
現在ギャラリーでは、写真家の奥山淳志さんの二年ぶりとなる展示「動物たちの家」を行っている。展示のもとになった本『動物たちの家』は、奥山さんがこれまでともに暮らした動物の思い出を、子どもの頃まで遡り、綴った随筆集。それぞれに与えられた「いのち」を生きるとはどういうことか、それを読むものに考えさせずにはおかない、深い余韻が残る本であった。
展示の初日、その夜はオンラインでのトーク配信があったから、奥山さんは午後には店に来ており、接客の合間合間に互いの近況を伝え合った。新刊の話になったとき、思わず口にしてしまったことがある。
「最後の話にはほんとうに驚きました」
それを聞いた奥山さんは、「えっ」といった、意外そうな顔をしてみせた。
『動物たちの家』の最後の章は、リュウという犬のエピソードにあてられている。リュウは他人が飼っていた飼い犬だったが、その老夫婦が高齢ということもあり、家の外で半ばほったらかしにして飼われていた。奥山さんはそんなリュウのことを不憫に思い、飼い主と話し合ったあとでのことだが、リュウを散歩に連れ出し、医者にも連れて行くなど、こまめにその世話をはじめるようになる。
もちろん他人の飼い犬だから、奥山さんにもリュウの世話をすることへのためらいはあって、その逡巡は折にふれて書かれている。しかしある極寒の夜、奥山さんは意を決してある行動にでた……。
わたしが口にした「驚きました」というのは、いくら先方と話をしているとはいえ、他人の飼い犬をかいがいしく世話する奥山さんの姿だ。もちろん子どもの頃から動物が好きで、彼らと夢中な時間を過ごしてきた奥山さんである。しかしこれはある一線を超えて「好きすぎる」のではないかと、読んでいて思わなくもなかった。
夜のトークでもその話になった。奥山さんは自分の動物に対する執着を笑い、わたしもそんな彼にあまえて「東京のような場所に住んでいると、あまりそんなことはしませんね」と気やすく応じたのだが、どうしたことか、それをいったそばからふとした淋しさがわたしを襲った。
その淋しさがはっきりとした形となって現れたのは、奥山さんたちと別れ、帰宅してからあとのことである。わたしはこれまで、執着するまで何かを好きになったことがあっただろうか。その答えは深く考えずとも、自分でもよくわかっていた。
奥山さんの行動は確かにお節介だったかもしれないが、お節介とは介入するやさしさであり、何よりも面倒を厭わないあたたかい心がなければできないことだ。奥山さんはリュウの姿を見たとき、誰がどう思うかよりも、自分がそうしなければならないと思ったことに従い行動しただけなのだろう。同じ場に出くわしたとき、わたしは「よその家の犬だから」と、大人のふりをして黙って見過ごすのかもしれない。いのちを前にしてとっさに動けない、自らの体への言い訳として……。
「あー。搬出のときには、みんなで普通にご飯を食べられるようになってないかな」
トーク配信が終了し機材を片付けているとき、奥山さんは大きな声でそうつぶやいた。そうしたことを口にできるのが、彼の人のよさなのだと思う。それを聞いたわたしは、二週間じゃ変わらないですよと茶化すように笑ったが、そんな時でも「常識」の外から出ようとしないわたしに、自分自身、体の冷える思いがした。
わたしの中に抜き差しがたくある、よそよそしさ。笑われているのは何のことはない、わたしのほうなのであった。
今回のおすすめ本
『現代日本のブックデザイン史 1996-2020』長田年伸/川名潤/水戸部功/アイデア編集部 誠文堂新光社
本を手に取ったとき、まず目に飛び込んでくるのはその本のデザイン。その本らしく仕上げながらも、いまの空気が内包されている技術は容易に言葉にしづらいが、それをデザイナー同士で語り合った対話に、こんなことまで考えながら仕事をしているのかと脱帽する。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2022年5月14日(土)~ 2022年5月30日(月)Title2階ギャラリー
Essential
~『Essential わたしの#stayhome日記 2021-2022』刊行記念・今日マチ子作品展~
漫画家の今日マチ子さんが「#stayhome」の日常を描くシリーズの第2弾『Essential わたしの#stayhome日記 2021-2022』(rn press)を発売。コロナ禍の日常を描いた本作は、東京をはじめとしたさまざまな街を美しい色彩で切り取っています。作品展では本書から厳選した作品を展示いたします。会期中はオリジナルグッズも販売、作家の在廊も予定しています。要チェックです。
◯2022年6月2日(木)~ 2022年6月20日(月) Title2階ギャラリー
ポルトレ Portrait
『ポルトレ 普及版』刊行記念 上田義彦写真展
20世紀末から今世紀はじめにかけて、上田義彦が月1回のペースで撮影した38人の肖像を収めた『ポルトレ』が、この度田畑書店より普及版として刊行されます。Titleではそれにあわせて、安岡章太郎、大野一雄、白川静、大島渚、山田風太郎、三浦哲郎など、同書から作家や芸術家を中心に選んだポートレイト写真を展示します。
◯『すばる』で新連載が始まりました
連載タイトルは「読み終わることのない日々」。本の一節から自由に想起したエッセイです。『すばる』4月号(毎月6日発売)からスタート。どうぞお楽しみに。
◯【書評】
[NEW!!]北海道新聞 2022.04.03
『共有地をつくる』平川克美(ミシマ社)/生きやすい社会生む「接点」 評:辻山良雄
[NEW!!]「午後を贅沢にするおいしい紅茶と本」キリンビバレッジInstagram
「午後の紅茶に合う3冊」選:辻山良雄
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。