1. Home
  2. 生き方
  3. 夜のオネエサン@文化系
  4. つまらない夜は私のせい~「ビーチ・バム ...

夜のオネエサン@文化系

2021.04.30 更新 ツイート

つまらない夜は私のせい~「ビーチ・バム まじめに不真面目」 鈴木涼美

毎日お酒を飲まないといられないという友人や家族は多いのだけど、私は実はそうでもなくて基本的には子供の頃はクラブ(音楽がかかったフロアのある例のクラブと、自分が働いているキャバクラと、ホストが働いているクラブの総称)でしか飲まないような人だったし、今も特に毎日飲んでいるわけではない。のだけど、禁止とか言われると反抗期の淑女としてはどうしても飲みたくなっちゃうわけで、手始めに毎日酒を飲むことにしている。

 

東京が禁酒法みたいな状況になったことをとっかかりに、禁酒法時代を描いた映画をいくつか再視聴するというのはなかなか乙な手段だとも思うのだけど、基本的にそんな映画って、「アンタッチャブル」にしても「暗黒街の顔役」にしても「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」にしても、アル・カポネ的な人たちがいかに潤ったかという話ばかりで、酒なしでどう生き延びるかみたいなものってあんまりないので、やはりお酒抜きでこの時代を生き抜こうという気分にはなり難い。こんな時代だからこそ、できる限りの反骨精神で、できる限り不真面目に、できる限りふざけて生きていきたいものです。

で、なぜかパチンコやご飯屋はそれなりにやってるのに、中で会話なんて一切なされない映画館が営業自粛なんていう常軌を逸した世界になってきているのがどうも変で、いや私はパチンコそこそこ好きなのでこんな時こそパチンコも久しぶりに行ってみたのだけど、このような自粛期間だからこそ、映画のようなものって需要があるとも思う。少なくとも「ガンモ」の監督の久しぶりの新作「ビーチ・バム」がついに日本公開されるというニュースは大変喜ばしい事態として私は歓迎している。

マシュー・マコノヒー演じるかつて天才詩人としてデビューした主人公は、今となっては資産家の妻のオカネで毎日不真面目ざんまい、マリファナざんまいでふざけて生きている。「ガンモ」の鬱屈した底辺感とはまた違う、パッパリピーならぬハッパリピーな底辺感。映画もなにせジャンキー目線で進んでいくので、虚構と現実の境目は限りなく曖昧で、観客自身がなんだか酔っ払って記憶も曖昧のような気分になる。あれ、これどうなんだっけみたいなテキトーな感じをテキトーなままに保存させてくれるような優しい映画だ。

私がかつて随分とダメダメな夜のオネエサンとしてふらふら生きていた頃、Kと呼ばれた、当時はギリギリ合法だった薬物があって、私が中学時代の記憶よりも二十歳前後の記憶が曖昧なのは、多分半分はお酒のせい、半分はソレのせいなのだろうと思う。ドラッグでしかトベない人間なんて所詮三流だと私も思うのだけど、でも現実なんていうものは多少シラフじゃないくらいのモヤがかかった状態の方が生きやすいというのもまたこれ事実ではある。

別に当時の私に降りかかる現実が、到底シラフで生きられないほど過酷だったわけではない。そんなの、「ビーチ・バム」の主人公だって同じなわけで、コロナ禍で生き延びなきゃならない夜のお店のママたちや、飲食店の店長や、風俗嬢や、バンドマンに比べればちゃんちゃら楽勝な生活だった。それでも、人生なんていうものはあんまり真面目になりすぎると、それはそれで人に対して攻撃的になり過ぎたり、批判的になり過ぎたり、私も真面目にやってるんだからお前らも真面目にやれという上から目線になったりと、結構弊害がある場合もある。

本作の主人公は自分に死ぬほど甘いし、人に対して別に紳士的であったり優しかったりはしないが、それでも人に対しても大変大らかで甘い人ではある。やっぱり、不真面目三昧をやっていると、人に対する攻撃性は薄れるものだ。ちなみにこの主人公、因果応報というわけではないけれど、ひょんな事件から、それまで贅沢三昧できていたほどの財力をポッキリ失うことになるのだが、それでも恨み節にならずにパッパリピーな性格健在のまま、しかし世の中に中指立てて反抗してみせる。その間も、彼目線の世界は結構煌めいていて、愉快な人が多くて、正しさや幸福や真面目さなんてものは追いかけないで十分世界を享受しているように見える。

ただし、映画を観終わって現実の世界、といっても何となく非現実的な最近の日常に目を向けてみると、みんなやっぱり遥かに一所懸命で、一所懸命悪しき習慣を弾劾してみたり、一所懸命コロナ対策を批判してみたり、一所懸命女性蔑視なCMを炎上させたりしていて、私はそういう行為に限りなく敬意に近い尊さをもちろん感じるし、それで救われている人たちの存在を微塵も疑ったりはしないのだけど、それだけ世間に厳しく当たるということは、裏を返せば彼ら自身が自分に厳しくあるということなので、どうしてもその生きづらさを心配もしてしまうのだ。真面目であることはものすごく尊敬に値することだけど、はたしてこの世界というものが、真面目に取り合うに値するものであるのかという問題は常にそこにある。

だって、何で酔っ払っているのかわからない状態でゴミみたいな定食屋から明け方出てきた21歳の私の目に映っていた、弁天通りのカラフルな格好をしている年増のホステスたちの美しさって本当に綺麗だったし、横浜にかつてあったドレミとかいう名前のクラブから出てきた時にものすごく目が焼ける昼間の光とか、渋谷のヴエノスから出てきて目の前でゲロ吐いてるギャルの生足の生々しさとか、六本木の911でナンパしてきたアラブ系金持ちの歯の白さとかだって、本物の世界の美しさだと思うのだ。そういう綺麗さに自覚的になればなるほど、人に対しても自分に対しても厳しくなんてしていられないし、愚かであればあるほど世界が綺麗に見えるのだとしたら、それはそれで愚かさにも価値があると言いたくなる。

私だってすでにしっかりコロナと共存しかけていた書店や映画館まで再び苦境に追いやられる政策なんて真面目に批判したいし、百合子は怖いし、コロナだって怖いのだけど、それでもそういったふざけたことが起こる世の中で真面目になり過ぎて自分の緩みすら受け入れられなくなっている人がいるのだとしたら、「ビーチ・バム」なんていう、本当にフザけてフザけすぎた人間をものすごく美しく楽観的に描いている映画を観て、少しだけ自分に対して甘くなって欲しいと思う。愚かな世界との付き合い方は、愚かな自分との付き合い方と、もちろんガッチリとセットになっているのだから。

関連書籍

鈴木涼美『愛と子宮に花束を 〜夜のオネエサンの母娘論〜』

「あなたのことが許せないのは、 あなたが私が愛して愛して愛してやまない娘の 身体や心を傷つけることを平気でするから」 母はそう言い続けて、この世を去った――。 愛しているがゆえに疎ましい。 母と娘の関係は、いつの時代もこじれ気味なもの。 ましてや、キャバクラや風俗、AV嬢など、 「夜のオネエサン」とその母の関係は、 こじれ加減に磨きがかかります。 「東大大学院修了、元日経新聞記者、キャバ嬢・AV経験あり」 そんな著者の母は、「私はあなたが詐欺で捕まってもテロで捕まっても 全力で味方するけど、AV女優になったら味方はできない」と、 娘を決して許さないまま愛し続けて、息を引き取りました。 そんな母を看病し、最期を看取る日々のなかで綴られた 自身の親子関係や、夜のオネエサンたちの家族模様。 エッジが立っててキュートでエッチで切ない 娘も息子もお母さんもお父さんも必読のエッセイ26編です。

鈴木涼美『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』

まっとうな彼氏がいて、ちゃんとした仕事があり、昼の世界の私は間違いなく幸せ。でも、それだけじゃ退屈で、おカネをもらって愛され、おカネを払って愛する、夜の世界へ出ていかずにはいられない―「十分満たされているのに、全然満たされていない」引き裂かれた欲望を抱え、「キラキラ」を探して生きる現代の女子たちを、鮮やかに描く。

{ この記事をシェアする }

夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。

バックナンバー

鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP