事。横浜から嫁いできた一人の女性が、廃れていく刺しに出会い、誰に請われたわけでもなく黙々と独学で刺し続けて……。厳しい自然と貧困の中で必然と共に育っていった南部菱刺し。それを継承する天羽やよいさんによる、刺しから聞こえてくる“声”たちの物語。
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