昨今、ボディポジティブ(自分の身体を愛そう)というメッセージをよく耳にする。
「自分の身体を愛していますか?」と聞かれたら、読者の皆様はどう答えますか?
私は「うーん、べつに愛してはいないし、不満もいろいろあるけど、特に嫌ってもいない」と答える。
続けて「そんなことより腰が痛い」「坐骨神経痛を治したい」と、中高年が大好きな健康の話をするだろう。
40代は健康>>>>美容に優先順位が変わるお年頃。
振り返ると、思春期の私は自分の身体が大嫌いだった。鏡に映る自身に「ブス! デブ!」と呪詛を浴びせていた。
当時は鏡を見るのが苦痛だったけど、今はそもそもあんまり鏡を見ない。じっくり鏡を見るのは鼻毛をカットする時ぐらいか。
陰毛をセルフワックス脱毛している友人は「Oラインは風呂の床に置いた鏡の上にしゃがんで処理します」と話していた。
「全裸で土俵入りみたいなポーズで肛門を直視するんですよ」とのこと。
面白そうなので、私も試しにやってみようか。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」とニーチェ顔になるかもしれない。
陰毛はさておき、容姿コンプレックスに囚われていた頃はつらかった。今は自分の容姿にそこまで関心がないので楽である。
今の私には容姿以外にもっと興味関心のあることがいっぱいある。
ありのままの自分の身体を愛せたらいいけど、「容姿」に関して言うと、ちょっとハードルが高い気がする。
自分の容姿を愛していますか? と聞かれて「YES! ファビュラス」と即答できるのは、叶姉妹とバンコランぐらいじゃないか。
私は鏡の前で「美しさは罪……」と薔薇をくわえるよりも、友人たちとクックロビン音頭を踊りたい。
自分の容姿を愛そうと思って愛せるものでもないし、「容姿を愛さなきゃダメ!!」と思うと逆にプレッシャーになるんじゃないか。
自分の容姿を愛せなくても、他の部分を愛せたらいいんじゃないの? と私は思う。
中高生にジェンダーの授業をする時、ルッキズム(容姿差別)について話すと「整形はダメだと思いますか?」と質問されることがある。
それに対して「私も昔は容姿コンプレックスの塊だったから、整形したい気持ちはよくわかる。私の場合は、見た目に関係なく自分を好きになってくれる人が増えたり、見た目以外で自信を持てるものが増えることで、コンプレックスが軽くなったよ」と答えている。
また「整形YouTuberとかは『整形して自分に自信を持てた』と言うけど、整形しないと自信を持てない社会に問題があると思う」という話もする。
人の見た目にあれこれ言わない、人を見た目で評価・品評しない社会であれば、私は容姿にそこまで悩まなかっただろう。
私は女子校から共学の大学に進んだ時、ルッキズムに殴られた。男子からブスだのデブだの言われて、自尊心を粉々に砕かれた。
今の私は「人の見た目にあれこれを言う方に問題がある」とわかるけど、当時の私は「自分がブスでデブだからダメなんだ」と自分を責めた。
「殴られないためには、痩せてキレイにならなきゃ、そしたら自分に自信も持てるはず」とダイエットにはまって、過食嘔吐するようになった。
私が摂食障害をこじらせずにすんだのは、ストイックになれない、努力や我慢が苦手な性格だからだろう。
ゆえに今もぽっちゃり中年として「3キロ痩せたいな~」とか言いながら、美味しいもの大好きな食いしん坊万歳である。
摂食障害になるのは真面目な努力家が多く、また女性は男性の10倍もなりやすいそうだ。それだけ「痩せている=美」「女の価値は美しさ」という呪いが強力だからだろう。
『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』に詳しく書いたが、うちの母はたいそう美人な毒親で、容姿に対するこだわりが強く、いつもストイックにダイエットしていた。
母は59歳の時に拒食症で入院して、退院した数か月後に自宅で遺体となって発見された。
その数年後に父も遺体で発見されたので、親が遺体で発見されがちな人生である。自分はなるべく発見されない形で死にたい。
ともあれ、入院した当時の母は体重30キロ台まで痩せており、数年ぶりに対面した私は「バタリアンのオバンバみたいになっとる……!!」と息を飲んだ。
高齢ゾンビみたいな母は、主治医に「男の人を紹介して、お医者さんと結婚したいの」とせがんでいた。
母の遺体が発見された部屋は壁一面に20代のギャルが着るような服がかかっていて、ホラー映画のようだった。
若く美しい女が男に選ばれてハッピーエンド、という呪いにかかったまま死んでしまった彼女。
もし彼女がスウェーデンに生まれていれば、死なずにすんだのだろうか?
モブおじさんとの対話(2)でも書いたが、スウェーデンでは「人の見た目について何か思ったとしても、口に出すのはマナー違反」が子どもでも知っている常識だそうだ。
スウェーデンの高校で教えている友人は「日本からの留学生が『〇〇ちゃん美人! スタイルいい!』とか言うのを聞いて、うちの生徒たちはドン引きしてるよ」と話していた。
人を見た目で評価しない。人の見た目に言及しない。たとえ誉め言葉でも口には出さない。
それが常識になっているのは、社会全体として「ルッキズムをなくそう」という姿勢があるからだろう。
「職場で『誰々さん美人だね』とか言う人も見かけないし、『おっぱい大きいね』とか言おうものなら新聞沙汰になるんじゃないかな」と彼女は話していた。
かたやヘルジャパンでは、女性たちから「おまえみたいな貧乳に勃起する男はおらんやろ、と上司に言われた」「女子社員の顔面偏差値ランキングでいうとお前は最下位グループだから、と上司に言われた」といった体験談が寄せられる。
そういうおじさんたちを根絶やしにするアイデアを募集中。
私は中高生に授業する時に「人の見た目について何か思うことがダメなんじゃなく、口に出すことがダメなんだよ」「誉め言葉でも相手がどう感じるかはわからないからね」と説明している。
すると生徒さんから「友達に『かわいくていいな~』とよく言ってたら『人から見た目のことばかり言われて、中身を見てもらえないのが嫌なんだよね……』と本音を話してくれた」といった感想をもらう。
親から容姿をからかわれたり、同級生から容姿イジリをされたりして、傷ついている子もいっぱいいる。
先生たちからは「絶食ダイエットをして倒れる子や、摂食障害で入院してしまった子もいる」と聞く。
友人のシオリーヌちゃん(助産師で看護師の性教育YouTuber)が「精神科の児童思春期病棟で働いていた時、摂食障害で入院している女の子は本当に多かった」と話していた。
命が危ない状況なのに点滴を拒否する子や、点滴を引き抜いてしまう子もいて、ベッドに拘束されるケースもあったという。
そんな女の子の1人に「この点滴、何カロリーですか?」と聞かれた時「この子たちはルッキズムに殺される」と思ったという。
彼女自身も摂食障害に苦しんだ過去を『食べるの怖いな』(作:シオリーヌ、漫画:菊池真理子)で描いている。
本書には摂食障害の大切な知識が詰まっているので、全人類に読んでほしい。
シオリーヌちゃんは『「痩せたね」「かわいくなったね」という誉め言葉もプレッシャーになった』『痩せたことで周りにちやほやされた体験から、食べないこと(拒食)をストイックに追及するようになってしまった』と振り返る。
ちなみに中高年になると痩せようが太ろうがちやほやされないし、あんまり痩せると命の心配をされてしまう。そういう意味でプレッシャーから解放されるのも、加齢の恩寵かもしれない。
巻末の対談では、精神科医の宮田雄吾さんが『小中学生の体重減少や横ばいは危険なサイン(略)体重が増えなきゃいけない時期に増えないなら注意が必要』『調査によると、中高生の時に食事をしないダイエットをした女性の方が10年後には太っている』など解説している。
印象的だったのは「(思春期に入ると)“ちょっと残念な自分”を受け入れる作業が必要になります。絶望するんじゃなくて健全に諦めるというのかな」「リアルな自分を受け入れられないと、理想の姿を求めて体型や体重に固執し、摂食障害を発症する場合があります」という言葉だ。
わかる(わかる)
ティーンに人気のアイドルやモデルはスーパースリムな体型ばかりで、そういうステレオタイプな理想像に憧れると「それに比べて自分はなんて醜いんだろう」と思わされてしまう。
だからこそ、多様な美のロールモデルが必要なのだ。
「最近は多様性がどうのって窮屈な世の中になった」とぼやく御仁は、猫のことを考えてみよう。
太った猫も痩せた猫も、毛の長い猫も短い猫も、黒猫も白猫も三毛猫もペルシャもスフィンクスも、みんな違ってみんな尊い、もともと特別なオンリーワン。
これに異論を唱える人はいないだろう(断言)。「痩せた白猫以外はダメ」みたいな世の中こそ窮屈じゃないか。
ヘルジャパンには「痩せなきゃダメ」「脱毛しなきゃダメ」「若く見えなきゃダメ」といった呪いの言葉やコンプレックス広告が溢れている。
美容系YouTuberは「美は努力で作れる」「ブスは努力しないからダメ」と幾重にもプレッシャーをかけてくる。
同世代の女友達はYouTubeにダイエット広告が入るのがウザくて、性別を「男性」に変えてみたら、入れ歯安定剤の広告が入るようになったという。
たしかに入れ歯は安定した方が食事しやすいだろう。
そういう自分の快適さのためにダイエットや脱毛をするのは「セルフケア」だと思うが、他人のためにさせられるのは脅迫である。
介護脱毛も新手の脅迫商法ではあるまいか。
「介護士に迷惑かけないために陰毛を処理しなきゃ」とか言ってるジジイは見たことないし、女はババアになってまで、プライベートゾーンについてまで、“女性ならではの気づかいや配慮”を求められるのか。
冗談じゃねえわ。鬼太郎みたいに陰毛を針にして飛ばしてやろうか。
私の陰毛は私のもの、陰毛の自己決定権は我にあり!
人間はその指先1本、下の毛1本にいたるまで、すべて神の下に平等であり自由であるべきなのだ……! とオスカル様も言っている(言ってない)
ちなみに介護士の友人いわく「加齢とともに陰毛は減るから、おばあさんは大体ツルツルだよ」とのこと。
我々中高年の陰毛が狙われているのは、金になるからだ。脱毛ビジネスにのせられてケツの毛まで抜かれないようにしよう(うまいこと言った)
陰毛はさておき、48歳の私は自分の身体を愛しているとまでは言えないが、「約半世紀ももってくれてありがとな」という気分である。
振り返ると、無茶なダイエットや過食嘔吐や危険なセックスや泥酔嘔吐など、若い頃は身体をさんざん痛めつけてきた。にもかかわらず、健気にがんばってくれたマイボディに感謝である。
人生百年時代、ヘタしたら1世紀連れ添うバディになるかもしれないのだから、身体を大切にしたい。そして腕白でもいい、健康に長生きしたい。
この気持ちがセルフラブ、セルフケアなのかしら……と、わかりはじめたマイレボリューション(初老革命)
人生後半戦も、読者の皆様とともに年をとっていけると嬉しい。
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アルテイシアさんの最新刊『ヘルジャパンを女が自由に楽しく生き延びる方法』が発売中です。巻末にはせやろがいおじさんとの対談も収録の爆笑フェミエッセイ本。ぜひお楽しみください。
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大人気コラムニスト・アルテイシアがジェンダー、政治、毒親、日々のモヤモヤ…などをぶっちゃけトーク!笑って学べて元気になれる連載です。
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