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読んでほしい

2021.08.14 公開 ツイート

旧友に読んでもらおう! 編

#8「僕は餃子を作りたいんです」「え?餃子?」作品づくりの話は意外な展開に… おぎすシグレ

装画は、『大家さんと僕』の矢部太郎さん

絶賛発売中の読んでほしいは、放送作家おぎすシグレ氏のデビュー小説。Twitterなどで、「面白い!」「笑えるなあと思ってたら、不覚にも感動した」となど絶賛!

せっかく書いた小説を誰にも読んでもらなえい中年男が、悪戦苦闘を始める――という物語なのだが、読み始めると止まらないのである。

旧友に再会。ひさびさに会って、酒を酌み交わし、話が進む。

ついに話題が、”あの話”になりそうだ…!?

*   *   *

「僕、作品を生みたいんです」

「作品か……」

彼もまた私同様、作品を求めていた。作家になると、みんな思うことなのかもしれない。

放送作家は特殊な職業だ。テレビ番組ができた時、それは間違いなくみんなで生み出した作品であり、私だけの作品にはならない。放送作家というのはぼんやりとしたカテゴリーで、何ものでもないと感じる。世間から脚光を浴びることも少ない。むしろ光が当たってはならないというポリシーもある。放送作家は裏方であり、表に立つ人達を支える仕事だからだ。

それでも、ものを創っている以上、私が創ったのだと言いたくなる瞬間がある。何もない真っ白な状態から、面白いことや楽しいことを形にするためのカケラを探し出す。そのカケラを拾い集め、設計図を作る。その設計図を渡し、様々な職種の人の力を借り、形にしていくのだ。

そのカケラがなければ、作品は絶対にスタートしない。だが、最初のカケラのまま進むことはない。放送作家の見つけたカケラなどただのカケラにすぎず、形になって初めて作品となる。

だから自分の作品とは言い切れず、みんなの作品となるのだ。

自分だけの作品が欲しいから放送作家は本を書く。ドラマや芝居などシナリオを書く。

その時、放送作家は出世魚の如く、脚本家もしくは小説家に生まれ変わることができるのだ。こんな思いがあったから、きっと私も小説を書いたのだと思う。そして江川もまた、私同様の思いから、何かを生み出そうとしているのだ。

「江川は何が作りたいの?」

「僕は餃子を作りたいんです」

「え? 餃子?」

(写真:iStock.com/taa22)

私は耳を疑った。

「餃子です。餃子」

「餃子です。餃子?」

急に酔いが覚めたのか、あるいは酔いが回ったのか、私の予想とはまるで違う回答だった。

「餃子って、あの餃子?」

「あの餃子です」

彼が言う餃子は、私が知っている餃子に間違いないようだ。

「え? 何? 江川は作家をやめるの?」

「やめません。作家をしながら餃子を作ります」

許せない。私は純粋にそう感じてしまった。

死に物狂いでものを書き、作家は生きている。餃子屋さんだってポリシーを持って作っている。なのに、彼は両方を得ようとしている。さっきまで可愛いと思っていた後輩が憎らしく見えてきた。

「何で餃子なの?」

「餃子が好きだからです」

「でもさぁ、作家なんだから」

「緒方さんも一緒ですか」

私の言葉に被さるタイミングで、残念そうに江川は吐き捨てた。

「作家だから、餃子を作ったらダメなんですか?」

「ダメじゃないけど」

ダメではない。ただ、今の私には共感できない。作家はものを書いてナンボ。私の教科書にはそう書かれている。そして彼にもそう教えてきた。そうでなければ、作家など何者でもなくなってしまうからだ。

目を覚まさせないといけない。そんな正義心が湧いて出てくる。東京に行き、彼は変わってしまったのか。早く彼の間違いを正してあげないといけない。目を覚ませとひとこと言ってやらなければいけない。

そうだ。このタイミングだ。君が餃子のことを考えている間に、私は小説を書いたんだぞ! と、伝えるのだ。これまでの自信のない私とは違う。今の私には卑小なプライドなどない。

彼の前に私が書いた原稿を叩きつけてやる。そうすればきっと彼の目も覚めるはずだ。

私はリュックサックに手をやった。

これを見ろと彼にぶつけてやるぞ。そう準備した瞬間、江川の方が先に口を開いた。

「ものを作るのに違いはないでしょ。どうしてみんな、ジャンルに縛られるんですか?」

江川の眼が真っ赤になっていた。彼は本気なのだと即座に感じた。江川が言う“作品”は、私が思う陳腐な作品とは違っていた。

「作家なんだから、何を作ったってよくないですか。作りたいものを作るのが作家。僕はそれが作家だと思います」

江川は大粒の涙を二滴も三滴も両目からこぼした。

目を覚まさないといけないのは私の方だった。江川の方が半歩先、いや百歩も千歩も先を行っていた。

確かにそうだ。もの作りは自由だ。陶芸家だって作家だし、デザイナーだって作家、そういう意味では料理人だって作家なのだ。作品が餃子なのかという特異な違和感のせいで、私は混乱したが、江川が言う作家論の方が正しいと素直に思えた。

「そうか……そんなに餃子が作りたいのか」

「……はい」

江川は悔しかったのか、うなだれながら肩を揺らした。違和感はまだ残っていた。熱く語り合ってはいても、やっぱり餃子というのがしっくりこない。

しかし江川の本気度は伝わっていた。

泣きながら語るほどの餃子とは何なのか? 彼が言う餃子とは、どんなものなのか? 知りたくなっている自分がいた。

「どんな餃子が作りたいの?」

「僕はハイブランドな餃子を作りたいです」

「ハイブランド?」

「一万円餃子です」

「高いね……どんなの?」

江川の考える餃子は、一万円もするハイブランドな餃子だった。

(写真:iStock.com/tupungato)

話を聞くと、彼の親戚は畜産農家を経営していた。親戚のおじさんは子宝に恵まれず、おじさんの代で終わりを考えていたそうだ。久しぶりに親戚のおじさんと話をした時に意気投合したらしい。おじさんは、無農薬のオリーブをえさに使い、どこに出しても恥ずかしくない豚を育てていた。しかし、小さな農家のため、経営はうまくいかず、安値で買い叩かれていたのだという。江川はその状況に憤りを感じた。なぜいいものがいい値段で売れないのか。そう思ったのだ。とはいえ、豚肉の新たな販売ルートなど、素人の江川に開拓できるはずもなく、何かいい手はないかと考えた。そこで思いついたのが餃子だという。おじさんの家で食べた餃子の美味しさを思い出したのだ。そこで江川は、おじさんの豚肉を使い、最高級の餃子を作ろうとあいなったそうだ。

「それにしても一万円は高い気がするが」

「世の中に高いものはたくさんある。Tシャツだって十万円するものもある。価値観を転換すれば、必ず売れると思います」

価値観の転換。作家らしいいい言葉だ。彼は人の価値観を変える自信があるのだろう。

その思いと、湧き出る自信が、私が彼に抱いている不安や疑問をかき消した。

「江川……君の作品を食べてみたいよ」

私はにやりと笑うとグラスに人差し指をかけ、氷をコロコロと回した。

「で、その餃子はいつできる予定なんだ」

「未定です」

「……」

「……僕の餃子は誰にも負けませんよ」

私は、もう一度彼を見た。自信満々に笑みを浮かべて悦に入っている江川がいた。まだ生んでもいない作品を売れると言い切る彼の凄みに、圧倒された。

彼は、私よりもクリエイターであり、アーティストだ。根拠のない自信ほど素晴らしいものはない。信じぬく力こそが何ものにも負けない強い力なのだ。私にはそれがない。私の思念が脳を駆け回る。なぜできない。なぜ言わない。

なぜ……なぜ……何故。

気付くと私はウォンウォンと泣いていた。

「僕のために泣いてくれるんですね」

江川も勘違いしてウォンウォンと泣いていた。

居酒屋で、中年二人が泣いている。

閉店間際に残っているカップルが、クスクスと笑いながら見ている。恥ずかしい。涙を止めないといけない。でも、涙が止まらない。勿論、江川のために泣いているのではない。

自分の情けなさに泣いているのだ。今も喉元にひっかかった言葉が出てこない。この期に及んでも出てこない。

作品を私は作ったのだ。なのに、まだ作ってもいない餃子に負けている。私の書いた小説はやはりそんなものなのか。いいや違う。餃子に勝とうだなんて思わない。だが負けてもいない。そもそも、餃子と小説は間違いなく土俵が違う。

落ち着け。

今なら言える。今こそ言うのだ。

小説を書いたから読んでくれと。

ダメだ。酔いながら言うのは違う。なんだかそんな気がする。落ち着こう。酒の勢いで我が子を見せるなんて、言語道断だ。

「あのぉ、そろそろ閉店なんですが」

閉店時間がきてしまった。酔いながらも、私は財布を出し、会計を済ませた。泣き崩れる江川を抱え上げ、店を後にした。江川をホテルに送り、また会おうと約束を交わした。

この日の飲み会は終わった。私は千鳥足で自宅へと向かった。地下鉄はもう走っていない。私はヨレヨレになりながら、歩いた。

車の通りすぎる音が響く。街路樹は葉を失い、どこか寂しい。

空を見上げると、雲に覆いつくされ、星一つ見えない。

久しぶりだ。お酒を飲んで頭が痛い。

関連書籍

おぎすシグレ『読んでほしい』

今日こそ……言うぞ! この一言を!! ――せっかく書い小説を誰にも読んでもらえない“売れない放送作家”の、笑いと切なさがクセになる、そして最後にジーンとくる、“ちょっとだけ成長”の物語。

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読んでほしい

放送作家の緒方は、長年の夢、SF長編小説をついに書き上げた。
渾身の出来だが、彼が小説を書いていることは、誰も知らない。
誰かに、読んでほしい。
誰でもいいから、読んでほしい。
読んでほしい。読んでほしい。読んでほしいだけなのに!!

――眠る妻の枕元に、原稿を置いた。気づいてもらえない。
――放送作家から芸術家に転向した後輩の男を呼び出した。逆に彼の作品の感想を求められ、タイミングを逃す。
――番組のディレクターに、的を絞った。テレビの話に的を絞られて、悩みを相談される。

次のターゲット、さらに次のターゲット……と、狙いを決めるが、どうしても自分の話を切り出せない。小説を読んでほしいだけなのに、気づくと、相手の話を聞いてばかり……。
はたして、この小説は、誰かに読んでもらえる日が来るのだろうか!?

笑いと切なさがクセになる、そして最後にジーンとくる。“ちょっとだけ成長”の物語。

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おぎすシグレ 小説家・放送作家

1978年1月10日生まれ。名古屋で活躍中の放送作家。16歳(高校1年)のときに名古屋よしもとから芸人デビューするが、2000年に芸人引退。22歳で放送作家に転身。

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