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2022.02.12 更新 ツイート

気鋭のアーティストの 繊細でいて迷いのない道標 -『ディスタント』ミヤギフトシ KIKI

見たことのない風景や出来事なのに、本書を読んでいると、なぜか、既視感を覚えることがたびたびあった。沖縄の離島で、近づいてはいけないと言われている西の浜。浜に向かう途中にあるリゾートホテルからの眺め。フェンスの向こうに広がる那覇の米軍開放地。ニューヨーク、カーテンの隙間から差し込む一筋の光に浮かび上がる紫煙。さっきまで誰かがいた気配。

 

主人公のジャック、時にJ(どちらもニックネームで、彼は日本人の両親を持つ日本人)は、のんびりとした時間の流れる沖縄の離島の出身。ジャックはとにかく島を出たいと願っている。小学生のとき、病気を患う母親が那覇の病院に長期入院することになり、それに合わせて家族で3年ほど沖縄本島に暮らしたことがあった。母の退院予定に伴い、祖父母が暮らす島に戻ってくると、なおさら島を出て遠くに行きたいと思う。

高校から那覇で一人暮らしを始め、大阪の専門学校を経て、ニューヨークの大学で写真を学ぶ。卒業後にビザの取得を求めて活動をするも、叶わずに日本に帰ってくる。時系列で物語は進まないが、いつどこにいても、ジャックは島にいたときと同じように「知っている人間が誰もいないところ」に行きたいという。それは、単なる都会への憧れではないことが、物語の序盤から感じられる。その理由とはいったいなんだろう。

著者のミヤギフトシは1981年生まれ。写真、映像、文章、オブジェなどで表現をしてきた現代アーティストだ。本書は初めての小説作品になる。わたしはこれまでに、いくつかの作品を観ており、また本人にも何度か会ったことがあるので、勝手に近しい気がしている。物語のところどころで既視感があったのは、この親近感の影響かもしれないが、それ以上に、断片的だったミヤギの作品をつなぎ合わせた「道標」のような小説だからかもしれない。そして、見ているこちら側の勝手な解釈、とは言い切れないほど、つねに繊細に醸し出しているミヤギのジェンダーに関わることが、本作の主人公ジャックが抱くものに通じているからだろう。

「僕をあなたの部屋に連れていってほしい。そして、あなたと僕、ふたりの写真を撮らせてほしい。まるで、僕たちふたりが恋人同士であるかのような写真を撮りたい──」

ニューヨークにいるあいだに、そのような文面をインターネットに載せ協力者を募り、ジャックが取り組んだ写真作品『Strangers』シリーズは、カムアウトしてこなかった(できなかった)彼が、まさにそのことに向き合い、アーティストとして成長していく姿が描かれている。その成長と同時に、彼のここでないどこかに行きたいという気持ちもまた薄れていく。ジャック、そしてミヤギと同様に繊細でいて、でも、歩むべき道に迷いのない一冊である。

「小説幻冬」2020年8月号

ミヤギフトシ『ディスタント』(河出書房新社)

国籍や人種、アイデンティティをテーマに制作をしてきた、気鋭の現代美術作家の小説デビュー作。2012年よりライフワークとして継続する「American Boyfriend」プロジェクトを物語にした青春小説。

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