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夜のオネエサン@文化系

2021.04.16 更新 ツイート

親の反対が確実に理にかなっている場合~イン・ザ・ベッドルーム 鈴木涼美

うちの実家は変な間取りで、それぞれの部屋が基本的には2階にあるのに、私の部屋だけ1階にあって、つまり殺人鬼などがこっそり我が家に忍び込んだ場合には私が最初に殺される、オトナファーストな作りになっていたのだけど、そんなわけで私が自分の部屋にいるとリビングルームのテレビの音が聞こえてくることがあった。で、夜に親が映画を観始めると一応何を観ているのか確認しにいって、つまらなそうだったら自室に戻り、面白そうだったら一緒に観て、面白そうだったけど途中からつまらなくなったらやっぱり自室に戻るというのが、小学生の頃の私の習慣だった。

 

だから、なんだか冒頭と結末は観ていないけど途中だけしっかり観た、みたいな映画が数多くあって、そういう映画は1シーンや一部の台詞だけ不思議とよく覚えているのだけどタイトルが思い出せないことが結構ある。今なら、台詞や登場人物の名前だけでもちょっと思い出せれば、検索してタイトルに辿り着けることが多いけれど、ネット検索機能がこんなに発展していなかった頃は、映画に詳しい大学の友人などに、「小さい頃観た映画で、化粧濃い秘書が毎日会社に通うフェリーの中でなんか食べながらおしゃべりしてて、確か上司の女の声真似をするシーンがあった」などと説明して、「ああそれはシガニー・ウィーバーの出てる『ワーキング・ガール』だね」と教えてもらいでもしない限り、なんだっけなんだっけと延々思っているしかなかった。親が観ていたのだから彼らに聞けばわかりそうなものだが、うちの親は大量の映画を観てその内容をびっくりする速度で忘れていくのが趣味のようなので、聞いて答えが出た試しがない。

そんな感じで、小学3年生くらいで観た記憶があるものの、中学の時も高校の時もタイトルが思い出せず、大学に入りゼミに入り、見た目からしていかにもオタク的な頼りがいのある先輩のおかげでタイトルがわかった映画で印象的なのは「ホテル・ニューハンプシャー」だ。戦争映画でもギャング映画でもないのだけど、とにかく可笑しな経緯で次々人が死ぬことと、飛行機事故で死ぬ人がいたことと、小人症の女の子が出てきたことくらいしか覚えていなかったのだけど、さすが頼りがいあるオタクに聞いたらすぐにタイトルがわかり、レンタルしてすぐに再視聴することができた。

すっかり忘れていたけど、ホテルの経営絡みの話で、私は頼れるオタクのおかげで思い出したまさにその時、たまたまホテルに勤めている男とデートしていたので、そのタイミングで思い出すことができたのは何か運命的だった。ホテルに勤めている男とは2カ月ほどの短い縁だったので、かなりピンポイントな運命である。その経験から、今でもタイトルが思い出せない映画などあると、仕事で情報が必要だとかいう事情がない限り安易にネット検索せずに、ふと思い出したり、人とその話になったりする運命を待つことが結構ある。

そんなわけで、実家で親と観たというほど古い記憶ではないものの、ここ数年何度か内容を思い出しつつも、タイトルが出てこないなぁと思っている映画があった。で、最近、小室圭氏の公開したミラクルスーパー長い変な文書を読んでいる最中に、再び、「なんか昔、その人の人格云々というよりその人が抱えているトラブルが厄介であるが故に、自分の親が交際を苦々しく思っている相手と激しく恋に落ちて、親の言うことを聞かずにその恋人の家に入り浸っていたら、結局親の直感の方が正しくて、交際相手の抱えていたトラブルが原因で殺される人の映画を観たような……」と思い出し、そういえばこれまでも眞子さま関連のニュースを観るたびにその映画のことをぼんやり思い出していたんだよなと思って、大学の先輩よりさらに気合の入ったオタクっぽい友人に上記の説明をしたら、「ああそれは『イン・ザ・ベッドルーム』だね」と2秒で答えが出た。持つべきものは頼れるオタク。

それで気になって改めて観たのだけど、記憶の隅にあったそれよりもさらに痛々しい話だった。医者の父と音楽を教える母のそれなりに文化的な家庭に育った息子は、年上子持ちで夫と別居中の女と恋に落ちる。女は悪人ではないがちょっと頭が悪く、息子は頭は悪くないが恋に落ちてしまっていて、しかし元夫(厳密に言えばまだ離婚は成立してない)は相当な厄介者な上に女と縒りを戻したがっているという面倒くさい状況なので、特に母親はできれば別れたほうがいいと思っている。しかし恋に落ちちゃってる息子は大学に戻るのを延期しようかと検討するくらいは恋に落ちているし、両親はいかんせん文化的で知的な人々なので、その良識により、息子を無理やり恋人から引き離すような野蛮な真似はせず、特に父親は息子の人生は息子の意思が優先されるべきで、恋人のトラブルがかなり厄介なのはわかっていながら口を挟めない。それでも母親が時々ちくりと釘を刺すのだけど、そのせいで息子はあまり実家に帰らなくなり、彼女の家にいるところ、元夫が訪ねてきて口論になり、あっさり殺されてしまう。

ここまではまだ映画の序盤で、物語はここから息子を失った両親の日常と非日常に移っていくのだけど、長く私の印象に残っていて、時折思い出していたのはこの残酷な序盤であった。

恋は限りなく病に近いので、多くの場合はその恋の外側にいる人だけが判断力を持っているのだけど、恋愛中に正常な判断力を持った周囲の言い分など野暮な野次にしか聞こえない。自分がそんなに恋愛中じゃない時というのは、周囲の思いっきり恋愛中の友人の判断力の鈍さや明らかに楽観的にすぎる価値観などにイライラするものだが、ある程度恋愛を経験すると、恋愛中の周囲の声など都内のカラスほどの存在感もないことがわかっているので基本的に人は黙ってイライラしている。

とりわけすでに大人で、自分のことをよく知っている親の言うことは往々にして正しいのだが、悲しいかな両親の言うことほど若い人の耳に届かないことはない。しかもその親が良識的であればあるほど、自分らの子供やその恋人の意思を無視して自分らの判断を押し付けるなんていうことはしない。子供の自立を妨げ、恋路を邪魔して、自分らの思い通りに庇護の下に置き続けるのは親としてどうか、という至極真っ当な分別を持ってしまっているからだ。結果、頭が良くておそらく言っていることが正しい親の判断であればあるほど、子供を動かすことができない。

それでも思春期の暴走行為やドラッグや売春などの行為であれば、子供の方もどこか頭で反抗しているので、親の言葉は、すぐには受け入れないまでも、「それはわかってはいるさ」と耳には届いていることもある。そして何より、自分はあえて悪さをしているという意識がどこかにあるので、そんなことはしないほうがいいと言う大人の方が基本的には正しいともどこかで思っている。まぁそれでも、若さと衝動と刹那的な高揚のためならそれら正しい言葉をぶっ飛ばして思うままに行動してしまうので、私のようにこの歳になって、「ああ母親が言うように日サロはせいぜい週一にしておけばよかった。なんとなく母の言うことが正しい気はしてたのよね」とか思うのだが、まぁ若い時間というのは何もアラフォーの今の幸福のためにあるわけじゃないので致し方ない。うちの親もまた品が良かったので禁止事項で子供を縛ることを是としなかったが、子供の頃から「ドラッグ、売春、借金だけはするな」と言われていた。そして素直な反抗期を迎えた私は全部やった。生還できて良かった。

しかしこれが恋となると、「親の言ってることが正しいかもしれない」という予感は本当に全くからきし1ミリもなく、「みんなわかってない」「親は全くわかってない」「正しいのは君を愛するこの心だけ」という、誰もさわれない二人だけの国の住民となってしまうので、世界の善悪とは完全に分離されるし、誰もさわれないのだから親の説教などが聞こえるわけもない状態になる。もちろん危険だが、脳内はルララで、心は生まれて初めて感じるほど満たされている。

ドラッグ並みに危険だが、ドラッグが禁止されているのに対して、恋愛の方はというと、不純異性交遊なんて言って戒めてもらっているうちはまだ良くて、大人の世界的には、人を愛する喜びとか何よりも大切なのはパートナーとの絆とか言われて圧倒的に推奨されているわけで、一体こんな正常な判断力を失うことを、禁止しないまでも推奨なんかしちゃうんだろうと思っても不思議はない。恋をしていると、恋をする前だったらそこそこ大切にしていたはずのものをびっくりするほどバサバサ捨てられるのだ。友人との時間、お金、学校、親、仕事などなど。

そう考えると、恋愛感情なんていう明らかに人生をややこしくするものが人に備わっているのは、何かを思い切って捨てさせるためなんじゃないかというアイデアが脳裏をよぎる。そして若い時ほど恋情は強烈で、若い恋ほど愚かで大胆である。まだ実績や財力や大した仕事もない若い人にとって、恋なんていう劇薬がなければ捨てられないものとは、やはり親との絆なんだろう。恋愛で最も聞こえなくなるのが親の声であるという映画の道筋ともこれで繋がる。

ということは、若者が一見大変愚かで、運が悪ければ映画のように命を落とすし、そんなに運が悪くなくとも成績を落とし単位を落とし、場合によっては友人やお金をなくすような恋愛に突き進むのは、やっぱり親とのある種の断絶のための儀式なのかもしれない。エヴァ的な大掛かりな実戦でもなく、刃も毒も使わない親殺しこそが恋愛であるなら、多くの親たちが子供の恋愛にどこか苦々しくなるのも納得がいく。そして、色々な犠牲を払ったけれど、やっぱりそこそこ若い時に愚かな恋愛をしておいて良かったなぁとも思う次第です。

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夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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