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衰えません、死ぬまでは。

2025.05.28 公開 ポスト

第27話 前半 筋トレ存亡の機、そしてまさかの若輩者へ

えのきは口内の敵!老化した歯の隙間に挟まってブラブラ…。歯間ブラシとのお付き合いが密になるお年頃宮田珠己

文句を言いつつも、なんとか筋トレを続けてきた宮田さんが、ついに…!?

*   *   *

仕事で3日間家を空け、その1週間後に今度は5日間の取材旅行に出た。

すると困ったことが起きてしまった。

筋トレが途絶えたのである。

 
(写真:宮田珠己)

昨年、一念発起してサステナブルな筋トレを開始し、約半年間、10分間だけとはいえ、ほぼ毎日続けてきた。内容は腕立て伏せとプランクとバックランジだけ。負荷も大したことなく、おかげでなんとかここまで続けてこられたのだが、そうはいっても楽しいと思ったことは一度もなく、たった10分だけなのにうっすら心の負担になっていた。

腕立て伏せの回数も、徐々に増やしていく予定だったが、当初10回だったのが15回になっただけで、その後は増えることなく、正直言うと、いまだ面倒くさいのだった。

そんななか出かけた連続取材。出かけた先のホテルで、筋トレをするかといえば、ビジネスホテルの狭い床に這いつくばるのは楽しくないし、ホテルの部屋に戻ったら後は自由時間というわけでもなく、その日取材した内容を整理したりしてるうちに疲れてしまって、さっさと寝たい気分だったのである。結果、旅行中は一切筋トレしないまま帰ってくることになった。

すると、どういうことになるだろうか。

私の性格上、散歩でも筋トレでもなんでもそうなのだが、継続のモチベーションをあげるには、記録をつけることが有効であるとわかっている。エクセルで表を作って、そこに腕立て伏せの回数などをつけることでやる気がアップし、それゆえ日課にできていたわけだが、このたびこのエクセルに空白が並ぶことになった。

それまで連続して数値が記入されていた表に、いきなりの長い空白。貯めていたポイントが、何かのミスで全部消えてしまったような悲しみに襲われたのは、仕方のないことと言えよう。

そして、そのとき私の胸の中に、次のような怒りにも似た感情が浮かんできたのである。

今までの努力が無駄になってしまったではないか。長い時間をかけて積み上げてきたドミノが、たった一度のミスで全部倒れてしまったような元の木阿弥感。

またこれから続けて行けばいいだろう、と思うのは、他人事だから言えるのであって、皆勤賞を目指していた人間は1日遅刻がついただけで、すべてがガラガラと崩れ落ちていく悔しさを味わうのである。

こうして私の半年続いた筋トレは存亡の機に見舞われているのであった。存亡の機というか、取材後まったくやってない。

(写真:宮田珠己)

ただ、これにはやむを得ない理由もあって、この1カ月ほど腰が痛いのである。まっすぐにしていれば問題ないが、屈むとピキッと痛みが走る。原因はわからない。思い当たるのは、ずっとパソコンの前に座っていることによる疲労の蓄積である。だとすれば、これは仕事柄しょうがない。

もしここで無理に筋トレを続けて腰痛がさらにひどくなったら、業務上マイナスである。今は冷静になって、筋トレはお休みとするのが賢者の判断としたわけである。

もちろん腰痛が治れば、筋トレ生活に復帰する気持ちはある。エクセルの記載が途絶えてモチベーションは大いに下がっているものの、いつかまたやる気が充満しないとも限らない。半年もコツコツ続けていたものが、ほんの数日で覆ったのである。ならばまた数日でやる気が逆転することもあるかもしれない。

お前がそうなるとは思えない?

そうかもしれん。そうかもしれんが、そのときはせめて、半年間の筋トレ経験を通じて、未来の子どもたちに、継続することの大切さを伝えていこうと思う。

って、いやいや、あきらめてどうする。筋トレで運気をあげるのではなかったか。そもそも半年で運気はあがったのか。

この半年の成果を頭に思い浮かべてみる。

……何も浮かばない。中性脂肪が減ったのは、あれは食事が変わったからだろう。筋力がついたかどうかはわからない。多少はついたかもしれないが、所詮は腕立て伏せ15回レベルである。 成果が見えてこないのも、モチベーションがいまだ低空飛行である原因のひとつだ。ここが踏ん張りどころとも言えるが、その間にも、体はむしろどんどん衰えていくばかりである。

体の衰えは、こっちの都合を待ってくれない。

歯茎がしみる話は前に書いたが、このたび取材旅行に出かけようとして、うんざりしたことがある。それは、これまでなら歯ブラシ1本でよかったのが、フロスと歯間ブラシもいっしょに持ち歩かなければならなくなったことだ。歯のすき間が大きくなったのである。仮に洗面用具を忘れた場合、コンビニに行って歯磨きセットを買えばいい時代は終わり、それに加えてフロスや歯間ブラシも探さなければいけない年齢になったのだ。

(写真:宮田珠己)

気がつくと最近は、シリアルとえのきから距離を置くようになった。歯のすき間にめちゃくちゃ詰まるからである。これまでもトウモロコシには難儀していた。あれは黄色い果肉も、それを包んでいる薄皮もどちらも歯に挟まって、いらだたしいことこの上ない。そのせいで昔は焼きトウモロコシが大好きだったのに、今では極力避けるようになってしまった。

そしてそんなNG食材に、最近はシリアルとえのきが加わった。これはパクチーが食べられないのとはわけが違う。パクチーは嫌いだから食べないのであり、トウモロコシ、シリアル、えのきは、仮に好きでも食べたくないのである。中でも一番困るのはえのきだ。

かつてえのきは好きな食べ物だった。きのことは思えないクリーミーな味わい。大好物とまでは言わないが、居酒屋へ行けば、必ずえのきバターを頼んだものだ。

それがいまや、最大の敵となって私の前に立ちはだかっている。トウモロコシもシリアルも歯に詰まると困りはするものの、えのきほどの大惨事にはならない。トウモロコシらは歯のすき間にぴったり埋まって、もちろん気持ちが悪いのだが、えのきは歯のすき間にぴったり埋まらない。

すき間から左右に伸びるというか、口の中のアクセサリーみたいに派手にブラブラする何かに変わるのである。口の中に雑草が生えたような感じなのだ。

きのこを食べるなら、しめじのほうがいいし、それよりもしいたけやまいたけを食べたほうが平和である。エリンギは、あれはあれでゴムを食べてるようでどうかと思うが、それは歯のすき間とは別の話だ。

えのき、トウモロコシ、シリアルの他にも、ゴマや米なども今後敵方に寝返りそうであって、私の中で、小さい粒でできている食べ物はみるみる好感度が下がっている。

おのれ、小さくて歯に挟まるツブツブした食べ物め。

では小さくてツブツブしていない食べ物ならいいかというと、最近はそういうこともなく、結局は何を食べても歯に挟まることがあり、食後の歯磨きがどんどん複雑なミッションになっていくのであった。

今、私の旅行用歯磨きセットには、歯磨き粉と歯ブラシのほかに、3つのアイテムが入っている。歯間ブラシとF字型フロスとY字型フロスである。フロスが2つもあるのだ。それらを歯磨きセットのケースに入れると、今にもあふれんばかりで、ときには蓋がしっかり閉まっていなくて中身が外にバラけたりして、ますます面倒なのであった。

(後半に続く)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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