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わたしにも、スターが殺せる

2023.06.24 公開 ツイート

対談 鴻上尚史×藤井清美[前編]

鴻上尚史の“炎上” コロナ禍、エンターテインメントは「不要不急」だったのか? 鴻上尚史/藤井清美

脚本家・演出家の藤井清美さんの『わたしにも、スターが殺せる』は、コロナ禍のエンタメ業界を舞台にした長編小説。政府の「大型イベントの中止・延期要請」により、自身の舞台が公演中止となった鴻上尚史さんをお招きして、あの3年間の「空気」について語り合っていただきました。

*   *   *

誰かが残さなきゃいけないことを残してくれた

藤井 この小説の始まりは、SNSと演劇を絡めた小説を書けないだろうかと担当編集と話したところからだったんですが、その時すでにコロナだったんです。でも、本当に始まりかけで。正直言いますと2ヶ月後にはコロナは過去の話になっているだろうなと思っていました。なのに、あれよあれよと事態は深刻になっていって。収束が見えない中、コロナのことを避けて通るのか、ど真ん中に突っ込むのか2択だなと思って。ここでコロナがない世界線を書くのも嘘くさいと言いましょうか、だったらまっすぐ突っ込もうと考えて生まれたのがこの小説のストーリーです。

鴻上 面白かったですよ。いろんなことを思ったんだけど、一つは、誰かが残しておかなきゃいけないことだなと。今「スクールオブロック」の稽古をしているんです。昨日も稽古場でダンスしてて、マスクは各人の判断に任せてるんです、ダンスだから。セリフの時はマスクしましょうって言ってるんだけど。でも子供たちはダンスの時もマスクをつけてて、ものすごくはあはあ言ってるの。やがてあと、5年とか10年とかしたら、ダンスで激しく体を動かしてるのにマスクをしてたなんて誰も信用しないだろうって。だから、こういうことが本当に起こったんだということをちゃんと残しておかなきゃいけないなって思ったのを、残してくれたんだなというのがあります。

藤井 ありがとうございます。

鴻上 僕も実は、作品の構想で、地方から上京してすごく頑張ってオーディション受けて、すごく大きい役が決まったのがコロナで無くなるっていう話はあるなあ、というふうに思ったんだよね。だから、思ったことを書いてくれたな、というか。「アニー」がコロナで中止になった時に、大人の出演者が楽屋に行ったら子供が仲間の子供に向かって「ここ(胸)を強く叩いたら涙が止まるよ」っていうふうに言ってたというのをTwitterで見て、泣きそうになったのを覚えています。

藤井 誰にとっても大変な3年間だったんですけど、特に夢に向かうスタートの時期がコロナに当たった人たちは、大変でしたよね。

鴻上 この小説、いい構成だと思います。明らかにこっち側、演劇を守るか、と思う人が逆側になったっていうのも、あのコロナ禍ならではのことだよね。

藤井 鴻上さんももちろん、渦中で体験なさったと思いますが、コロナによって、間近にいる人の考え方が自分とここまで違ったんだということを如実に感じたじゃないですか。

鴻上 本当にいろんなことがあったんだけど、Twitterで投げかけられたいくつか忘れられない言葉っていうのがあって。「鴻上がガタガタ言ってるけど、演劇なんて全部中止になって、消えたっていいんだよ。見てろ、何年か後には大学の劇研(演劇研究会)から次の奴らが現れるんだからさ」っていうTwitterを見て。すごいなと思ったのは、「大学の劇研から次の奴らが現れる」って言ってるってことは演劇のことがそれなりにわかってる。

藤井 そうですよね、演劇に対して知識はある。

鴻上 その人にとっては、ダンスの蓄積とか歌の蓄積とか演技の技術の蓄積とかっていうのは、意味のないことなんだと思ってるということ。こっちはその水準に立つまでにどれだけやってきたかというのがあるんだけど。でも僕はあんまりネガティブにフォーカスしない生き方を選んでいるので、それをスクショもしないし名前も覚えなかったんだけど。そうかこういうふうなことを言うんだ、というのはすっごく覚えてますね。

藤井 そうなんですよね。長い歴史で見れば3年ごときなのかもしれませんが……。

鴻上 いやいや3年は長いですよ。

藤井 はい、長いですよ、長いですが、人によって「長さ」の体感が違うと言いますか。それこそ4、5年に1回しか演劇観ない人にとってみれば……。

鴻上 いやいや一生観ない人が多いでしょう。あの時僕らは「自粛要請と休業補償はセットだ」と言い続けたんです。言い続けたらいつの間にか「演劇だけ休業補償を求めてるんだろ」って流れになりましたね。

藤井 なりましたね。

鴻上 「好きなことやってんだから黙っとけ」っていうことをいっぱい言われた。本当にテレビとかでコメントするごとに僕のTwitterが荒れて。でも、(スクールオブロックを主催する)ホリプロだって、舞台が軒並み中止になって多額の損失が出たんですよ。

藤井 日俳連(日本俳優連合)の理事長として西田敏行さんが会見なさった時も、「いっぱい稼いでるんだから若い子たちに分けてやればいいんだ」っていう批判が巻き起こって。顔と名前が出てる人たちはそういうふうに言われてしまうんだな、というのを思いました。

鴻上 あの当時の閉塞感というか苛立ちというか、それこそ、東北のある県では、最初にコロナになった人の名前が晒されて、会社に抗議の電話があるみたいな。あの当時は本当に標的をみんな求めて。逆から言うと、自分の不安とか苛立ちとか怒りとかを出す場所を求めてたんだと思いますね。

藤井 そういう、みんなが不安と苛立ちを感じている時期に、自分に関わること、自分の身近な人が困ることをまず心配し、自分と関わらない世界に無関心になるのは、人間として自然ですよね。

鴻上 そうです。スポーツ業界の人、たとえばサッカー業界の人が自粛要請と休業補償はセットだ、って言った時に起こるバッシングと、演劇業界がそれを言った時に起こるバッシングと比べたら、演劇の方が圧倒的に多いと感じたんです。つまり単純にサッカーとかプロ野球の方を人々がよく知ってたということですよね。コロナによって、演劇は、本当に人々と離れているんだと反省しました。そこをなんとかしよう、そこをなんとか繋ごうとずっと考えています。

藤井 それは実感しましたね。

Twitterに「鴻上が憑いた」って書かれて

鴻上 途中から「不要不急」という言葉が使われ出して。確かにエッセンシャルワーク、例えば医療の現場から比べれば演劇は不急で急ぐことはないけど、不要ではないと思います。だってみんなコロナの苦しい時に、「愛の不時着」を観ながら生き延びたでしょう。どれだけネトフリに助けられたか。劇場には来られなかったけれど、エンターテインメントっていうのは絶対に必要なんだ、っていうことですよね。「好きなことやってるんだから黙っとけ」って言われ続けましたね。

藤井 その批判は私もたくさん目にしました。その批判を見て、日々辛さに耐えることこそが仕事だと考えて働いている方が多いんだな、っていうのを痛切に感じました。

鴻上 だから思考は非常に強制されましたね。「好きなこと」っていうのはどういうことなんだということについてエッセイを書いたら、僕、すごく炎上したんです。「自営業の人とかは好きなことやってる人が多いんだろうか。じゃあ、サラリーマンはどれぐらいだろう。で、非正規の人は、好きなことをなかなかできないんだろうか」という内容で。そうしたら、「文句を言ってる奴らは全部非正規、と鴻上が言っている」みたいな切り取り方されて。

藤井 はい、その騒動は遠めに拝見していました。

鴻上 この小説を読んであの時のことを思い出したんですけど、Twitterで最初の一人が「文句を言ってる奴らは全部非正規、と鴻上が言っている」というのがまず1個出て。僕が「いやそんなことは言ってないんだ」って書いたら次にすぐ別の人が、僕のエッセイの後半の部分だけ切り取ってアップして、また僕が「いやそれは全部を載せてください」と書くんだけど。今でも覚えてるんだけど、夕方の公園でスマホを抱えてずーっと「違います」「違います」「違います」って見つけたのに対して書き続けたら、「鴻上が憑いた」って書かれて、「憑依した」の「憑」になってて。「鴻上が憑いた」って文字を見て、フッと我に返って、そうか、こうやって個別に訂正したり釈明しても、それはもう憑依されてるとしか思われないんだって。あれは、僕の炎上、まあ、僕も炎上中級者ですけど(笑)、炎上中級歴史の中でもかなりのもので。この小説の中で翔馬、彼の潮目が変わっていく瞬間を読んですごく思い出しました。もうわーっと同時多発に槍が降ってくるみたいな。それは本当にきつかった。僕、一戸建てに住んでるんだけど、本当に、ぶっちゃけ一戸建てに住んでいて良かったと思いましたよ。高層マンションじゃなくて良かったと思いましたよ。

藤井 そんな……。

鴻上 いや本当に。あの3年間の間に高層マンションだったら、ちょっとやばかったなっていうのがすごくある。だって、窓開けて、ベランダのフェンス立って下見て。もうワンジャンプで全部終わるんだって思ったら……。良かった、一戸建てでって。

藤井 本当にここ(手)に持ってて、肌身離さない存在であるスマホから批判がくるってものすごいことじゃないですか。距離取ればいいっていうけど、大切な連絡もくるからつい見てしまう。そこが入り口になって、こちらの人生に批判、非難が切り込んでくる。防げるものではないです。

空気が決めたとしか言いようがない

鴻上 僕がほんとに忘れられないのは、2020年の2.26。演劇界における「2.26事件」って呼んでるんだけど。あの日、安倍元首相は「大型イベントの開催自粛」って言ったんですよ。でも、いわゆる公的な劇場は150人くらいの客席でも中止を決めたのね。「大型イベントじゃないじゃん」って思ったんだけど、公立劇場っていうのは、政府の談話に対して敏感なんですよね。

藤井 それこそ図書館とかも閉まりましたもんね。大型イベントっていうのもざっくりした言い方ですよね。

鴻上 四国のどこかの劇場で、公演が中止になったんだけど、150人のキャパ(観客席)って思って。ちょうど2.26の時、僕芝居を予定していて。やるぞ、って言って、5月の非常事態宣言1回出た間も、その合間を縫いながら3人以上稽古場に集まらないようにしながら続けたんです。俳優がギリギリ3人までの芝居を時間差でやって。非常事態宣言が延長になった時点で、もうダメだと。だけど周りからは「よくまあそうやってやろうと頑張りましたね」って言われました。非常事態宣言が終わるかもしれないって思ったから。結局本番前に中止になったんだけど、サードステージっていう僕が社長をやってる会社で、大体負債が2000万くらいになって。そのあと僕が馬車馬のように働かなくちゃいけなくなりましたね。

藤井 あの時私の友人が関わっていた演劇公演も150くらいのキャパの小劇場だったし、主催者はやってもいいかな、ってところまで行っていて。劇場もあなたたちがやるって決めたら反対はしない、というスタンスだったそうです。でも何度も何度も出演者たちで話し合いをした結果、最終的に公演を中止にするんですけど。そこに至った最後の決め手は何かというと、感染症だからどの程度のリスクなのかは専門外の自分たちには判断できない、だとしたら、他の舞台公演が中止になる中で自分たちだけが公演を打つ根拠もまた見出せない、ということだったそうです。

鴻上 空気が決めたとしか言いようがないですね。

[後編]に続く 撮影:米玉利朋子

関連書籍

藤井清美『わたしにも、スターが殺せる』

コロナ禍、不用意な発言をしたスターをSNSで追い詰めるこたつライター。 “殺される”のは、誰なのか? “自分”も加担していないと言えるのか? 時代の気分を大きく左右したコロナ禍の大衆の心理を生々しく炙り出す、息もつかせぬサスペンス!

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わたしにも、スターが殺せる

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鴻上尚史 作家・演出家

1958年愛媛県生まれ。早稲田大学卒業。作家・演出家。在学中に劇団「第三舞台」を立ち上げる。近著に『鴻上尚史のなにがなんでもほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』『愛媛県新居浜市上原一丁目三番地』など。演出ミュージカル『スクールオブロック』8月17日より公演予定。

藤井清美 脚本家・演出家

1971年徳島県生まれ。筑波大学卒業。脚本家・演出家・小説家。著書に『#ある朝殺人犯になっていた』『京大はんと甘いもん』など。

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