1. Home
  2. 社会・教養
  3. 物理の4大定数
  4. ラプラスの魔とダーク・マター

物理の4大定数

2021.08.26 更新 ツイート

ラプラスの魔とダーク・マター 小谷太郎

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
現在のテーマは「重力定数G」。
重力定数により天体の質量が次々に明らかになったものの、天体学者を困惑させる新たな謎が出現する。

*   *   *

 
(画像:iStock.com/Margarita Balashova)

時計のように精確な宇宙

さてニュートンが人類に紹介した重力定数は、こうしてキャベンディッシュによって測定されました。

重力定数の値がわかると、それとともに地球の質量もわかります。

したがってキャベンディッシュは地球の質量を測ったともいえます。ちなみに地球の質量は約6×1024 kg、約60万トンの1京倍です。

それどころか、太陽も木星も土星も、これまで質量が求まるとは思わなかった天体の質量がどんどん決まってしまいます

キャベンディッシュの実験によって宇宙の謎が解明されました。少なくとも解明への道が拓(ひら)かれました。

 

かつて惑星などの天体は、人間にとって、天上の特別な法則にしたがって神秘的な運動をする存在でした。

けれどもこうして天体は科学の研究対象になり、その質量まであからさまにされ、すっかり神秘的な存在ではなくなってしまいました

そして解明されてみると、天体も、地上のリンゴのようなありふれた物体も、ニュートン力学にきっちりしたがっていました。宇宙は時計のように規則正しく整然と運行していたのです(と、当時の人々は思いました)。

それを支配し、計算してのけるニュートン力学はすごい威力です。もう科学の威力で何もかもわかりそうです。

天体の運行はニュートン力学にしたがっていた(画像:iStock.com/dottedhippo)

ラプラスの魔

ニュートン力学はあまりにも強力で衝撃的だったため、18世紀から19世紀には、これで何でも計算できるという楽観的な雰囲気が生じました。

もう天体は神秘的な存在ではなく、世界の説明に神は必要ありません。説明にはひと握りの物理の法則があれば足ります。

まだ電磁気のような未解明の法則は残っていましたが、その解決は時間の問題と思われました。

そうしてすべての物理法則が明らかになって、宇宙を全部理解できる日が、今にやってくるでしょう。

 

こうした、「宇宙は機械のように動いているもので、神や霊魂はなく、いくつかの物理法則によって理解し計算できる」という見方は、「機械論的自然観」あるいは単に「機械論」と呼ばれます。

「宇宙は機械のように動いている」と当時の人は考えた(写真:iStock.com/SvetaZi)

この科学への信頼に満ちた楽観的な思想は、キャベンディッシュと活躍した時期が重なるフランス人数学者ピエール=シモン・ラプラス(1749-1827)がうまいこと言い表しました。

「ある知性が、与えられた時点において、自然を動かしているすべての力と自然を構成しているすべての存在物の各々の状況を知っているとし、さらにこれらの与えられた情報を分析する能力を持っているとしたならば、

この知性は、同一の方程式のもとに宇宙の中のもっとも大きな物体の運動も、またもっとも軽い原子の運動をも包摂(ほうせつ)せしめるであろう。

この知性にとって不確かなものは何ひとつないであろうし、その目には未来も過去と同様に現存するであろう。(注1)」

……大変格好いいです。

ラプラスが述べているのは、もしも宇宙におけるすべての物体の現在位置と速度がわかれば、ニュートン力学の手法でその軌道が計算できる、ということです。

神が奇跡の力で物体をひょいと動かすことはありません。物理学の方程式で表せない現象もありません。未来のできごとは現在の状況によって完全に決まっていて、原理的に計算可能です。

これは物理学、特にニュートン力学に対する深い信頼の宣言です。ニュートン力学に多大な貢献をした、ニュートンの信奉者ラプラスならではの発言です。

 

ここに登場する、宇宙のあらゆる物体の軌道を計算する架空の存在は、「ラプラスの魔」と洒落た名をつけられて有名になりました。(神も魔物も存在しないという信条の表明が魔物を創造したことは皮肉な成り行きです。)

ちなみにラプラスの魔のもととなったこの文は、『確率の哲学的試論』という著作の序文です。ラプラスの魔を引用する人のうちどれくらいが、この本の本文を読んでいるのか、ちょっと気になってしまいます。

(注1)ピエール=シモン・ラプラス、1814、『確率の哲学的試論』(内井惣七訳、1997、岩波書店)

銀河の質量を求めた天体学者、困惑

重力定数Gを測定すると地球や太陽や木星土星の質量がわかっちゃう、と述べましたが、いったいどうやるんでしょうか。

重力定数Gを測定すると地球の質量がわかる(画像:iStock.com/NicoElNino)

地球の重力はつねひごろ私たちを含む地上の物体を引っぱっているので、この重力を測って、重力定数と組み合わせて少々計算をすると、地球の質量は分かります。約6×1024 kg、約60万トンの1京倍です。

太陽は水星や金星や火星や他の惑星や小天体のことも引っぱっているので、この重力を測れば太陽の質量がわかるのです。

これらの天体は引っぱられて太陽をくるくる周回しているので、そのくるくる運動から太陽の重力が測定できます。求まった質量は約2×1030 kg、地球の約30万倍です。

木星や土星は、それぞれをくるくる周回する衛星を従えているので、そこからやはり質量が求められます。

 

この手法は天文学で広く応用されています。

ある物体の質量を測りたいなら、その物体がおよぼす重力を測り、重力定数と組み合わせて計算すればいいのです。

たとえば天の川銀河の質量です。

私たちの太陽は天の川銀河の重力に引かれ、約2億年の周期でくるくる周回しています。天の川銀河を構成する約1000億個の恒星は、太陽と一緒にくるくる周回しています。

「上」から見ると、コーヒーに浮かべたクリームのようです。「上」から見た人は天の川銀河の中にはこれまで一人もいないので想像ですが。

天の川銀河の恒星はコーヒーのクリームのように太陽と一緒に周回する(画像:iStock.com/Andre_BR)

この約1000億個のくるくるから、天の川銀河の質量が求められます。

天の川銀河というのは地球や太陽のような球体ではなく、1000億個の恒星のぼやっとした集合なので、ちょっと計算方法がちがいますが、ともあれ計算してみると、私たちの太陽1兆個分になります。

……これは何だか重いですね。1000億個の恒星の質量が大きいのは当たり前と思うかもしれませんが、それにしても大きすぎます。

重力を利用して天の川銀河の質量を測ると、天の川銀河をなす恒星やガス全部を合わせた質量よりも、数倍大きな値がでてくるのです。

天文学研究者は困惑しました。

宇宙の主要成分はダーク・マターだった

天の川銀河にかぎらず、宇宙に散らばるどの銀河でも(質量測定がうまくいくものは)そういう傾向が見られます。銀河というものは、恒星と、ガスと、それを上回る正体不明の質量からできているようなのです。

この謎の質量は、他の観測手法では見えないので、「ダーク・マター」とか「暗黒物質」などと呼ばれます。

銀河というものは、恒星の集合というよりも、ダーク・マターのかたまりという方が正確です。そこにおまけのように少々付け加わった物質が恒星や観測可能なガスなのです。

じつはこの宇宙は見かけどおりではなく、見えもしないし正体もわからない「物質」の方が宇宙の主要成分だったです。

宇宙の主要成分は星でもガスでもなく未知の物質だった(画像:iStock.com/Natalia_80)

ダーク・マターの正体は何でしょうか。その存在が知られてから100年近く経つのに、まだわかりません。

今のところ有力な説は、未知の素粒子というものです。人類がまだ粒子加速器で確認することに成功していない素粒子が、宇宙空間に大量に浮いているという説です。

これは、木星サイズの小型天体が大量に存在するという説や、ブラック・ホール説や、既知の素粒子説など、知っている物体がどれひとつ当てはまらないので、おそらく正体は知らない物質だろうという消去法のような説です。

 

ダーク・マターの正体は、現在の物理学の重要な未解決問題です。

この正体を突き止めるため、理論面からも実験的にも、精力的に研究が進められています。宇宙空間や地下に粒子検出器を設置して、未知の素粒子の出現する気配はないか、この瞬間にも監視されています。

もしかしたら明日にでも、ついにダーク・マターが見つかったというニュースが飛び込んでくるかもしれません。

 

それにしても、ニュートン力学が若かったころの、時計のように規則正しく運行する整然とした宇宙は、人類が質量を測っているうちにすっかり変貌を遂げてしまいました。

 

●次回は9/11の公開予定です。

関連書籍

小谷太郎『宇宙はどこまでわかっているのか』

太陽の次に近い恒星プロキシマ・ケンタウリまでは月ロケットで10万年かかるが、これを21年に超短縮するプロジェクトがある!? 土星の表面では常にジェット気流が吹きすさび、海流が轟々うなっている!? 重力波が日本のセンター試験に及ぼしてしまった意外な影響とは!? 元NASA研究員の著者が、最先端の宇宙ニュースの中でもとくに知的好奇心を刺激するものをどこよりもわかりやすく解説。現在、人類が把握できている宇宙とはどんな姿なのか、宇宙学の最前線が3時間でざっくりわかる。

小谷太郎『言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー』

2002年小柴昌俊氏(ニュートリノ観測)、15年梶田隆章氏(ニュートリノ振動発見)と2つのノーベル物理学賞に寄与した素粒子実験装置カミオカンデが、実は当初の目的「陽子崩壊の観測」を果たせていないのはなぜか? また謎の宇宙物質ダーク・マターとダーク・エネルギーの発見は人類が宇宙を5%しか理解していないと示したが、こうした謎の存在を生むアインシュタインの重力方程式は正しいのか? 本書では元NASA研究員の著者が物理学の7大論争をやさしく解説、“宇宙の今”が楽しくわかる。

小谷太郎『理系あるある』

「ナンバープレートの4桁が素数だと嬉しくなる」「花火を見れば炎色反応について語りだす」「揺れを感じると震源までの距離を計算し始める」「液体窒素でバナナを凍らせる」……。本書では理系の人なら身に覚えのある(そして文系の人は不可解な顔をする)「あるある」な行動や習性を蒐集し、その背後の科学的論理をやさしく解説。ベッセル関数、ポアソン確率、ガウス分布、ダーク・マターなど科学の知識が身につき、謎多き理系の人々への親しみが増す一冊。

{ この記事をシェアする }

物理の4大定数

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。

バックナンバー

小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP