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本の山

2021.06.05 更新 ツイート

近寄りがたいけれど懐深い 山と父親という存在ーー『帰れない山』 ロパオロ・コニェッティ KIKI

雪の季節にイタリアの山岳地帯、ドロミーティを訪れたことがある。山は広い範囲でスキー場として賑わっていたが、所々で雪から露出する急峻な山肌は、荒々しく黒々とした岩肌をしており、人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。遠く望んだ頂にキラリと光るものが見えた。十字架だった。アルプスの頂には十字架やマリア像が置かれていることがあり、山を安易に触れてはいけないものと人々は考えつつも、シンボルを置くことで、山を征服したと見なしているのだ。本書の舞台モンテ・ローザ山麓とはイタリアアルプスの東と西で離れているが、山と人との関係はあまり変わらなそうだ。

 

山で生まれ育った少年ブルーノと、ミラノで生まれ育った少年ピエトロ。夏にふたりはアルプスで出会う。ブルーノは伯父の放牧の仕事を手伝っており、山のことならなんでも知っていて、生きる力強さを持っている。ピエトロは都市で教育を受けているけれど、両親の顔色を窺うように生き、主張があまりない。正反対のような性質を持ちながらも、互いにないものに惹かれ合い、ふたりは友情を深めていく。村を流れる沢を遡り、源流を突き止める。自然にさらされ、朽ちた廃屋に忍び込む。その描写は、自分が山を歩いているときに、足元から立ち上る土の香りのように瑞々しく、どこか懐かしくも感じられる。ある夏には、長年登山を趣味としているピエトロの父親を先頭に、子供だけでは足を踏み入れることのない氷河地帯の登山に挑む。その挑戦は、それぞれのその後の人生にとって大きな意味を持つことになるのだが。

ピエトロが両親に連れられて山麓の村を訪れる夏ごとに、ふたりは親交を深めていく。しかし、新鮮で喜び溢れた時間がずっと続くわけではなかった。交流は大人になっても続くが、度々の別れと再会があり、そのきっかけは少なからず互いの父親によってもたらされた。

少年たちは父親によって生き方を限定され、時に、抗うことによって新たな道を作り出していく。乗り越えなければならない山のような存在である父親は、近寄りがたさを持っている点において、イタリアアルプスの山そのものだ。しかし、山には近寄りがたさだけでなく、懐の深いところもあることを、少年時代からの経験によって彼らはよく知っていた。

山々に見守られながら成長していくふたりの少年の姿は、遠い土地での出来事であっても、共感をもたらす。彼らは山を征服するのか、あるいは、山と共に生きることを選ぶのか。そして、タイトルにある「帰れない山」とは、果たしてどの山のことを指し示すのだろう。アルプスに積もった雪が、融けて大地に染み込むように、心にじわじわと潤いをもたらす物語である。頁を捲りながら、わたしは少年たちと同じ山の空気を吸っているようだった。

「小説幻冬」2019年1月号

パオロ・コニェッティ/関口英子・訳『帰れない山』(新潮社)

アルプスで出会った内向的な街の少年と野性的な山の少年。二人は父の生き方を学び、大人へと成長していく。山を通じて人生を描く感動長篇。

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KIKI モデル

東京都出身。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。山好きとして知られ、著書に美しい山を旅して』(平凡社)などがある。(photo: ohta yoko)

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