
紅葉を見て心が和むようになった的な、年齢による感覚の変化を半分自虐的に言い合うブンカがあるが、私は今も身体が許す限りはしっぽりしたバーよりガチャガチャした飲み屋が好きだし、品の良いショートヘアよりエクステブリーチ全部のせスペシャルみたいな方が好きだし、爪は今でも3センチのスカルプを貫き通しているし、紅葉よりネオンが好きというか、ネオンが一つも煌めいておらず紅葉まみれの田舎の家で育ったので、若者が好む都会的な光景にはいまだに強い憧れがあって全然疲れていない。深夜のファミレスがなくなって一番悲しんでいるのは今の若者よりも私な気がするし。食に関しても元々全く偏食ではないので、ステーキから鮎の塩焼きへというような極端な変化は感じていなくて、両方出てくれば美味しく食べる。
しかし先日、深夜のローソンを彷徨っていたところ、否応なく年齢による感覚の変化を感じることがあった。何か甘いものを買いたいのだけど、あれでもないこれでもないと冷蔵スイーツからお菓子の棚やアイスの冷凍庫の前をぐるぐる回り、何が食べたいかなぁ、しっくりくるものがないなぁと深夜バイトのチョウさんに若干冷たい目で見られながら時々立ち止まって自分の舌と対話し、スイーツの冷蔵棚下に申し訳なさそうに後付けされたラックの中に大福やら最中やらが入っていることに生まれて初めて気づき、さらにその一番端に小さな箱に入った羊羹を見つけ、ああこれ食べたい、と生まれて初めて思い、やはり生まれて初めて羊羹をお金を出して買うことになった。
羊羹って実家とか法事の寺とかおばあちゃんの家とかで食べた記憶はあるのだけど、出どころを気にしたことはないというか、多分うちの親も羊羹を買う趣味があったようには思えないからお歳暮とかそういう類の中に紛れてやってきたのだろうし、勝手に出てくれば食べてやってもいいくらいにしか思っていなくて、出されて喜んだこともなければ、まして自分でお金を出して買うなんていう感覚は全くなかった。大体見た目も可愛くないし、オシャレな水羊羹とかならまだしも棒状のオーソドックスなやつなんてどこまでいってもずっと同じ味だし、どういう人が好んで買うんだろうかとすら思っていた。私はレジに羊羹を持って行き、きっとそういう疑問を今も持っている若いチョウさんに、こういう人が買うんだよ、と心の中で呟いて家に帰った。
そんな話をうちの近くの美容院に来たついでに我が家に寄った友人としていたら、同い年のその友人が「まじ? 私もこないだ初めて自分で羊羹買ったよ」と言い出して、あまりに数奇な偶然に、え、なんかうちら知らぬ間に羊羹のステルスマーケティングみたいなものに引っ掛かってんのかな? みたいな気になって、再度生まれて初めて羊羹をGoogle検索したりもしたのだけど、別にマリトッツォとか昔のナタデココみたいに「羊羹に大行列!」みたいなニュースは当然なく、どうやら単に女が40歳になると突然自費で羊羹を購入するらしい、という説が今の所症例数2で立証されつつある。思い当たる方いますか?
人は年齢を重ねると同時に時代を移動するので、好みの変化が自分の年齢のせいなのか時代のせいなのかを切り離して区別するのは難しい。今私が細眉でもつけまつ毛バサバサでも金髪でもないのは歳のせいなのか時代のせいなのか、今私がクラブで踊り狂ってないのは歳のせいなのか時代のせいなのか。しかしどんなに3センチネイルで気張っていても、やはり羊羹を手に取ってしまう節目というのはあるらしく、それは甘い物の好み以外にも意外なところでちらほらと見え始めている。そして素敵に見える男性の種類の変化というのもその意外なところの一つに数えられる。
現在放送中の『下剋上球児』は、人に言えない秘密のある元高校球児の教師が、田舎の底辺校に赴任し、行きがかり上仕方なくほとんど部員のいなかった硬式野球部の面倒を見ることになる、という青春スポーツ物語に比較的重みのある人間劇が重なるドラマなのだが、私は全く軽薄かつ不純な動機で見逃し配信で追いついて毎週観ることとなった。というのも友人と羊羹の話をしたすぐ翌日に、編集者さんとの打ち合わせがあり、昔は病的な男や中性的で虚弱そうな男に色気を感じたものだが、最近は生物として優良な感じのする男に目が行く、たとえば鈴木亮平とか、という話になって、カレーの話題が出るとカレーが食べたくなるように、鈴木亮平の名前を口にしたらどうしても鈴木亮平を摂取したくなっちゃたのだ。
鈴木亮平の名前と顔を認識したのはいつだったか、いずれにせよ随分昔で、その後『花子とアン』なども観ていた。何一つ悪い印象はないが、かといって目を奪われるというわけではなかったし、どちらかというと出されたら年に数回食べる羊羹のように、出自や成分をあまり気にしたことがなかった。『花子とアン』の放送は2014年だから私はまだ30になったばかりで、しかもフリーランスになった年でもあるのでまだ存在としてギラギラしていたというか、刺激的で死にそうな男が好きだったと思う。当時一緒に住んでいたのは借金のマックス額が2000万円の元バンドマンで元ホストだった。
しかし最近、長い爪にしがみつきながらも肉体的にはやや衰え、健康のありがたみ、肉親の死の現実味、今まさに不安定で刺激的な青春真っ盛りの人たちへの妬みなどが蓄積して、どうしても視線は死にそうじゃない男の方へ向かう。念の為、前日会っていた羊羹の友人とのLINEに鈴木亮平かっこいいよね、と送ったら、「うん、最近なぜかすごいかっこいい」と本当に返ってきたし、2個下のネイリストにもその話題を振ったら、「半裸写真集あったら毎日見てから出勤すると思う」と気持ちの悪いことを言っていた。周辺の人々の中でも実に静かなブームがとっくに来ていて、理想の頂点あたりに君臨していたのだ。
それでドラマは鈴木亮平の教師姿と漁師姿と夫姿なんかも見ることができてそれだけで大満足なのだけど、目を奪われるだけにしっかり観ちゃうので、内容も結構私には切実に身につまされるものだった。主人公はジムのインストラクターなどを経験した後、30過ぎてから一念発起して教職課程を経て晴れて念願の教師となった志ある良い教師で、生徒がどんどん学校にこなくなったり辞めてしまったりするような学校で、生徒の置かれた家庭環境まで親身になって相談に乗っている。そんな学校に、学力不振で強豪校に行くことができなかったシニアリーグ評判の投手が入ってくることになり、ちょうど東京の高校から故郷の学校に赴任してきた同僚の女教師がやる気満々女子だったこともあり、それまで部員1名だった野球部活性化計画が動き出す。
元高校球児で生徒思いの良い教師なのだから、そんな時には率先して動きそうな主人公だが、何か腹にいちもつふたもつ抱えた様子で女教師の説得にも前顧問の説得にもなかなかうんと言わない。その矛盾が奏でる小さな不協和音が重なっていき、実は主人公の教師が、告白すれば今の立場をたちまち失うような過去の秘密を抱えていることがわかる。生真面目な彼だからこそ、このまま教師を続けて、まして生徒がようやく夢を抱き始めた野球に首など突っ込んではいけない、と悩み、しかし過去の自分の軽薄な選択を直ちに認めることもできない。
このあたりの機微は、みんなのトップスター鈴木亮平が善良さと人間的な愚かさを併せ持つ演技で巧みに魅せている。彼の後ろめたさは周囲に、なんで? 意外といい人じゃないの? やってくれれば良くない? 冷たくない? と本人の人間性のブレを感じさせる。
私は会社に入った時、当然学歴にも職歴にもポルノ業界云々というのは書いていない。言い訳としては別にAV女優をやったことがないとは言っていないのだけど、常識的に考えて会社の名刺を持って企業や官公庁を回る記者に似つかわしくない経歴と思われることはわかっていたし、結局6年目で退社するまで一度も心の底から安心した気分で眠るということはなかった。あのギャラってセックスの値段じゃなくて、この不安な夜に支払われていたんじゃなかろうかとよく思った。
SNSや動画配信ができる前にその業界にいた私は、VHSがレンタル屋から消えればもうバレることはないと思っていたが、会社に入ってからは目眩く時代の変化が不安で仕方なかった。より広いネット社会でそういうものを抱えている人は、私よりさらにヒヤヒヤした思いで過ごしているかもしれないと思うとちょっといたたまれない。
本人が詳らかにするかは別として、過去のトラウマというのは人間の個性や色気を引き出すと思う。『鬼滅の刃』だって、戦いでの活躍よりも、過去のトラウマが陰惨で悲劇的であるほど印象的なキャラクターとなっていた。だから私の好きな恋柱の甘露寺さんはちょっとキャラ的に弱い。だから性被害にせよ出自的なものにせよ、口に出さないことや傷のあることを後ろめたく思う必要は全くない。
しかし、過去の自分の過ちの後ろめたさは持つべくして持っているものであって、たとえそれが明るみに出なかったとしても、個性や色気ではなくブレや老化を引き出す。若い時の勢いなんて正論では到底止められないし、脛に傷のない人なんていないと思うけど、それでも若い時の軽薄さが自身の現在を侵襲してくる場合には、なるべく早くその出元に向き合った方が良い。じゃないと老化が加速して、若い女性編集者に打上げにアフタヌーンティー行きましょうと言われても、家で羊羹食べながら鈴木亮平見たい、という非常に老け込んだ40歳になりますよ。
夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。
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