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2021.09.06 更新 ツイート

中1男子と30歳傷心の元バレリーナ、おっとりした関係の繊細な味わい 安藤ゆき『地図にない場所』 中条省平

今回の推薦作は、安藤ゆきの『地図にない場所』(小学館)です。

 

2巻目が出たばかりで、話の着地点はまだ見えてこないのですが、この作品は物語の意外な展開で読者を引っぱるというより、マンガ全体の繊細な空気、キャラクターたちのおっとりとした人間的な魅力で独特の魅力を醸しだしているので、ともかくそこを味わっていただきたいと思います。

安藤ゆきが一躍マンガファンの注目を集めたのは、2015年に始まった『町田くんの世界』(集英社)によってでした。

「別冊マーガレット」という純然たる少女マンガ誌の連載作でありながら、主人公の町田くんは、珍しく、勉強もスポーツも苦手で、不器用で、自己主張の薄い男子です。

しかし、彼の特徴は、その無類の内面的な細やかさにあって、自己主張がKYとして嫌悪される現代にあって、稀薄化されたコミュニケーションのなかで発揮しうる最良のやさしさを体現していました。そこが多くの読者の共感を得たのです。

本作『地図にない場所』も、そうした「町田くん」的な人間性をひき継いでいます。

主人公の中学1年の悠人(ゆうと)は、何不自由ない家庭環境にいて、父母や兄弟もやさしい人々です。

しかし、学校で落ちこぼれる不安と、家庭に居場所のない虚しさに苛まれ、つねに自分の気持ちを他者に合わせなければならないという強迫感につきまとわれています。

そんな悠人の自宅マンションの隣に引っ越してきたのが、琥珀という30歳の独身女性。世界的なバレリーナでしたが、唯一の身寄りの母親の死と、足のケガをきっかけに、バレエの世界を引退し、ひとり暮らしを始めます。

悠人は、バレエ以外ほんとうに何も知らない琥珀と知りあい、ひそかに、片づけや料理や洗濯のやり方を教えてやるようになります。

そんな付きあいのなかで、悠人と琥珀は、小学校のころみんなの人気を呼んだ「いずこ」という地図にない場所を探す遊びにふたたび夢中になり、ふたりで町を歩きまわるようになるのですが……。

話の焦点は、「いずこ」探しにはありません。現実に居場所をもたない二人が、どこにもない場所を求める遊びをりちぎにおこなうことで、それまで知らなかった、世間の定型からわずかにはみ出す、やさしい人間関係を発見し、たがいを支えあい、たがいに勇気を分けあたえていくところが素敵なのです。

マンガ的な面白さとしては、登場人物が交わす会話と、心のなかのセリフのほかに、太い枠で囲まれた四角い吹きだしによって、内的な発見や反省の独白を積み重ねていく手法がみごとに決まっていて、しかも、それが、中学1年という子供でもなく大人でもない主人公の心理と感情のゆらぎをじつに的確に表現しているのです。

このモノローグの技法ひとつ取っても、安藤ゆきの特異な才能を証明していますし、こうした錯綜した言葉のドラマを難なく操る巧みな手際に感嘆させられます。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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