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アルテイシアの熟女入門

2020.08.01 更新 ツイート

もしJJの私がメイクをテーマに作品を書くとしたら?アルテイシア

若いアイドルを個体識別できない、これもJJ(熟女)あるあるじゃないか。

無論、ファンの方は推しの骨の一部を見ただけで識別できるのだろう。一方の私はSexy Zoneのメンバーが、おそ松くんぐらい同じに見える。

顔の見分けはつかないものの「若い人たちが頑張っていて尊いなあ」「みんな元気で健康に暮らしてほしいなあ」と願う、44歳のJJである。

顔と言えば、「ワイはブスや」と若き日の私はコンプレックスを抱えていた。

20歳の時に漫画『ヘルタースケルター』を読んで、主人公りりこの「キレイになれば、強くなれる」という台詞に「キレイになりたい」と切望しつつ、「キレイにならなきゃ強くなれないのか」と絶望もした。

それが今から四半世紀前の話である。

 

中高は女子校だったため、「お前はブスや」とディスられることもなく、すっぴん&シノラーファッションで自由に生きていた。

その後、共学の大学に進んで、ルッキズムにぶん殴られた。男子から見た目でジャッジされることに傷つき、自尊心をゴリゴリに削られた。

当時の私はメイクやダイエットやおしゃれなど「キレイになるための努力」に励んだ。その結果、ブス差別されなくなって、人前でビクビクしなくなった。そういう意味では「自信がついた」と言えなくもない。

でも同時に過食嘔吐するようになり、すっぴんで人前に出るのが怖くなった。つまり私は、ルッキズムに支配されてしまったのだ。

見た目が変わると男に多少はモテるようになり、その瞬間は嬉しかったが、彼らは中身なんか見ちゃいない。「結局、モノ扱いされてるんだ」と絶望感や無力感が強くなった。

大学時代の私は「自分」を見失っていたと思う。若い頃にそういう経験をすることが全て無駄とは思わないし、キレイになることで自分を好きになれる女子もいるだろう。

でもやっぱり私は「キレイになれば強くなれる」とは言えない。「キレイになるために努力しろ」なんて絶対に言いたくない。

それはいじめの被害者に「いじめられないために努力しろ」と言うのと同じで、どう考えてもいじめる方が間違っている。変わるべきはいじめや差別をする側、それを容認・助長する社会なのだ。

『ミス・リプレゼンテーション 女性差別とメディアの責任』(Netflixのドキュメンタリー)では、メディアがいかにルッキズムを助長しているか、「女は美しくあるべき」という呪いがいかに女性たち、特に少女たちに悪影響を与えて無力化しているか、を描いている。

米国では17歳の少女の78%が「自分の体に不満がある」と答えて、65%が摂食障害を経験しているそうだ。

10代の少女が「私の妹は見た目が原因でいじめられて、自傷行為をしている」「それはメディアの責任だ、一体いつ誰が立ち上がるの?」と泣きながら訴える場面を見て、私も涙があふれた。

その妹は過去の私であり、日本に生きる多くの女性の姿でもある。

母親を殺した犯人はお前だ!」の回に書いたが、うちの母親は拒食症が原因で亡くなった。彼女を殺したのはルッキズムであり、「女は美しくあるべき」というジェンダーの呪いでもある。

そして、その呪いが母から娘に引き継がれていくケースも多い。

子どもの頃から母親に見た目をけなされて鬱病になってしまった女子や、母親に整形手術を強要された女子を知っている。

見た目でジャッジする社会が、そういう毒毒モンスターペアレンツを生み出しているのだ。

また、そこには「美しくなければ男に選ばれない」「男に選ばれなければ生きていけない」というジェンダー観も密接にからんでいる。

私自身、かつてはルッキズムに支配されていた。だからこそ、自分の中に潜むルッキズムに敏感でありたいと思う。

昨今は「男にモテるため」じゃなく「自信をつけるため、自分のためにメイクを楽しもう」系のコンテンツが増えている。

それに励まされる女子もいるし、もちろん否定はしない。むしろ肯定する部分が大きいし、私も過去にそんなコラムを書いたこともある。

けれども「エンパワメント! ポジティブ! キラキラ!」なメッセージの裏には「ありのままではダメ」という抑圧も潜んでいる。

私は女子がすっぴんでも自信をもてる社会、キレイにならなくても、ありのままで強くいられる社会になってほしい。

もし今の私がメイクをテーマに作品を書くとしたら、メイクで自信がついた女子だけじゃなく、メイクしない自由を選んだ女子や、すっぴんのまま強く生きる女子のことも書きたい。

多様な選択肢を提示して、どれを選ぶのも自由だよ、と肯定する作品を書きたい。

かつ、ルッキズムやジェンダー、摂食障害、醜形恐怖障害、整形依存……といった問題についても触れたい。そこに触れずただキラキラしたものとして描くのは、臭い物に蓋をする的な危うさを感じるから。

個人的にいうと、メイクを自信や肯定感につなげるのは、やや古臭く感じる。「そんな大そうなものじゃなく、単なる趣味の1つだよね」と言える社会の方がいいし、今はもうそんな時代になりつつあるんじゃないか。

なにより「女がメイクする自由」はもうあるわけで、「メイクしない自由」を多くの女性は求めているんじゃないか。

女がすっぴんだとだらしないだのマナー違反だの、成熟した大人じゃないだの、ジャッジしてくる人々がいる。女性従業員にメイクを義務づけている職場もある。

義務じゃなくても「女はメイクするべき」という圧は強い。アラサーの女友達がすっぴんで出社したら、男性上司に「なんで化粧しないんだ?」と苦言を呈されたそうだ。

「じゃあお前はなんで化粧しないんだ?」と質問を返したいし、「俺は貴様の血で化粧がしたい!!」と北斗の拳のユダ顔で血祭りにあげたい。

たとえば、メンズメイクは既存のジェンダー規範を壊すものだ。もともと男性にはメイクする自由がなかったから。男性サラリーマンがフルメイクで出社したら、異端者扱いされるだろう。

既存のジェンダー規範を壊すために、「だから私はメイクしない」と選択した女子、メイクしない自由を肯定する作品を書きたい。

と言うと「アルテイシアはメイクが嫌い」「メイク否定派」と誤読する人がいて仰天する。ちなみに「アンダルシアのコラムは~」とクソリプをもらったりするので、ろくに読んでないんだと思う。

アンダルシアに憧れながら続けると、私はメイクするのは好きだが、させられるのはイヤだし間違っていると思う。

「○○は好き、でも強制されるのはイヤ」という、子どもでもわかる話なのだ。

けれども「する」と「させられる」の区別がつかないトンチキが、「フェミニストのくせにセクシーな服を着るなんて」とエマ・ワトソンを批判したりする。おまえらワトソン様によくそんなこと言えるな。

#KuTooの石川優実さんが「ヒールの強制に反対しているのであって、ヒールを履く女性を否定しているわけじゃない」と2兆回言っても、わからない人々がいる。彼らはそもそも理解する気などなく、ただ声を上げる女性を叩きたいだけなのだ。

私もアンチフェミからクソリプを送られるが、もし顔出ししていたら今の千倍は誹謗中傷されただろう。

ブスだのデブだの劣化だの、女の見た目をディスりたくてしかたない。そんなルッキズム信奉者には「おまえら電通の思うつぼやぞ」と言いたい。

ルッキズムとコマーシャリズムは密接にからんでいる。企業やメディアは商品を売るために「もっと痩せなきゃ」「キレイにならなきゃ」「ありのままじゃダメ」と脅迫する広告を量産している。

私も「女は男に値付けされる商品じゃない」とコラムに書いたのに、その記事には「彼氏に飽きられたくない貴女へ! AカップがFカップに!」みたいな広告が載っていて、アルミン顔になったりした。

そのサイトには性暴力を連想させるエロ漫画の広告も載っていて、我慢できなくなったために連載をやめた。

そんな寸法でやっとりますので、自慢じゃないが儲からない。広告や企業コラボの仕事とか全然こない。「メイクしない自由」について書いても当然金にならない。

でも尿漏れした話はよく書いてるので、尿漏れパッドの仕事はくるかもしれない。

私もかつてはルッキズム&コマーシャリズムに加担していた。

20代は広告会社でポンコツ社員をやってたし、30歳で物書きになった当初は某サイトでコスメを紹介する連載をしていた。

コラムの中身はコンプレックスを笑い飛ばす系だったが、とはいえ商品を否定することは書けない。

「美白という言葉自体が差別的だ」みたいな本音を書けずにモヤモヤしていたある日、乳輪倍事件が起こった。

乳首がピンク色になるというクリームが編集部から送られてきて、「乳首が黒いと彼氏に引かれちゃう」的なキャッチコピーにアルミン顔になりつつ、「乳首の色にこだわる男など殺せ」と本音は書けないし……と葛藤しながら、そのクリームを試しに右の乳輪に塗ってみた。

すると真っ赤に腫れあがって、面積が倍になったのだ。「一生アシンメトリーな乳輪で生きていくのか……」と絶望しながら、バチがあたったような気がした私。

乳輪倍事件のことを編集部に伝えたところ、その商品の掲載は却下された。担当者から「乳輪、大丈夫ですか?」とメールが届いて、乳輪を心配されるという珍しい体験をした。

ルッキズムと完全に無縁でいられる人はいないと思う。

特にルッキズム大国のヘルジャパンで生まれ育つと、無意識に刷り込まれてしまう。

母親を殺した犯人はお前だ!」の回に書いたが、スウェーデンでは「人の価値は見た目じゃない」「人を見た目でジャッジしない」が、子どもでも知っているモラルの基本だという。

「人の容姿について何か思ったとしても、口に出すのはマナー違反、というのが常識」と聞いて、羨ましすぎて嘔吐した。嘔吐しつつ「オラこんな国イヤだ」と批判すると「だったら日本から出ていけブス」とクソリプが飛んでくる。

昔の私がスウェーデンに行ったら、げっさ非常識な人間だっただろう。20代の私はメイクに興味がない友人に「せっかく素材がいいのに、もったいない!」などと抜かしていた。

「素材という言葉がモノ扱いしてるんだよ!」と過去の拙者をグレッチで斬首に処したい。
ベンジー風呂に首までつかって反省しつつ、ルッキズムに自覚的であろうと決心する我である。

44歳の私はすっぴんでも堂々と人前に出られるようになった。そして時には自宅でチャイボーグメイクを試したり、シノラー少女ならぬシノラー熟女のような服装で出かけたり、自己満足のためにメイクやおしゃれをしている。

「強くなるためとかじゃなく、これは単なる趣味でござる」と言えるようになった私は、昔より強くなったと思う。「加齢万歳!! ブオオーッ」とイマジナリー法螺貝を吹き鳴らしたい。

周りのJJたちも、他者評価や男目線は眼中にない様子。VIO脱毛にも「彼氏に引かれちゃうかも」じゃなく「尿漏れパッドつけたら蒸れちゃうかも」「介護オムツになった時に清潔だよね☆」みたいな理由で通っている。

私も数年前に通っていたが、やる気も根気も五木のセレットもないJJなので、途中でやめてしまった。するとアスファルトに咲く花のように、陰毛が復活してきた。

「僕の恥丘を守ってと頼んだ覚えはないぞ」と言いつつ、それらを指で引きちぎる日々である。

私のコラムは若い人にはわからないネタだらけなので、興味のある方はググるか、周りの中年に翻訳を頼んでほしい。

そんなJJコラムを書くのが自分はすごく楽しいので、儲からないけど書き続けたいなと思う。

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生涯のパートナーを求めて七転八倒しオタク格闘家と友情結婚。これで落ち着くかと思いきや、母の変死、父の自殺、弟の失踪、借金騒動、子宮摘出と波乱だらけ。でも「オナラのできない家は滅びる!」と叫ぶ変人だけどタフで優しい夫のおかげで毒親の呪いから脱出。楽しく生きられるようになった著者による不謹慎だけど大爆笑の人生賛歌エッセイ。

アルテイシア『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった アルテイシアの熟女入門』

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アルテイシアの熟女入門

人生いろいろ、四十路もいろいろ。大人気恋愛コラムニスト・アルテイシアが自身の熟女ライフをぶっちゃけトークいたします!

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アルテイシア

神戸生まれ。現在の夫であるオタク格闘家との出会いから結婚までを綴った『59番目のプロポーズ』で作家デビュー。 同作は話題となり英国『TIME』など海外メディアでも特集され、TVドラマ化・漫画化もされた。 著書に『続59番目のプロポーズ』『恋愛格闘家』『もろだしガールズトーク』『草食系男子に恋すれば』『モタク』『オクテ男子のための恋愛ゼミナール』『オクテ男子愛され講座』『恋愛とセックスで幸せになる 官能女子養成講座』『オクテ女子のための恋愛基礎講座』『アルテイシアの夜の女子会』など。最新作は『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった』がある。 ペンネームはガンダムの登場人物「セイラ・マス」の本名に由来。好きな言葉は「人としての仁義」。

twitter : @artesia59

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