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衰えません、死ぬまでは。

2024.04.29 公開 ツイート

第14話 スピード感年齢チェック 後半

最近、全力で走りましたか?…宮田珠己さん考案の「スピード感年齢テスト」。さて、あなたのスピード感は何歳か 宮田珠己

年をとると、スピード感が失われる。さて、スピード感について考察を深めてみる!?

*   *   *

あなたのスピード感年齢を測ってみよう、みたいなサイトがあったら試したいところだが、そんなものはないので、自分で考えてみた。簡単なテストなので、みんなもやってみてほしい。

問題:あなたが道を歩いていると、50メートル先の信号が青に変わりました。どうしますか。

 

 

  A:迷うことなく走る

  B:荷物がなければ走る

  C:間に合えばいいなと思いながら早歩き

  D:たぶん間に合わないので、そのまま歩く

  E:次の青信号にちょうど間に合うよう逆にスピードを緩める

  F:信号? あ、あれ渡るの?

(写真:宮田珠己)

診断結果は、Aと答えた人は10代以下、Bは20代、以下順に30代、40代、50代で、最後は60代以上である。

私はEの、次の青信号にちょうど間に合うようにスピードを緩める、だ。情けないほどのスピード感のなさであった。

そもそも信号が変わった瞬間に、突然走れる気がしない。事前に心の準備をしておかないと、きっと走れないだろう。

もう何年も全力で走ったことがない。

人間60歳にもなると、若い頃にくらべて体力が半分以下どころか、実感で10分の1以下に落ち、どれだけスピードが出せるかという話以前に、全力で走ること自体難しくなる。

速く走れても、それはあくまでできる範囲でなるべく速く走っているだけで、若い頃の全力疾走とは別物である。

ランニングマシンで速度をあげられるだけあげてみればわかる。どこかで腕をものすごくふって走り方を変えなければついていけなくなる瞬間がくるはずだ。全力疾走は、その先の、ギアを最高にあげた走り方のことだ。体育の授業でやった50メートル走のような、自分の持てる最高の力で短距離を駆け抜ける走り。60歳にそんなことができるだろうか。

たとえばジョギング中、速い速度で長距離選手のように走ることは短い時間ならできる。

でもそれは全力疾走とは違うのだ。

老人の体は全力で走る仕様になっていない。

学生時代、私は陸上の短距離選手で、歩くだけでイライラしていた。歩くとは、なんとノロマな行為であろうか。たとえて言えば、F1に乗っていながら制限時速30キロの道を走っているようなもので、とてもじれったかった。

なのでよく無意味に走っていた。

急ぐ用もないのに駅まで走る。予定より早く到着しすぎて時間を持て余したとしても、歩くよりまし、と思っていた。

就職後スーツを着、革靴を履くようになってからも、しばらくは駅から会社まで無駄に走っていた。遅刻しそうだったからではない。雑踏をだらだら歩くことに耐えられなかったのだ。道行く人がみな遅すぎて、イライラした。

会社の後輩に、先輩すごいスピードで追い越していきましたけど、何かあったんですか、と聞かれたこともあった。

べつに何もない。走っている状態のほうがしっくりくるだけだ。タッタッタッ、と軽快にリズムよく走る。ただそれだけで気持ちがよかった。

だったらジョギングでも始めては? と言われそうだが、さっきも書いたように、短距離の走り方は長距離の走り方とはちがう。私には短距離の走り方が合っていた。バネを使って、滞空時間を長く、弾むように走る。逃げる鹿のように、ぽーんぽーんという感じで。これがほんとに気持ちいい。

だが、そんなのはすべて過去のことなのであった。話を戻すと、今もし私が信号で走ることがあるとすれば、それは渡っている途中に点滅が始まった場合だけである。

ということで、ここで第2問。

(写真:宮田珠己)


問題:あなたは信号を急いで渡らなければならなくなり、走ることにしました。そのとき腕はどうしますか(荷物は持っていないと仮定します)。

 

  A:肘を直角に曲げ、指を伸ばす

  B:肘をなんとなく曲げ、指は伸ばさない

  C:肘は曲げないで、腕を伸ばしたまま前後にふる、もしくはふりもしない

 

Aと答えた人は20代以下、Bは30~40代。Cは50代以上である。

歳をとると、肘を曲げて走ることがなくなる。

私もあるとき、肘を曲げないまま走っていると家族に指摘され、その姿を自分で想像して恥ずかしくなった。実にかっこ悪い走り方ではないか。なぜ肘を曲げないで走るのか。

それは、肘を曲げると加速するからである。

加速してもべつにいいのでは? と思ったとしたら、それはあなたが若い証拠である。

老人は、加速したくない。なぜなら、加速すると止まれなくなるからである。

止まるには筋力がいるのだ。筋力がないと、うまく止まれない。

いきなり脚を止めようとしてひっくり返ったり、捻挫したり、最悪の場合アキレス腱を断裂したりする。なめらかに止まるためには急に力を抜いてはいけなくて、筋力を調整し、段階的にスピードを落とす必要があるが、その微調整ができない。

だから老人は加速を恐れる。肘を曲げないのはうっかり加速しないように本能が加減しているのだ。

全力疾走できないのも、階段を下りるのが怖くなるのも、同じことだろう。ブレーキをかけるだけの筋力がないからなのだ。

と気づいたところで、私は考えた。

ならば十分に注意しながら、敢えて全力疾走してみたらどうだろう。止まるために筋力を使わざるを得ない状況に自分を追い込み、筋力を鍛えるのだ。

止まれないから加速を封印しているだけで、老人でも加速自体はまだできると思う。全力疾走もそこそこできるはず。

老人肘曲げダッシュ。

生きるスピード感を失わないために、私が今編み出したトレーニング法だ。次回はそれを試そうと思う。

(もちろん鍼灸院で教えられたチビ筋トレは継続します)

(写真:宮田珠己)

*   *   *

(本連載は「小説幻冬」でも掲載中です。次号もお楽しみに!)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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