絶賛発売中の『読んでほしい』は、放送作家の主人公が、初めて書いた小説を、誰かに読んでほしいのに、いつまで経っても読んでもらえない、悪戦苦闘の日々を描いた物語。
まさか、小説を読んでもらえないだけの話が、ここまで面白いとは!まさかの感動!しかもちょっと泣ける!と評判。
さて、主人公緒方は、以前、玉砕した芸術家に、再びチャレンジ!
* * *
再び芸術家に読んでもらおう! 編
「クシュン」
嫌な季節がやってきた。窓の外を眺めると、公園に咲く桜の花が美しい。桜は好きだが春は苦手だ。花粉症のせいだ。
私の小説を小松君に送ってから三ヶ月が経っていた。
未だ何のリアクションもない。読んでいるのか、それとも読んでいないのか、わからない。仕事で何度も会ったが、小説の話にはならない。
もしかして、読んでいるが、全く面白くなくて感想を言えないのではないか。そう思うと、私の頬は、桜よりもいっそう薄紅色に染まる。
こういう事態を一応は想定していたが、甘く考えていた。これほどの恥ずかしさは味わったことがない。小松君に会う度、ドキドキしてしまう。彼がいるとどうもソワソワして仕事にならない。最近では、気付くと自分の方から小松君と距離をとり、避けてしまっている。
小松君への対応、そぶりを書き出してみると、初恋の状況と変わらないじゃないか。そんな自分が気持ち悪い。
私は部屋に残っている原稿を手に取った。
「もう一度渡しに行くか……」
いや、意味がない。パソコンデータは間違いなく送信した。送信しているのに原稿を渡すなんて常軌を逸した行動だ。小松君の返答がない以上、やはり違う人に見てもらうしかない。
やはりこうなると妻しかいない。妻に頭を下げれば、きっと読んでくれる。私は部屋から出て妻を探した。
妻は子供達が散らかした部屋を片付けていた。
「あの……」
「何? ゴメン正ちゃん。あとでもいい?」
ふと、妻の視線を見ると、台所に洗い物がたっぷり残っていた。さらに奥の部屋を眺めれば、洗濯物もどっさり残っている。
「今、ちょっと忙しいんだ」
「いや……手伝おうか」
「大丈夫。今から掃除機かけるから喫茶店でも行ってきて」
妻はニコリと微笑み、私を気遣い、外に出してくれた。
この日に限っては、その優しさは罪だ。家事の手伝いをすれば、洗い物をしながらでも相談できただろう。しかし、そんな未来も潰えてしまった。私は花粉症対策のマスクを装着し、原稿を入れたリュックサックを背負い、外に出た。
暖かな日差し。陽気も最高。花粉さえなければ百点満点の季節だ。
ふらふらと歩きながら、喫茶店には寄らず、家の前の公園に入った。午前中なので人は少ない。小さな子供が二人、砂場で遊んでいる。その後ろで母親達が喋っている。
私は誰も座っていないベンチに座った。部屋から見えた桜がある。マンションの窓から見るよりも、ベンチから眺める桜の方が、迫力があった。大地に根を張る桜は、偉大に見えた。
それに比べて、私という人間はどれだけ小さいのだろう。
思い返せば、小説を書いてから、毎日、誰に読んでもらうかばかり考えている。睡眠時間も削られ、どうも地に足がつかない。最近では、頼まれた仕事を忘れてしまう時も出てきた。胃腸もきしむ。こんなことなら、小説など書かなければよかったとさえ思えてくる。
そんなことを考えながら桜を見上げ、ため息をついた。
桜の花びらがひらひらと揺れている。私のポケットの中も小さく揺れた。
また、あいつからの連絡だった。LINEの内容を確認した私は、近所のムギタ珈琲店に向かった。
(再び芸術家に読んでもらおう!編 後半へ続く)
読んでほしい
放送作家の緒方は、長年の夢、SF長編小説をついに書き上げた。
渾身の出来だが、彼が小説を書いていることは、誰も知らない。
誰かに、読んでほしい。
誰でもいいから、読んでほしい。
読んでほしい。読んでほしい。読んでほしいだけなのに!!
――眠る妻の枕元に、原稿を置いた。気づいてもらえない。
――放送作家から芸術家に転向した後輩の男を呼び出した。逆に彼の作品の感想を求められ、タイミングを逃す。
――番組のディレクターに、的を絞った。テレビの話に的を絞られて、悩みを相談される。
次のターゲット、さらに次のターゲット……と、狙いを決めるが、どうしても自分の話を切り出せない。小説を読んでほしいだけなのに、気づくと、相手の話を聞いてばかり……。
はたして、この小説は、誰かに読んでもらえる日が来るのだろうか!?
笑いと切なさがクセになる、そして最後にジーンとくる。“ちょっとだけ成長”の物語。
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