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一〇三歳、ひとりで生きる作法

2021.03.24 更新 ツイート

叱られて、家族から身を隠す場所 篠田桃紅

百歳を超えてもなお第一線で制作に励んだ美術家の篠田桃紅さんが、一〇七歳で逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
自分の道を追い求め、最後まで現役を貫いた桃紅さん。その凛とした強い姿勢から紡がれる珠玉のエッセイ集・第2弾『一〇三歳、ひとりで生きる作法』より、感動のメッセージをお届けします。(連載『一〇三歳になってわかったこと』もあわせてお読みください)

*   *   *

室生犀星(むろう・さいせい)の詩の一節に、「けふも母ぢやに叱られて すもものしたに身をよせぬ」(今日も母に叱られて、すももの木の下に身を寄せた)というのがあるが、叱られたり、なにか悲しいことがあるときなど、家族から身を隠す場所が、庭とか、家のなかとか、どこかにあったものだ。

裏庭の木の陰や、屋内なら、納戸の前の裏廊下の突きあたり、というような人のあまり来ない、いわば無用の空間。

そこは、子どもでも大人でも、やり場のない思いのあるときなど、ふと気がつくといた、というような場所であった。そういう場所はふしぎとなつかしい。

 

少女の頃の家を思い出すと、茶の間、客間といった空間の思い出よりも、一人ぽつんといた階段横の板敷きとか、留守番をおおせつかって、寂しく、裏窓の下にうずくまっていた日のこと、そういう時間のほうが鮮やかに思い出される。

板敷きのうす暗さ、冷たい踏み心地、裏窓のガラス戸を開けると、窓下のどくだみの花が強く匂ったことなど、 私の感覚は昨日のことのように覚えている。

たまたま一人にされ、そういう空間で、少女は少女なりの、あるいは大人になりかけたときなりの、「人」とか「生」とかへの思いを育んだ、そういう時間だったのではないかと思う。

一人のときばかりでなく、姉や友だちとも、当人たちにとっては深刻な話をして、身の上にかかわる後々の話もした。

なぜ自分たちの部屋でなく、そこで話をしたのか。そういう場所だと話す気になるのか。人間と、空間の機能とのかかわり合いを考えさせられる。

きっと少女にとって、食卓とか勉強机とかのない、つまり日常から離れた場所は特別で、大人たちには聞かれたくない話、 なんとなく隠微なものを秘めた話は、家のなかでも一番陰気でうす暗い、人気(ひとけ)の少ない裏窓下、板敷きの湿った匂いがふさわしかったのだ。

そういう空間が今の住まいには少ない。

幼い者のためばかりでなく、老いた者にも、そういう場は要るのだ。居間とか寝室とか一応の機能を持つ部屋同様、そういう無用の場が要る。ともすれば、目的を持った部屋より、もっと大切なものかもしれない。ほんとうはムダではないのではないかと思う。

家庭を持たない私ですら、いつも無用の場を求めている。

人の目的意識や、建築家の空間処理の手から漏れたような場所、そういう場が家のなかに欲しい。だが意図してそういう空間をつくることは、たいそうむずかしいことらしい。

*室生犀星―(1889~1962年)詩人、小説家。

人は、やり場のないときに行く
無用な場を求めている。

関連書籍

篠田桃紅『一〇三歳、ひとりで生きる作法 老いたら老いたで、まんざらでもない』

百歳を超えた今でも筆をとり、制作に励む孤高の美術家、篠田桃紅。その墨を使った独特の作品は、世界中から注目されている。「人の成熟はだんだん衰えていくところにあるのかもしれない」「人生、やり尽くすことはできない。いつもなにかを残している」。老境に入ってもなお、若さに媚びず現役を貫く、その強い姿勢から紡がれる珠玉のエッセイ集。

篠田桃紅『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』

「いつ死んでもいい」なんて嘘。生きているかぎり、人間は未完成。大英博物館やメトロポリタン美術館に作品が収蔵され、一〇〇歳を超えた今なお第一線で活躍を続ける現代美術家・篠田桃紅。「百歳はこの世の治外法権」「どうしたら死は怖くなくなるのか」など、人生を独特の視点で解く。生きるのが楽になるヒントが詰まったエッセイ。

篠田桃紅『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』

若き日も暮れる日も、それなりにいい……。長く生きすぎたと自らを嘲笑する、希代の美術家、篠田桃紅。一〇五歳を超えてなお、筆と向き合い作品を発表する。「歳と折れ合って、面白がる精神を持つ」「多くを持たない幸せ」「頼る人にならない。頼られる人にもならない」。一人暮らしを愉しみ、生涯現役を貫く著者が残す、後世へのメッセージ。

篠田桃紅『人生は一本の線』

「私の言葉なんて無意味です。百万の言葉より、一本の線が私の伝えたかったことです」――104歳美術家、珠玉の作品集。墨を用いた抽象表現主義者として世界的に広く知られ、今も第一線で活躍する篠田桃紅氏。著書『一〇三歳になってわかったこと』もベストセラーになった現代美術家の、新作をふくむ貴重な作品と、珠玉のエッセイによる画文集。

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一〇三歳、ひとりで生きる作法

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篠田桃紅

美術家。1913(大正2)年生まれ。東京都在住。墨を用いた抽象表現主義者として世界的に広く知られており、100歳を超えてからも第一線で制作を続けた。その作品は大英博物館、メトロポリタン美術館をはじめ、世界中の美術館に収蔵されている。著書に『一〇三歳になってわかったこと』『一〇三歳、ひとりで生きる作法』『一〇五歳、死ねないのも困るのよ』『人生は一本の線』(すべて幻冬舎)などがある。2021年3月逝去。

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