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わたしにも、スターが殺せる

2023.05.20 公開 ツイート

コロナ禍の大衆心理を炙り出す、一気読みサスペンス!

第3章 こたつライターの真生の記事を、待っている人がいる。 藤井清美

新型コロナウイルス感染症が5類に移行して、“日常”を取り戻したと感じている方も多いのではないでしょうか。「この3年間、なんだったんだろう」と思いつつ。

藤井清美さんの書き下ろし小説『わたしにも、スターが殺せる』は、時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆心理を生々しく炙り出すサスペンスです。

主人公は【M】という署名で書く、こたつライター・真生。1文字書いて報酬1円の生活から抜け出すため、真生は徐々に、人気2. 5次元俳優・鈴木翔馬の秘密を記事に匂わせ始める。「わたしには意見がない」と言う真生の記事は、綱渡りのように危険なラインに踏み込んでいく。

*   *   *

3 #ムカつく会話選手権

こたつライターの“ライバル”久々美から、翔馬について書いた文章を非難され落ち込む真生。Twitterに愚痴を書き込むと、思いがけず【M】を応援するリプライが集まり、真生は気分が上がる。

「Mが書いてる文章の方が問題だよ」

「どこが問題なんです?」

「『予言の書』のときから引っ掛かってたんだよね。【彼の両親は十代からスポーツで地域の星だった】って、相当鈴木翔馬を知らないと言えないよね? あの頃、世の中の誰も知らなかった鈴木翔馬の、両親の情報まで知ってた『関係者』って何者?」

わたしは、答えるのを避けるために飲みたくもないコーヒーを飲む。ここのコーヒーは、やっぱりわたしにはちょっと苦い。

「だいたいあの記事、平川さんがライターになったばっかりの時期に書いてるよね? どうやってその『関係者』と知り合ったの?」 どうごまかせばこの話を早く終わらせられるか迷っている数秒の間に、久々美は畳みかけてくる。

「平川さんが記事に書いてる『関係者』って、存在する?」

追い詰められた表情を読まれたのだろうか、久々美は、勝ち誇ったようににやりと笑った。

「ひょっとして、平川さんてただの鈴木翔馬のファンで、応援したくて、根拠もなしに『予言の書』を書いたんじゃない? で、最近は、鈴木翔馬に注目してほしくて、捏造した記事を書いてる」

久々美の指摘が、大きく的を外れた。その瞬間、『予言の書』を書いた気持ちを思い出した。わたしは、ネットで翔馬が叩かれているのを見て、衝動的に言いたくなったのだ。あの子の親は、選ばれた人たちなんだぞって。少なくとも、昔はそうだったんだぞって。「ファンだから記事を書いてるとか、どこから思いついたんですか? 決めつけられると迷惑です」

怒り慣れてないので、言葉より多めに息が出て、手が震えた。かっこ悪いが、止まるわけにはいかない。

「今日、久々美さんに来てもらった理由は二つです。久々美さんが、わたしがMだって知ってるか確かめたかった。それと、どうして久々美さんが鈴木翔馬の記事を書いてるか知りたかった。わたしがMだって知ってるかは『YES』。どうして書いてるかは『生活のため』ですね。わかりました。生活のためなら仕方ない。わたしも生活のためです。だから、批判とかやめてほしい」

この話はもう終わらせたい。ほとんど口をつけてないコーヒーがもったいなかったけど、席を立ってレジに向かう。その背中に、久々美が言った。

「これ以上、Mで文章書くのやめたら? 無責任すぎるよ」

炎上を狙ってファンの感情を逆撫でする記事を書くのはいいのか? もっともらしく問題提起する文章をくっつければ、それが、この人が言う公共の利益なのか。

「久々美さんがわたしにお金払ってくれてるなら、『無責任だ』って言う権利あるかもしれないけど、そうじゃないよね? じゃあ、わたしの生活なんだから、ほっといて」

この日払ったコーヒー代の六百五十円は、最近で一番嫌な支出になった。

帰り道、この想いを誰かに聞いてほしくてたまらず、スマホを見た。誰なら聞いてくれる? 誰なら、いま体に蜘蛛の巣が張り付いたみたいに不快なんだって理解してくれる? 共感してくれるのは誰だ? ……でも、スマホの中の名前は、こんな生々しい感情を話すには関係が薄すぎるか濃すぎるかのどちらかで、足が止まる。

夕方の神楽坂は、夕食の買い物を終えた人と、会食先に向かう人が交じる。ここで叫んだってダメだ。誰にも、自分と違う性別、自分と違う世代、自分と違う職業で収入の人間に思いを馳せる余裕なんてない。

《たったいま、書いている記事を無責任だと言われた。もう書くなとも言われた。何も事情を知らない人に。へこむ》

Twitterの、四千五百万というユーザーの中に小石を投げてみた。神楽坂で叫んで警察を呼ばれるといろいろと面倒だけど、Twitterなら無視されるだけ。まだマシ。

投稿と同時に、スマホが反応を始める。

《わたしは記事を楽しみにしてます。M記者さん、頑張って下さい!》

わたしが記者? 久々美に「記者っぽい」と言われたときと違って、なんとなく嬉しい。

《Mさんの記事で翔馬君が褒められると、めちゃくちゃ嬉しいし、わたしも勇気が貰えて、頑張ろうって思えます》

勇気が貰える?

《翔馬君を最初から認めてくれていたこと、忘れません。あなたは翔馬君の未来も、わたしみたいなオーディション当初からのファンも救いました。新しい記事を待っています》

救った? わたしが?

見知らぬ人からのエールに、軽くめまいがした。この人たちはどこから湧いてきたんだ?【M】を責める人がいる一方で、こういう人もいたってこと? 急に、家に走って帰ってパソコンに向かいたい衝動がわき起こる。

だって、待っている人がいる。こんなわたしの記事を。

関連書籍

藤井清美『わたしにも、スターが殺せる』

コロナ禍、不用意な発言をしたスターをSNSで追い詰めるこたつライター。 “殺される”のは、誰なのか? “自分”も加担していないと言えるのか? 時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆の心理を生々しく炙り出す、息もつかせぬサスペンス!

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