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本屋の時間

2021.09.15 更新 ツイート

第118回

抜き差しがたくあるもの 辻山良雄

現在ギャラリーでは、写真家の奥山淳志さんの二年ぶりとなる展示「動物たちの家」を行っている。展示のもとになった本『動物たちの家』は、奥山さんがこれまでともに暮らした動物の思い出を、子どもの頃まで遡り、綴った随筆集。それぞれに与えられた「いのち」を生きるとはどういうことか、それを読むものに考えさせずにはおかない、深い余韻が残る本であった。

 

展示の初日、その夜はオンラインでのトーク配信があったから、奥山さんは午後には店に来ており、接客の合間合間に互いの近況を伝え合った。新刊の話になったとき、思わず口にしてしまったことがある。

「最後の話にはほんとうに驚きました」

それを聞いた奥山さんは、「えっ」といった、意外そうな顔をしてみせた。

 

『動物たちの家』の最後の章は、リュウという犬のエピソードにあてられている。リュウは他人が飼っていた飼い犬だったが、その老夫婦が高齢ということもあり、家の外で半ばほったらかしにして飼われていた。奥山さんはそんなリュウのことを不憫に思い、飼い主と話し合ったあとでのことだが、リュウを散歩に連れ出し、医者にも連れて行くなど、こまめにその世話をはじめるようになる。

もちろん他人の飼い犬だから、奥山さんにもリュウの世話をすることへのためらいはあって、その逡巡は折にふれて書かれている。しかしある極寒の夜、奥山さんは意を決してある行動にでた……。

わたしが口にした「驚きました」というのは、いくら先方と話をしているとはいえ、他人の飼い犬をかいがいしく世話する奥山さんの姿だ。もちろん子どもの頃から動物が好きで、彼らと夢中な時間を過ごしてきた奥山さんである。しかしこれはある一線を超えて「好きすぎる」のではないかと、読んでいて思わなくもなかった。

 

夜のトークでもその話になった。奥山さんは自分の動物に対する執着を笑い、わたしもそんな彼にあまえて「東京のような場所に住んでいると、あまりそんなことはしませんね」と気やすく応じたのだが、どうしたことか、それをいったそばからふとした淋しさがわたしを襲った。

その淋しさがはっきりとした形となって現れたのは、奥山さんたちと別れ、帰宅してからあとのことである。わたしはこれまで、執着するまで何かを好きになったことがあっただろうか。その答えは深く考えずとも、自分でもよくわかっていた。

奥山さんの行動は確かにお節介だったかもしれないが、お節介とは介入するやさしさであり、何よりも面倒を厭わないあたたかい心がなければできないことだ。奥山さんはリュウの姿を見たとき、誰がどう思うかよりも、自分がそうしなければならないと思ったことに従い行動しただけなのだろう。同じ場に出くわしたとき、わたしは「よその家の犬だから」と、大人のふりをして黙って見過ごすのかもしれない。いのちを前にしてとっさに動けない、自らの体への言い訳として……。

 

「あー。搬出のときには、みんなで普通にご飯を食べられるようになってないかな」

トーク配信が終了し機材を片付けているとき、奥山さんは大きな声でそうつぶやいた。そうしたことを口にできるのが、彼の人のよさなのだと思う。それを聞いたわたしは、二週間じゃ変わらないですよと茶化すように笑ったが、そんな時でも「常識」の外から出ようとしないわたしに、自分自身、体の冷える思いがした。

わたしの中に抜き差しがたくある、よそよそしさ。笑われているのは何のことはない、わたしのほうなのであった。

 

今回のおすすめ本

『現代日本のブックデザイン史 1996-2020』長田年伸/川名潤/水戸部功/アイデア編集部 誠文堂新光社

本を手に取ったとき、まず目に飛び込んでくるのはその本のデザイン。その本らしく仕上げながらも、いまの空気が内包されている技術は容易に言葉にしづらいが、それをデザイナー同士で語り合った対話に、こんなことまで考えながら仕事をしているのかと脱帽する。

◯Titleからのお知らせ
連載「本屋の時間」が単行本に。反響多々!! ありがとうございます。

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』が6月30日、幻冬舎から発売になりました。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。全国の書店にてお求めください。ご予約はTitle WEBSHOPでも。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』(2021年6月刊行)のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

 

◯2021年12月3日(金)~ 2021年12月23日(木) Title2階ギャラリー

エドワード・ゴーリーの世界
新刊『鉄分強壮薬』刊行記念偏愛コレクション展


2000年秋にゴーリーの代表作3作を一気に刊行し、その美しい線画と奇妙で唯一無二な作品世界を日本の読者に広めてきた編集担当者の田中優子さん。海外作家の代理人として独立してから、ゴーリー没後20年、日本での出版も20年という節目の2020年に『金箔のコウモリ』を刊行、そして今年は『鉄分強壮薬』が刊行されました。今回、満を持しての“ゴーリー偏愛コレクション展”では、そんな田中さんがコレクションしてきたゴーリーの写真やポスター、原書古本等を展示しつつ、ゴーリーハウスで販売されている人気のグッズ商品も販売します。
 


◯北欧、暮らしの道具店【本屋の本棚から】
テーマ「夜の時間」辻山良雄 選


朝日新聞「折々のことば」2021.9.30掲載
「声が大きな人をそんなに気にすることはない」
『小さな声、光る棚』辻山良雄著より


◯【書評】
連載「私の好きな中公文庫」
もう20年以上ずっと頭のどこかにある本 辻山良雄

 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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