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わたしにも、スターが殺せる

2023.08.12 公開 ツイート

対談 須賀健太×藤井清美[前編]

コロナの前って舞台が中止になるって思ったことがなかった 藤井清美

脚本家・演出家の藤井清美さんの『わたしにも、スターが殺せる』はコロナ禍のエンタメ業界を舞台にした長編小説。登場する2.5次元俳優・翔馬は、大きな役を掴んだ舞台が緊急事態宣言で延期となり、悔しい思いをTwitterで吐露しました。しかし、それをきっかけに、大炎上してしまいます。

ご自身も、コロナ禍に舞台が中止になってしまった経験がある俳優・須賀健太さんと、藤井さんとの対談をお届けします。

*   *   *

あの時、俳優さんは「観にきてください」が言えなかった

藤井 須賀健太さんとは、コロナの中で縁ができました。私が原作・脚本・演出した朗読劇「#ある朝殺人犯になっていた」では主演をしていただき、私が脚本を書いた連続ドラマ「准教授・高槻彰良の推察」では重要な役でのレギュラー出演。なのに、時期が時期だったので、実は、一緒にご飯を食べたことも、撮影現場で会ってこともない。でも、大変な時期に一緒に作品に向き合った感覚が強くて、もう同志のような……。そんな須賀さんにこの小説を読んでいただけて嬉しいです。登場人物の翔馬は2.5次元俳優ですが、須賀さんは2.5Dアンバサダーを務めたこともあるので、そういう点でもどんなふうに読んでいただいたのか、楽しみです。

須賀 僕は全然前情報なくこの小説を読んだので、こんなにコロナ禍のこととリンクしていくって予想していなくて。実世界の状況をものすごくリアルに書いてて。自分もこうなってたかもしれないなというか、誰しも炎上しえたみたいな部分があったのが、なんかドキドキして。でも未だにしっくりきてないというか、あれであんなに炎上したっていうのが。

藤井 翔馬のツイートですね。「エンタメは必要じゃないかな?」「誰か保証してくれるの?」っていう。

須賀 そもそも、エンタメは不要不急かみたいな話になったじゃないですか、あの瞬間、流行語的に。あれってなんか僕、ピンときてなくて。小さい頃からお芝居をやらせてもらってて、生活に根付きすぎてて、なんかそもそも議論になるっていうこと自体が、あんまピンときてないというか。他の職業の人たちと変わらないっていうとあれなんですけど、僕の中では根付きすぎてるから。そもそも職業とかっていう概念も飛び越えた側面もあったので、自分の中では。あ、そっか、不要かどうか問われる対象なんだっていうのを認識したきっかけでもありました。この話、めちゃくちゃ難しいっていうか。結構、未だにあり方とか立ち位置がわからなくて。感染症のこととか。

藤井 感染症は医学ですしね。

須賀 今、冷静に思うと俺らのことなら叩いてもいいみたいな、感じもあったなと思って。やっぱり、演劇とか映画を観るって趣味の延長線上というか。趣味だし、好みだから、本当に全くそういうことをしない人もいるじゃないですか。だから、全員にとって同じだけ必要なものじゃないから。なにこいつら、普段好きなことをやってるのに偉そうに、みたいな、空気がめちゃめちゃ漂ってて。その時はこれは言語化できなかったけど、なんか厳しいなみたいな、目を感じてたし。下手なこと言えないなって肌感はあったですけど、でも、そんな思われ方するのも悔しくて。だからこの本を読んだ時に、あ、確かに翔馬が言ったようなことを言いたかった、だけど言わなかったんだな、自分は、って思いました。

藤井 あの時、俳優さんは言えなかったですよ。「観に来てください」が言えなかったじゃないですか。そもそも。

須賀 だから、矛盾してました。告知文とかも、コメント撮るときに、ぜひ劇場に来てください、みたいなことは言わないでくださいって。それじゃあなにも言えない。もちろん観に来てほしいのに、劇場に来てくださいって言わないでください、って言われたら。でも、確かにまあ、そうか、わかりましたってなってたし。すんなり受け入れてたし、あのとき。不思議な感じでした。なにしたらいいかわからなかったし、無気力だったな、って思いますね。

舞台が止まった瞬間無になった感じがありました

藤井 あの時みんな程度は違えどメンタルがやられてたじゃないですか。表に出した人と出さなかった人がいたでしょうけど。演劇や映画・ドラマを創る人は、それが職業でもあるけど、生き方ともリンクしてる。だから、作品に関わること自体が否定されちゃったら、なんかみんなどうしていいかわからないというか、言葉が出なくなっちゃったというか。私が関わる公演が中止になった時も、その瞬間は、誰に連絡しなきゃとか、俳優にはこういうふうに伝えてくださいとか色々対応策を考えるんだけど、そのバタバタした状況が落ち着くと、自分の中でじわじわ、あ、もう本当にやらないんだなってダメージが沸いてくる。じわじわじわじわ、ってなんかね(笑)。

須賀 僕も稽古する前に中止になったのがあって。最初、稽古してないしビジュアル撮っただけだから、まあこれもご時世がら仕方ないのか、みんな止まってるし、みたいな気持ちだったけど。中止の発表とかもTwitterでして。いやほんとは作りたかったです、スタッフさんとご一緒したかったです、みたいのもつぶやいてる時とかは、ある種実務的にやってたけど。いざ家にいると、何もないなって。先もわからなかったから、このまま無くなるのかなお仕事自体が、ってすごく思った。

藤井 私はまさに緊急事態宣言の最中に、リモートドラマ(藤井が企画・脚本した『ただいまオンライン喧嘩中』)作ってたんです。このリモートドラマを企画したのは、このまま先が見えないと俳優さんたちの気持ちが死んじゃうって思ったからでした。特に、それまで忙しく仕事をしてきた人であればあるほど、これまでは、覚えないといけないセリフがないとか読むべき脚本がないってことがなかったでしょ。

須賀 強制的にもう何もない休みですってなったから、最初1週間だけちょっと嬉しかったんです、実は。合法的な休みみたいな(笑)。でもなんか、することなくて。台本読んだりとかもないし。どうしようってすっごい思ったし。舞台が止まった瞬間無になった感じはありました。だからそこでSNSに縋るじゃないけど、何かを求めてしまう感じもすごく分かったし。僕自身も何かしら呟いてたんだろうなって思って。詳しくは覚えてないですけど、そういうような話をTwitterでした瞬間はあったんだろうなって。今思えばすごいギリギリの状況だったのかなって思うし。感染症はもちろん感染力とか怖いけど、なんか不安にする力みたいなのがすごかったなって、人を。先も見えないし。

藤井 リモートドラマの時にベテランの女優さんが、「私これちゃんとやらないと他の俳優に恨まれる」っておっしゃってたんです。「どういう意味ですか?」って聞いたら、「日本中の俳優たち全員、覚えるべきセリフがない、っていう時に、ああ、セリフ覚えなきゃ、って思ってる自分はすごく幸せだから」って。「なんでお前なんだ、って思われたくない。だから俳優としてちゃんとやらないと」って。

須賀 僕も意味もなく昔の台本とか読んでましたもん。あと、昔の舞台のDVDとかすごい観てた。なんか雰囲気を忘れたくないというか、空気感。でも多分その時点で、どこか元どおりにはならないってことはわかってたというか。コロナ前と同じ状況はもう訪れないって、僕思って。それは配信がこんなに発達するってそういうことじゃなく、純粋に、全く同じものにならないんじゃないかなって。それこそ、緊急事態宣言で誰も街にいなくなった時、これはほんとに舞台とかなくなっていくのかと思ったりして。すごく不安だった。僕、18くらいの時から舞台に本格的に出るようになって。舞台歴がそんなに長くないので、せっかくちょっとずつできることが増えたとか、自分の中で引き出し増えてきたのに、もうなくなるかもくらいな思いはありましたし。怖かったですよ。

藤井 それは、わかります。

言葉が違かったら炎上していたかもしれない

須賀 でも、僕、役者の中では運が良かった方で、コロナやばいねって言いながら公演やれてる方だと思うんです。人によっては何本もあったのに全部中止とか。そこに関しては、まだ創作に関しては携われた方だと思うから、そこはちょっと楽かなっていうのはあります。

藤井 私の友達は5本くらい中止になって。初日開いたけど次の日から全公演中止とかもあったそうです。

須賀 最悪。それこそ稽古始まる前の方が、まだダメージが少ない気がする。台本読んでるだけの状態とか、まだ。でも、覚えて感情とかも色々作ってようやく見せられるねの段階で中止が一番きつい。

藤井 この気持ちはどこに持っていけばいいの、っていう。

須賀 そういう気持ちをわかってほしい部分もあるけど、共有できない感じもあるから。

藤井 舞台を観るときはお客様に物語に没入してほしいから、俳優さんも「苦労してる」ってことはあまり表に出さなかったりしますもんね。

須賀 お客様にここまで明かしたくないけど、でもやっぱ、めちゃめちゃエネルギー使うじゃないですか、舞台一本作るのって。こんなしんどいんだよ、って知って欲しいわけではないけど、でもあの時期は、娯楽もそれはそれでエネルギーいるんだよって……。

藤井 須賀さんは心の中で静かに思ってたんですね。でも、翔馬はその気持ちを公にしてしまったんですよね。あの投稿が炎上するとは思わなかった、って須賀さん言ってましたけど。

須賀 ニュアンスとしてはあれ、すごい勢いで言ったみたいなことじゃないですか。でも、あれを一晩寝かせても同じ気持ちで言ってたんだったとしたら、僕は、炎上しないなって思っちゃうマインドの方なんですよ。だから、翔馬と同じ。

藤井 でも、あの時期には、言わなかった。言おうとも思わなかった?

須賀 あの瞬間の細かい感情っていのは早くも忘れかかってるんですけど——強いて言うなら、これはこれ、それはそれみたいな。医療従事者の方が大変なのは百も承知だし、そんなことは大前提って言うのはおかしいけど、思ってるし、わかってる。でも、こっちも大変だよっていう気持ちはあったから。危なかったかもしれないです。実際、ちょっと違うけど、周りの役者も辞めたりとかしてたし。ご一緒したことはなかったけど、舞台で見てていいなって思ってた役者さんがTwitterで辞めますとか言ってるのを見たりして、寂しかったし、怖かったです。自分もそうなるかもしれないって。だから、それを言葉に実際にしたんじゃないかな、Twitterとかで。踏み込んでは言わなかったけど。それも言葉が違かったらもしかして炎上してたかもしれない。

藤井 そうですよね。

須賀 捉える側もちょうど沸点に近い時にそれを言ってたら、炎上してたかもしれない。そもそも毎日世間の空気が変わってたじゃないですか。悪いタイミングで当たっちゃったら、翔馬みたいになるんだろうな。

藤井 翔馬はそこから、色々言い訳をしてどんどん炎上してしまったけど。

須賀 あれも難しいじゃないですか。黙ってるのもなんでなんも言わねえんだよってなるし、投稿を消したら消したらなんで消したんだよ、言い訳を言ったら言ったでまた違う炎上が起きるじゃないですか。もう対処の仕方がないんですよ。

藤井 ほんとに、俳優さんは特にギリギリのところにいるなっていつも思ってます。だからといって、優等生的な発言だけだと面白がられないじゃないですか。ファンが期待しているヤンチャな発言も含めて、それをキャラにしてる人もいる。

須賀 確かに。パブリックイメージというか。

藤井 そういうところが難しいなと思って。そういうイメージ作ってる人は、急に真面目なことを言ったらそんなの求めてないってなるし。

須賀 そんなの求めてないって言われても(笑)。

藤井 俳優さんは、職業柄、他人を演じるために自分の感情をあちこちに伸ばしていく傾向があるじゃないですか。だから感性も当然研ぎ澄まされていくし。そのことでより多くのことを感じたり、考えたりし始めるんだけど、割とイメージが固定化してる人は、そのイメージ以外のことを発言した時にものすごい反発受けて、がっかりしたとか言われて。難しいですね。

コロナの前って舞台が中止になるって思ったことがない

須賀 SNS疲れはすごくあったかもしれない、その時期。だから向き合い方がすごく変わった。それこそ「#あるはん」(「朗読劇 #ある朝殺人犯になっていた」)でSNSと向き合ったのもすごく大きいし、コロナ禍っていうのもあって、なんか、変わったというか。極論、告知だけでもいいかと思ってきちゃったりする瞬間もあって。でもやっぱりなんか言いたくなったら都合よく使いたい。でもそれは公式みたいな面もあるから。いろんなことを思って、SNS疲れちゃったなみたいな感覚はあって。今でもありますね、それは。ちょっと向き合い方を変えなきゃいけないな、って。コロナ禍に思ったし。ちょっと変わってはきました。

藤井 コロナによって、SNS以外に、役者として変わったことってありますか?

須賀 舞台はいつ中止になってもおかしくないなって思いながら、やるようになりました。むっちゃ単純だけど。ほんと、コロナの前って中止になるって思ったことないから。今思えば。

藤井 よっぽでしたもんね、中止になるって。変な話だけど骨折しても出てるらしいよって噂になったり。

須賀 初日に怪我してやるとか、全然あった。たとえば、誰か役者さんが出られなくなったとしても、代役立ててやるとか。それが、能天気な言い方ですけど「あ、中止になるんだ、舞台って」って思った。

藤井 かつては先輩から「親の死に目にも会えない覚悟でやる仕事だ」なんて言われたものでした。どんな状況でもお客様がいる限り舞台はやるんだって。

須賀 それが、止まるんだっていう……。できなくなるんだって思った。その前までも、もちろん精一杯、全力でやってたつもりだけど、なんか取りこぼしちゃいけないなって思うようになりました。感覚とか感情とか、特に。初日であり千秋楽であるかもしれないって。初日って、ある種初日にしかないエネルギーがあって、それって未完成を完成にするエネルギー。それも魅力だったと思うんですよ。舞台好きな人って初日と中日と千秋楽観て、その違いを楽しむところがある。でもなんかより再現性を求めるようになりましたね。一回しかないかもしれないからこそ、絶対に下回ったらいけないっていうのがあるなっていうのを改めて思ったし。そこは一個、大きく改めて思ったことかもしれない。[後編へ続く

撮影・倭田宏樹

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コロナ禍、不用意な発言をしたスターをSNSで追い詰めるこたつライター。 “殺される”のは、誰なのか? “自分”も加担していないと言えるのか? 時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆の心理を生々しく炙り出す、息もつかせぬサスペンス!

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