
17年前、交際当時の夫に「私のどこが好きなのか?」と聞いたら「世間に向かって唾を吐いてるところ」という回答だった。
フェミニストはこういう人と付き合うと長続きするんじゃないか。
『僕の狂ったフェミ彼女』(ミン・ジヒョン著)を読んでそう思った。
2019年に韓国で発刊されて話題をさらった本作は、日本でもむっさ売れている(うらやましい)
学生時代に大好きだった元カノと再会したら、フェミニストになっていた?!
というこの小説はげっさ面白いので、ぜひ読んでみてほしい。
私の周りの女性陣は「自分の恋愛を見ているようでつらかった」「スンジュンがリアルすぎてイライラした」「め~~っちゃわかる!!」と膝パーカッションを打ち鳴らして、クイーンのライブ会場みたいになっていた。
本作を読むコツは、主人公のスンジュンを脳内で推しに変換することだ。
すると彼の言動や思考にイライラしても、どうにか許せる。
普通に読むと「このボンクラのどこがいいわけ?」と思ってしまうが、推しに変換すると「好きなのにつらい……」と切なさも味わえる。
私は最愛の推しに変換して読んだが、それでも何度かガチギレそうになった。
スンジュンはごく平均的な一般男性で、けっして悪い奴じゃない。頭も悪くないし可愛げもあるし、見た目やスペックで言うと平均以上だ。
ごく普通の男性の感覚がバグっている、それが日韓の共通点なのだろう。
ジェンダーギャップ指数でいうと韓国は102位、日本は120位。両国ともに家父長制的な価値観が根強く、雇用や賃金の男女格差が大きい。
たとえば、スンジュンは「友達の結婚式に行けば、非婚主義とか言ってる彼女も結婚したくなるだろ」「かわいい子どもを見れば、彼女も子ども欲しくなるだろ」と考えている。
あまりの考えの浅さに「脳みそ8ビットか?」とめまいがする。
女性は出産を考える時に「子ども産んでも今の仕事続けられるかな、キャリアはどうなるだろう、保育園には入れるかな、彼は育休取れるのかな、ワンオペ育児になる可能性大かも、妊娠出産するのも怖いし、マタハラやマミートラックも不安だし、日本は教育費も高いし給料も上がらないし、やっぱこの国で子ども産むのはムリゲーかも……」と思考をめぐらす。
一方の彼氏は「息子とキャッチボールとかしたいな~」とボンクラ発言をして「こいつ何も考えてないな」「やっぱこいつと子育てするのは無理」と彼女は絶望する。
そんな彼女に対して「大丈夫だよ、俺も子育て手伝うから!」と笑顔の彼ピッピ。
みたいなことが超あるあるで、男女で解像度が違いすぎるのだ。
性差別される側とされない側とでは、見えている世界が違う。
「考えずにすむこと」が特権なので、マジョリティは思考停止して生きられる。だから昭和のファミコンみたいな思考になるのだ。
“フェミ彼女”はスンジュンと話しながら、しょっちゅうため息をつく。それは過去の自分を見ているようだった。
“普通”に結婚して子どもがほしいと願って、彼女の服装やメイクを気にしたり、つまらない嫉妬をしたり、スンジュンは元彼たちに似ていた。
私がセクハラされた話をすると「アルちゃんは可愛いから」と返すところも同じだった。
彼らは普通にいい人で優しくて可愛げもあって、ついでに条件もよかった。だけどその“普通”がしんどかった。
小説を読みながら、元彼たちとの会話を思い出した。
「うちのオカンは姑を介護して看取って偉いと思うよ、尊敬する」
「お父さんは介護しなかったの?」
「えっ、だって親父は働いてたし」
「ハァ……(どこからどう説明すればいいのやら)」
当時は「素敵なお母さんね」と笑顔で返せない自分がダメなのか……と思っていた。過去の私、かわいそう。
今の私なら、家父長制と無償労働についてこつこつ説明するだろうか?
「家父長制のもと、女性は家政婦・保育士・看護師・介護士・娼婦の五役を押し付けられてきたんだよ。
そんなの外注したら月に何十万も払わなきゃいけないよね? それを全部タダ働きさせられてたわけ。
そうやって経済力を奪われて、家という檻から出たくても出られなかった。女性は自己決定権を奪われて、自分で立てないように足を奪われてきたんだよ」
そう説明したら「いやでもさ、うちの親父はいい奴だし、それに男だって大変なんだよ」と返されて「クソリプすな!!」と投げ飛ばすんじゃないか。
こちらは差別の構造の話をしているのに、あちらは「俺の話を否定された」とムッとする。
スンジュンも彼女のことが大好きで離したくないのに、彼女の話を聞かない。「いやでもさ」とさえぎって、屁みたいなクソリプを返す。
性差別や性暴力について、彼女の方が何万倍も詳しいし考えているのに、マンスプしてくる。
自分の中にあるアンコンシャスバイアス(無意識の差別意識)に気づかない。むしろ自分は女性に優しいフェアな男だと信じている。
そんなスンジュンがあるあるすぎてイライラする女性の共感を呼んだから、本作はごっさ売れているのだろう(うらやましい)
フェミ彼女を読んだ20代の女の子たちが話していた。
「うちの彼氏もスンジュンですよ。私が性差別や性暴力にキレてると、そんなに怒らないでって言うんです。もっと楽しい話をしようって。女の怒りを抑圧するな!! と余計キレたくなります」
「結局、彼も怒ってる女を見たくないんですよ。この人も“女はいつも笑顔で機嫌よく”を求めているのか……とガッカリします」
「彼も普通に優しくていい人なんですよ。でも話が通じなすぎてイライラして、たまに本気で別れようかと思います」
拙著『フェミニズムに出会って長生きしたくなった』に収録した対談で、田嶋陽子さんが話していた。
「男性のいい人は、うっかりそのまま生きてると女性差別主義者なのよ。だって男は一番で育てられてきて、女は二番手だと決めた文化の優等生なんだから。
普通にいいおじさんの多くは女性差別主義者よ。本人たちはなかなか自覚してないと思うけど。
結局は、差別は構造だから。構造だということは、社会の、文化の、隅々にまで行き渡っているということ。例外はないの」
スンジュンに「僕のこと恨んだ?」と聞かれた彼女はこう返す。
「イライラはしたよ。でも全部あんたのせいってわけじゃない。ただ何も考えずに、適応して育ってきただけでしょ。そういうふうに考えることでなんとか耐えてた」
自分は普通のいい人だ、女性に対して優しいし……と思っている男性は、自分の心に問いかけてほしい。
なぜ怒っている女性を見たくないのか? なぜ女性の話を黙って聞かないのか? なぜ彼女との話し合いから逃げるのか?
それは“いつも笑顔で機嫌よく、男を癒してケアしてくれる”理想の女性像を押しつけているんじゃないか?
男にとって都合のいい女を求めているんじゃないか?
この文章にドキッとした人は『僕の狂ったフェミ彼女』を読んでほしい。
そして、スンジュンに共感する自分は無自覚なセクシストなのでは? と問いかけてほしい。
ここで「よし、読んでみよう!」と思ったあなたは、たぶん大丈夫。ナチュラルに刷り込まれたミソジニーを学び落とせるだろう。
ここで「面倒くさいな、ていうか男がみんな悪いわけじゃないし、なんで男ばっかり責められるわけ?」と思ったあなたは『ノットオールメンはもう聞き飽きた』を読んで、出直してきてほしい。
フェミ彼女を読んだ女友達がこんな感想を送ってくれた。
「我が最愛の彼氏は3年前までジェンダーの話をすると「僕は理解してあげようとしてるのに、いつもいつも論破しないでほしい」とか言い返してきて、私はいつもキレ散らかして、何度もぶつかりました。
でもそこからフェミニズムやジェンダーの本を読んで、めっちゃ勉強してくれました。
先日『僕の狂ったフェミ彼女』を読んだ彼氏が「タイトルが間違ってる! これって『僕は狂ったセクシスト』やん」と言ってて、ほんまに人は変わるなと。
今では「これって女性差別やん!」と一緒に怒ってくれて「ジェンダー知らんと差別主義者になってたと思う、怖い」と話す彼氏に、愛しかないです」
尊い……世界はそれを愛と呼ぶんだぜ(合掌)
昭和のファミコンだった彼氏が最愛のフェミ彼氏に変わったのは、真摯に学ぶ姿勢があったからだ。
「ジェンダー知らなきゃヤバい時代がやってきた(5)」で次のように話した。
アル:まずは「自分が知らない、ということを知ること」が大切です。ソクラテスの「無知の知」ですね。自らの無知を自覚することが、真の認識に至る道であるという教えです。
モブさんみたいに「知らないから教えて」と言えるおじさんは希少種なんですよ。
また彼が話し合いから逃げなかったこと、彼女がぶつかり合いを避けなかったことも大きいだろう。
フェミ彼女とスンジュンもそれができていれば、結末は違ったんじゃないか。
フェミ彼女を読んだ後、うちの夫に「妻がフェミニストなのはどういう気持ちか?」と聞いたら「痴漢撲滅アクションなどの社会活動をしたり、社会や政治に対して怒っているのは素晴らしいと思う」という回答だった。
彼は怒る女にビビらない男だ。そんなアナル&ガッバーナな精神に惹かれて結婚した。
だいたいスンジュンはケツの穴が小さすぎる。怒る女にビビるのは、脅威に感じて怖いからだろう。
私が一番ムカついたのは、彼女が弱った時ほどスンジュンが嬉しそうなところだ。
「頼りになる彼氏だとアピールできる」と彼女のピンチをチャンスと喜ぶなんて、おまえの脳みそは肥溜めか? としばき回したくなった。
スンジュンは「守りたいんだよ」とか言ってるが、それは自分を脅かさない弱い女、自分で立てない無力な女でいてほしいからだろう。
私は「きみのことを守りたいんだ~フンガフンガ♪」みたいな曲を聞くと「何から? どうやって?」と思う。
べつに守ってもらわなくていいから、ちゃんと話を聞いてほしい。「女」じゃなく「一人の人間」として尊重してほしい。
スンジュンは「偏った思想に洗脳された彼女を救い出す!」とヒロイズムに酔っている。
「昔は普通の女の子だったよな」「昔の彼女に戻ってほしい」と願っている。
『私は、あなたの想い出の中にだけいる女。
私は、あなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影』
スンジュンにはメーテルのこの言葉を贈りたい。メーテルがわからない人は周りの年寄りに聞いてほしい。
スンジュンの言う“普通の女の子”は、男にとって都合のいい女、男社会に適応してわきまえた女だ。
檻の中に閉じ込められても文句を言わず、主人に尽くして、いつも機嫌よく笑っている女だ。
「わきまえてたまるかよ! 我慢は限界タイムズアップ!!」と檻をぶち壊して、フェミニストに変身した彼女は、痛みを感じることも多いだろう。
でも殴られても痛くないふりをして笑っているよりは、ずっとマシなはず。
自由を手に入れた喜びがあるはず。“自分”を生きている実感があるはず。
「将来、旦那も子どももいなかったら寂しいんじゃないの?」とスンジュンに聞かれて、彼女はこう返す。
「その代わり、私がいるはず。たぶんね」
自分が自分でいるために、“普通の女の子”は“狂ったフェミ彼女”になったのだ。
「だけど傷って、じっとしてれば勝手に治るもんじゃないんだよ」
「世の中が私をフェミニストにするんだよ」
この小説を読んで、彼女の言葉に耳を傾けてほしい。そして「男と女、狂っているのはどっち?」と考えてみてほしい。
* * *
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