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わたしにも、スターが殺せる

2023.05.14 公開 ツイート

コロナ禍の大衆心理を炙り出す、一気読みサスペンス!

第1章 1文字あたり1円でウェブ記事を書く、こたつライター真生の日常。 藤井清美

新型コロナウイルス感染症が5類に移行して、“日常”を取り戻したと感じている方も多いのではないでしょうか。「この3年間、なんだったんだろう」と思いつつ。

藤井清美さんの書き下ろし小説『わたしにも、スターが殺せる』は、時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆心理を生々しく炙り出すサスペンスです。

主人公はこたつライター・真生。年上の恋人・春希との関係は熱を失って、熟年夫婦のよう。そんな真生が、コロナで舞台を奪われた人気急上昇中の2.5次元俳優・翔馬の不用意なつぶやきを叩き、炎上させ、ついに彼を“殺して”しまう。一方真生も、正体不明な何者かに、SNS上で嫌がらせをうける――。

各章から一部引用をお届けします。

*   *   *

1 #栃木の焼きそば

【M】という署名で、1文字あたり1円の記事を書く、こたつライター・真生。“ターゲット”を「アゲる」か「サゲる」かは、立てたペンが倒れる方向で決めている。

春希が出社して一人になると少しだけほっとして、そんな自分はダメな人間なのかなと思うけど、考えるのは放棄してパソコンを開くと、会社からメールが来ている。

「原稿お待ちしてます。目指せ二十二時までに十五本!」

昨日、春希がいたからテレビを見るのをサボり、原稿もあげなかった。水曜日の二十一時から放送の『ユア ライフ&マイ ライフ』は、MC のお笑いコンビが上手にゲストの俳優やタレントをいじるので、記事にしやすい。【イケメン俳優・神山亮治、意外な趣味をバラされ赤面】【アイドル・中本みいな、こだわり入浴法を告白。最初に洗うのは……?】。テレビを見ながら、MC とゲストのやり取りをその場でパソコンに打ち込み、記事にしていく。この仕事をして三年と少し。もう、耳と手が直でつながっているみたいに、無意識でパソコンが打てる。番組が終わるより前に書き上がった記事を、すぐに、ライターとして登録している会社に送る。すると、小さなマンションの一室に詰めている社長の工藤さんがざっと確認して、問題なければ、契約しているニュースサイトに流す。

この会社に登録しているライターの中で、わたしのランクは下から二番目。原稿料は五つのランクごとに違っていて、わたしの場合、一文字あたり一円だ。昨日もテレビを見ていたら幾つか原稿が書けて、食費の足しになったんだろうか。

試しに、昨日のゲストの名前で記事を検索すると、【期待の若手女優・七恵、恋愛テクニックを告白】というタイトルの記事が目に留まった。

【女優の七恵は、10月30日放送のテレビ番組『ユア‌ライフ&マイ‌ライフ』(水曜・21時)で、「気になる人ができたら、まずその人の前で大失敗をする」と驚きの恋愛テクニックを語った。七恵によると、「自分の恥ずかしい部分を見せて、それでも相手が嫌な顔をしなかったら、その人は信用できるから」だという。それを聞いたお笑いコンビ・マツクボの久保田未知子は「それはモテるからできること。わたしたちみたいな個性的な顔の女は、いい部分だけを必死で見せないと好きになってもらえない」と語って爆笑を攫ったが、恋愛で成功するために相手の価値観に合わせてアピールするという久保田の考え方はむしろ古く、今後、七恵のテクニックへのパラダイムシフトが起きていくのではないだろうか】

同じ会社に登録している久々美の記事だ。彼女もわたしと同じで記事に署名なんかできる立場じゃないけど、久々美の記事は読めばすぐわかる。何度注意されても難しい言葉や自分の見解なんかがモグラ叩きのモグラみたいにしつこく出てくるからだ。

「わたし、この仕事してるのは文章で身を立てるためのステップなんで。だから、誰にでも書けるような記事を求められても困るんです」

久々美がこの得意の反論を始めると、工藤さんは、疲れた中年男性を代表するみたいなつため息を吐いて説明する。

「うちが求めてる記事はね、みんなが仕事や家事の合間に読むような記事なのね。で、読み終えたらまた仕事や家事に戻る。すごいインパクトとか、人生を揺さぶられるような言葉なんかいらないんだよ。日常を止めちゃうから。こういう記事書く人、こたつライターって言うでしょ? 取材に出かけないで、座ったまま記事を書くから。でもね、読んでる方も滑り台読者っていうのかな……途中で引っかからないでそのまま滑りたいの。だから、さらっと読めるもの書いてよ。さらっと」

何度言われても、久々美は細い目をますます細くして反論する。

「わたしの才能、ばかにしてます?」

彼女はいつも何かと闘っているのだ。

で、何とも闘わないわたしの方は、目の前のテレビの中で「最近、家具を全部入れ替えたんです」と自宅映像を紹介するグラビアアイドルを見ながら、ペンを立てる。さて、右に倒れるか左に倒れるか……右なら『アゲる』。左なら『サゲる』。右なら【松村さやかの自宅インテリアを共演者絶賛】。左なら【松村さやかの個性的なインテリアに視聴者困惑】

わたしもこの記事の読者もインテリアの専門家じゃないから、いまのインテリアの主流なんて知らない。松村さやかの自宅の、赤い布張りのゴツい椅子とかいろんな柄の布をつぎはぎしたソファがかっこいいのかダサいのかはわからない。でも、それでいい。共演者の大半は褒めるから、『絶賛』は嘘じゃない。SN S には《え? 良さがわかんないんだけど》という感想も現れるだろうから、『困惑』と書くのもまた嘘じゃない。想定される反応に、ただ形を与えるだけ。わたしは、久々美みたいに自分の意見を語ったりしない。

ペンが倒れた。左。サゲる。【視聴者困惑】と原稿を打ち始めたとき、電話が鳴った。

関連書籍

藤井清美『わたしにも、スターが殺せる』

コロナ禍、不用意な発言をしたスターをSNSで追い詰めるこたつライター。 “殺される”のは、誰なのか? “自分”も加担していないと言えるのか? 時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆の心理を生々しく炙り出す、息もつかせぬサスペンス!

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