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マンガ停留所

2022.01.11 更新 ツイート

忘れられた作家の傑作「純マンガ」作品集 齋藤なずな『ダリア』 中条省平

齋藤なずなは、現在、75歳。

 

この20年ほどは、いわば忘れられた作家になっていましたが、3年前に作品集『夕暮れへ』(青林工藝舎)が出て、彼女の実力はマンガファンのあいだに一気に知れわたりました。

私も『夕暮れへ』を読んで、初めて齋藤なずなのマンガを知り、驚嘆しました。

小説に「純文学」という言葉がありますが、この本に収められた諸作には、まさに「純マンガ」というべき馥郁(ふくいく)とした香りが漂っていました。

とはいえ、いかにも「アート」といった感じの気どった高踏的なところはどこにもなく、世間の片隅にいる庶民の生活が平易に淡々と描かれています。しかし、そこには、人生の真実を映しだす一瞬の輝きが、しっかりと捕捉されているのです。

その齋藤なずなの「初期傑作短編集」として『ダリア』(青林工藝舎)が出版されました。

収録作がいずれもすぐれた出来栄えで、人生のささやかな真実の瞬間をとらえる巧さが光っています。こういう手ぎわの冴えを名人芸というのでしょう。

表題作の「ダリア」は、作者が40歳のときのデビュー作です。『ビッグコミック』賞の入選作として1986年に発表された作品で、こんな話です。

主人公は小学4年の少女・良子。ソロバン学校に通っていて、久美という同級生の友だちがいます。久美はトロいところもあるのですが、ソロバンが上手で、良子は久美とそこそこの付きあいをしています。久美の家で遊んでいるとき、良子がダリアの花を見て「きれいだネ」というと、久美は「私きらい…きれいだけど きたない感じするから……」と答えます。

久美の母親は近所の人々から「おひきずり」といわれ、昼間から良子の前で風呂に入るような女です。色の黒い良子にむかって、「でも大丈夫よ、きめは細かいんだもの。フフフ、暗けりゃ色なんて関係ないものねえ」などと話しかけてきます。

まもなく、羽振りの良かった久美の家は傾き、たぶん保険金詐取の目的で家屋に火が放たれ、久美の一家は夜逃げしていきます。

そして、夏。ダリアの花の季節になって、肌の色の黒いことを気にする良子に、母親は花を見つめながら、「良子がそんなこと気にするなんて!  だんだん大人になってくんだわねぇ」とつぶきます。

少女から脱しつつある良子の心のゆらぎが、久美母娘との対比でじつに繊細に描きだされます。ラストには石川啄木の歌が添えられ、読後の余韻をみごとに増幅します。

きれいできたないダリアとは、直接には性を売り物にする久美の母親のような女たちのメタファーなのでしょう。しかし、人間すべての光と影の二面性を表しているようにも思えてくるのです。

『ダリア』収録の諸編すべてに、そんな豊かな人生の陰翳が投じられています。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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