1. Home
  2. 生き方
  3. 帆立の詫び状
  4. 住めば都の執筆生活

帆立の詫び状

2021.11.19 更新 ツイート

住めば都の執筆生活 新川帆立

二カ月ほどの日本滞在をへて、アメリカに戻ってきた。

なによりもまず感動したのが、自分の机があり、ベッドがあり、洗濯ができて、料理もできること。つまり、自分の家があるということだ。

帰国中の二カ月間、ホテルに滞在していた。優雅なホテル暮らしとは程遠い。10平米ちょっとの狭い空間にベッドが置かれているだけである。運動不足解消のためにヨガマットを持参して帰国したのだが、ホテル内の部屋にはヨガマットを敷くスペースどころか、スーツケースを広げるスペースすらない。

 

普段ベッドでゴロゴロしながら執筆をするので、ベッドさえあれば仕事はどうにかなるのだが、服をかけておく場所もないし、自炊はできないし、QOLはかなり下がった。

 

とはいえ、私はかなり大雑把なほうで、適応能力には自信がある。比較的劣悪な環境でも1カ月くらい過ごしていると慣れてきて、「アリだな」と思い始めるのだ。

 

今年の初夏にアメリカに来て、最初の二カ月ほどはボストンに滞在していた。

ボストンの家賃相場はかなり高く、住宅事情は良いとは言えない。それなりの家賃を払っているのに、床は傾いており(フライパンに油を入れると油が勝手に一方へ流れていくほどだ)、壁にはいくつか穴が開いている(家具で雑に隠してあった)。停電もよくあるし、Wi-Fiがつながらないこともしばしばだ。

ただボストンの場合、大きくて使いやすい公立図書館があった。図書館に行きさえすれば、冷暖房完備、Wi-Fiも飛んでいる快適な作業スペースを確保できる。毎日トラムに乗って図書館に通い、ショッピングをしたりご飯を食べたりして帰る生活はそれなり楽しかった。

↑ボストン公立図書館

次に滞在したシカゴでは、もう少し良い部屋を借りていた。家賃はそう変わらないのだが、シカゴはボストンほど家賃相場が高くないのだ。住宅環境は向上する……はずだった。

だがいざ引っ越してみると、家具つきだと思っていた部屋に家具がついていない。慌てて家具のレンタルを申し込んだが、到着までに数週間かかる。手元にあるのはヨガマット一枚だ。

↑ヨガマット1枚で始まった暮らし

修行のような日々が始まった。毛布を二枚買ってきて、毛布に挟まって寝起きする。アメリカの家には備え付けの照明がないことが多く、自ら照明器具を揃える必要がある。照明器具の到着も数週間後だ。家の中で一番明るいのがウオークインクローゼットの中だったので、クローゼットの中で執筆することになる。引っ越しで使ったダンボールを机にして、ブランケットを用意すれば結構居心地のいい空間ができあった。腰が痛くなるのは否めないが、妙に集中できる空間だ。

↑クローゼット内の執筆スペース

シカゴの家に家具が届くまであと数日というところで、私は日本に帰ることになる。

帰国してすぐのころは、新型コロナウイルスの水際対策として二週間のホテル隔離を行う必要があった。スマートフォン上のアプリで一日に二回GPS情報の確認が入り、それとは別に毎日テレビ電話がかかってくる。さらに朝夕には内線でホテル側に体温と体調を報告する。部屋から出られるのは、同じホテルの中にあるコンビニに出向くときだけだ。ホテル内のレストランの利用も許されておらず、食事は基本的にコンビニ食となる。

狭い部屋に閉じ込められてさすがにストレスがたまるかと思いきや、これがまた意外に快適だった。隔離期間ということで取材や打合せも入らない。外出もできないから遊びにも行けない。

 

やることがないから原稿を書くのだが、妙に進みが良い。外界から遮断されているぶん、集中しやすいのだと思う。これがいわゆる「カンヅメ」というやつか、と驚いた。

結局、二週間の隔離期間中に長編小説の初稿を書き上げることができた。隔離期間が明け、別のビジネスホテルに移るころには、隔離期間がなんだか恋しい気分にすらなっていた。

その後も安いビジネスホテルを転々とする生活だったので、環境はそう変わらない。部屋は狭いし自炊もできない。それでも案外平気だったから不思議だ。部屋にいる時間は小説を読むか小説を書くかをしているから、設備もスペースはいらないのだ。隔離期間後のホテル暮らし、1か月半の間に短編小説を四本書いた。

出版関係者以外には分かりづらいだろうが、二カ月で長編1本、短編4本というのはなかなか良いペースだ。

 

ベッドとWi-Fiさえあれば、どこでも暮らせるかもしれない……そんな淡い自信を抱き始めていた。が、その自信は早々に打ち砕かれる。

アメリカに帰り、家具の揃った綺麗なマンションにいざ身を置くと、やっぱり快適なのだ。大きいベッドで熟睡できるし、ヨガマットを広げられるし、風呂も洗濯も料理も好きにできる。服を畳んだりかけたりするスペースもあるし、メイクグッズもヘアヘアグッズも広げておいておける。お気に入りのドライヤーやアイロンも使えるし、毎日好きな寝間着を着てゴロゴロできる。快適だからといって原稿の進みは速まらないのは残念だが、もうしばらくどこにも行かない、とふかふかのベッドに包まりながら決意を固めた。

{ この記事をシェアする }

帆立の詫び状

原稿をお待たせしている編集者各位に謝りながら、楽しい「原稿外」ライフをお届けしていこう!というのが本連載「帆立の詫び状」です。

バックナンバー

新川帆立

1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。弁護士。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストに合格し、プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころ夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した「元彼の遺言状」でデビュー。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP