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本屋の時間

2020.11.15 更新 ツイート

第98回

分けることば、癒やすことば 辻山良雄

アメリカの大統領選挙では、ジョー・バイデン候補の当選がほぼ確実になった。この選挙戦にはよほどみな注目していたのか、店にきた友人とこの話題をすることも多く、お客さん同士の会話でも何回か耳にした。

 

自国のことではないからだろうか、日本で行われる選挙のときよりも、政治の話が気軽に語られていたように思う。そういえば店にくるKさんは、若いころイタリアに赴任していたことがあり、本人がいうところの「老人会」の帰り、時たま誰かと連れ立って、カフェで政治談議をする。

店でおじいさん同士が連れ立って話をしている光景は珍しいので(おばあさん同士というのはたまに見かける)、Kさんが誰かを連れてきたときには、少しその場の風通しがよくなったように感じていた。しかしある日のこと、上機嫌だった奥の話し声が、少し怒気を孕んだものになってきたと思ったら、Kさんだけ先にカフェから出てきた。

帰ります、お金は彼が払う。

Kさんはそういって店から出ていき、上気した体からは、ワインの匂いがぷんとした。

その場に残された連れのおじいさんは、先ほどまで威勢よく、その大きな体をずっとふるわせながら話していたのだが、一人になると急にしょんぼりして見えた。彼はしばらくカウンターにいて、ワインをちびちび飲んだあと、店内の本棚を少しだけ見た。会計のとき、うるさくしてごめんと言いながら、「これも買う」とはずかしそうに文庫本を一冊持ってきた。その時わたしは、なぜか笑っていたように思う。

投票日の数日後、カマラ・ハリス氏が行ったスピーチには心を動かされた。ステージ上の彼女は知性的で、そのスピーチは強い意志と感情の込められた、傷ついた人を〈癒やすことば〉だったように思う。

最近のツイッターを見ていると、政治的なニュースが起きたときには、すぐに違う意見の人からの揶揄や暴言が入ったりもするが、わたしが見た限りにおいて、このハリス氏のスピーチに、真正面から異論を唱える意見はなかった。それは彼女の言葉に陰湿さがなく、彼女の人間性が持ちうる最良の美質が表れていたため、後ろ暗い感情が付け入る隙もなかったのだろう。

同じツイッターでの話だが、最近わたしが書いた本の紹介に、「この本、誠実な言葉には心が本当に慰められることを教えてもらえるんです」と重ねてくださったかたがいた。

それだ。

人は分断され、心ない言葉を投げつけ合うなかで、お互いを損ね合っている。そんなとき心に沁みるのは、人を人として扱ってくれる、真正面から放たれた言葉だろう。

 

世界はSNSの窓から見た世界よりも広い。店で扱う本は一見地味に見えたとしても、時間をかけ誠実に紡がれた〈ことば〉から選びたいと思っている。

 

今回のおすすめ本

『私とあなたのあいだ』温又柔 木村友祐 明石書店

お互いに向けられた言葉を受けとめ、返すなかで、思考は深まり熱量を帯びる。一本の糸のような緊張感と高なりがある往復書簡。


 

◯Titleからのお知らせ
6月1日(月)から、書店・カフェともに店頭での営業を行います。短縮営業です。詳細はこちらをご覧ください。

◯2020年11月14日(土)~ 2020年12月1日(火)Title2階ギャラリー

石黒亜矢子 九つの星 原画展

親子の愛情をテーマに、神話や伝承などの要素がいくつも重ねられた創作絵本『九つの星』(URESICA)。その原画全点と関連作品の展示です。

 

【MSLive! オンライン配信イベント】11月20日(金)

『ちゃぶ台6』刊行記念「非常時代を明るく生きる、ってどういうこと?」ミシマ社・三島邦弘&Title 辻山良雄対談イベント #MSLive!

「生活者のための総合雑誌」として、今号よりデザインを一新した『ちゃぶ台』。リニューアルに込めた思い、そして“非常時代を生きる”とは。編集長三島氏に、店主辻山が訊く。

 

◯webちくま書評
ふたりでなければ……『女ともだち――靜代に捧ぐ』(早川義夫著)

◯講談社文芸サイトTREE「出張書店」書評
「自分自身になること」をテーマにした3冊
<辻山セレクト>
『影との戦い ゲド戦記I』 アーシュラ・K. ル=グウィン/作  清水真砂子/訳(岩波書店)
『人間の土地』サン=テグジュペリ/作  堀口大學/訳(新潮社)
『親愛なるキティーたちへ』小林エリカ(リトルモア)


◯『本屋、はじめました』増補版がちくま文庫から発売、たちまち重版!!

文庫版のための一章「その後のTitle」(「五年目のTitle」「売上と利益のこと」「Titleがある街」「本屋ブーム(?)に思うこと」「ひとりのbooksellerとして」「後悔してますか?」などなど)を書きおろしました。解説は若松英輔さん。
 

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!! 単行本

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

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