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山はおそろしい

2022.06.25 更新 ツイート

事故取材中のマスコミが落命した「死人淵」 羽根田治

山のさまざまな危険に警鐘を鳴らす『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(羽根田 治著、幻冬舎新書)が発売2週間で重版となり好調だ。登山愛好家はもちろんのこと、登山をしない人からも「恐ろしくて震える」と反響をよんでいる。

ここでは本書の一部を抜粋して紹介。ある沢で起きた、少し怪奇的な遭難事故の話である。

*   *   *

(イメージ写真:iStock.com/Takashi Yamashita)

事故取材中のマスコミが落命した「死人淵」

2010(平成22)年7月24日に奥秩父の滝川で、沢登り教室の受講生(女性・55歳)が滝壺に転落して死亡する事故が発生した。

しかもその翌日、救助に向かったヘリが救助目前で墜落、乗っていた5人が亡くなる二重遭難事故に発展してしまい、世間は騒然となった。

防災ヘリの墜落から6日後の7月31日、墜落現場を取材するため、日本テレビの記者(男性・30歳)とカメラマン(男性・43歳)が、日本山岳ガイド協会の男性ガイド(33歳)をともなって滝川に入渓した。

山岳ガイドが取材の同行依頼を受けたのは7月29日の午後3時ごろのことで、夕方になって一度はキャンセルされたが、その1時間後に「やはりお願いします」という連絡があった。現場を取材した映像は、8月1日夕方の番組で報道されるとのことだった。

3人は30日の夜、山梨県側の西沢渓谷入口付近にある道の駅「みとみ」に集合して初めて顔を合わせたが、このとき山岳ガイドは、記者がTシャツ姿で防寒具をほとんど持っていないことを知り、「現場まで行くのは難しいと感じた」という。

 

翌31日は、出会いの丘の駐車場に車を停めて午前6時半ごろ(6時ごろという報道もある)から行動を開始、豆焼(まめやき)橋を渡って林道終点まで歩き、黒岩尾根の一般登山道に入ったのち、釣橋小屋跡へと続く杣道(そまみち)を進んでいった。

記者とカメラマンは沢登り用の靴を履き、衛星携帯電話や無線機を携行していたものの、服装はTシャツにジャージーのズボンという軽装だった。

カメラマンは国内外の山岳地での取材経験が豊富で、山岳取材班の中心的存在だったというが、歩きはじめて間もなく、山岳ガイドは2人の足取りを見て登山経験があまりないことを感じ取り、先行きに不安を覚えていた。

そこでガイドは、杣道をたどって釣橋小屋跡まで行く当初の計画を変更し、廃道を20分ほど歩いたところからロープを使って斜面を下りはじめ、約40分かけて午前8時ごろ、滝川に下り立った。

「早い段階で沢の水の冷たさを体感させれば、事故現場まで行くのは厳しいと感じ取り、取材を諦めるだろう」というのがガイドの狙いだった。

(イメージ写真:iStock.com/taka4332)

ガイドの案内で沢の水流に足を踏み入れた2人は、カメラを回して沢の様子を撮影し、ガイドへのインタビューを行なった。

しかし、水温は十数度しかなく、記者が「寒いですね」と言い出したため、ガイドが「これ以上進むと低体温症におちいります」「雲行きも怪しくなってきました。コンディションと服装のことがあるので帰りましょう」と切り出した。

2人は素直にそれに従い、来たルートを戻りはじめた。ガイドはのちに「現地まで2人に来てもらったからには、一歩も進まずに初めから取りやめにすることはできなかった」(2010年8月1日「産経ニュース」より)と話しているが、現場へ入ることの困難さをわからせて引き返させたところまでは目論見(もくろみ)どおりだった。

だが、斜面を這い上がって林道を歩いているときに、カメラマンがこう切り出した。「尾根まで上がって、機体の見える場所がないか探したい。少し見てくるだけなので、ここでガイドを終了してもらい、自分たちだけで見てきます」

これに対してガイドは国道まで戻ってから解散することを提案し、3人が豆焼橋のたもとまで戻ったのが10時過ぎのこと。

ガイドは「黒岩尾根には一般登山道が付けられているので、心配することはないだろう」と思い、「午後2時ごろまでには安全な場所に戻ってきてください」と伝えて2人を送り出した。2人は「行ってきます」と言い残し、ふたたび山へと入っていった。

しかし、午後6時ごろになっても下山せず、登山口で待機していた報道車の運転手が日本テレビに連絡を入れ、同社が衛星電話などで連絡をとろうとしたがつながらなかったことから、午後11時ごろ、秩父署に救助を要請した。

(イメージ写真:iStock.com/Cylonphoto)

翌8月1日、早朝から捜索に着手した埼玉県警山岳救助隊が午前9時10分ごろ、滝川本流で心肺停止状態の2人を発見、病院に搬送されたが2人とも死亡が確認された。

発見場所は、豆焼橋から上流に約2キロメートル、ヘリの墜落現場から下流に約2キロメートルの地点。「直蔵淵(なおぞうぶち)」と呼ばれる、高さ約3メートルの滝の滝壺のなかで、2人とも胸まで水に浸かり、岸に寄りかかるように仰向けに並んで倒れていた。

記者には頭や顔に、カメラマンには頭や右肩に擦り傷や打撲傷などがあったが、いずれも軽いものだった。現場の50メートルほど下流では、記者の片方の靴と、カメラマンのものと見られるザックが見つかったが、取材用のビデオカメラは見つからなかった。

司法解剖を行なった警察の発表によると、死因は2人とも水死だった。当時の新聞報道などでは、周辺には滑落したような痕跡がないことから、なんらかの原因で上流部で沢に落ちて流されたか、滝壺に落ちて溺れた可能性があることを指摘している。

現場の取材を巡っては、墜落事故翌日の26日、NHKの取材班が山に入って事故現場の映像を撮影したことなどから、埼玉県警は27日に「現場周辺は険しい山岳地帯で、登山用装備なしで入山することは遭難や負傷事故の恐れがあり極めて危険。現場取材は極力控えてほしい」と、報道各社に対して書面で要請していた。

これについて日本テレビは、「お騒がせしたことをおわびする」と陳謝し、「適正な装備のうえ、充分な準備をし、ガイドを付けた態勢で取材可能と判断した。結果として判断が甘かったとの指摘があれば、そのそしりは免れない」と述べた。

 

この事故については、技術、装備、経験、知識など、すべてが不足していたように思う。一般的な登山とは異なる沢の特殊性を、当事者たちや会社がどれだけ認識していたか……。

不足していたものを補うために山岳ガイドを付けたのだろうが、残念ながら意思疎通が充分になされなかったようだ。お互いに遠慮があったのか、関係性が中途半端だった印象は否めない。

2人を案内したガイドによると、2人は8月1日に放映されるニュース番組の名前を挙げて、「土曜(7月31日)に行かないとダメだ」と話しており、急いでいる様子だったという。

取材スタッフの、「なんとしてでも現場の映像を撮らなければ」という気持ちは、理解できなくもない。しかし、その挙句に命を落としてしまったのでは元も子もない。

余談だが、直蔵淵の名の由来は、その昔、直蔵という杣人(そまびと)が博打(ばくち)でひとり勝ちし、仲間のねたみを買って、この滝壺に投げ込まれて死んだことによるらしい。釣り人の間では、かねて「死人淵」という名で通っているという。

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関連書籍

羽根田治『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』

クマ襲来、落雷直撃、救助直前にヘリが墜落、他人の巻き添えで崖から滑落……。山ならではの危険から生還する術を体験者の証言とともに解説。山に繰り出す前に必ず読むべし。

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山はおそろしい

2022年5月25日発売の『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(羽根田 治・著)の最新情報をお知らせします。

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羽根田治 山岳ライター

1961年、埼玉県生まれ。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術にまつわる取材を重ね、雑誌「山と溪谷」「岳人」や書籍で発表する一方、沖縄、自然、人物をテーマに執筆活動を続ける。『人を襲うクマ』『野外毒本』『ドキュメント 生還』(いずれもヤマケイ文庫)、『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』(山と溪谷社)など著書多数。小学生のときから登山を始め、現在はピークハントやハイキング、テレマークスキーを楽しんでいる。

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