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本屋の時間

2020.07.01 公開 ツイート

第89回

伝えきれなかったこと 辻山良雄

開店から四年半が経ち、店には大学生や勤めてまもない若い人の姿が増えた。しかし要領よく、うまくやっていそうな人がくることはまれで、たとえ彼らが店にやってきたとしても、それが二度続くことはない。

 

むしろわたしが気になるのは、いつのまにかそこにいて、棚に並ぶ書名をじっと眺めている、ひとりできた若い人の姿だ。そして、そうした人には未来がある。たとえそれがうまくいくとは限らず、その先何が待ち構えていようとも、彼らはこれからも借りものではない、自分の人生を生きていくように見えるからだ。

しかし実際に彼らと話してみると、その胸のうちは不安でいっぱいのようである。こんな無為に毎日を過ごしてよいのでしょうか。同じゼミでももっと本に詳しい人がいるし……。

いや、まったくその通りなんだよ。よのなかにはすごい人(またはすごそうに見える人)がたくさんいるし、それに比べるとわたしの知っていることややっていることなんて中途半端なものでしかない。難しい本はわからないし、あのときこうすればよかったと、20年経ったいまでもうじうじ考えることもたまにある。

いや、そういう話ではなかったな……。

 

わたしの場合、若いころの無駄に思えた時間が、いまになってから活きた。いまこの店があるのは、毎日やることもなく新刊書店や古本屋をぶらつき、一回の入場料で三本の映画を見ることができた名画座で、ひたすら時間をつぶしてきたからだ。

人間、時間をかけたことしか身につかない。もちろんそれが人生の役に立つかどうかは、生きてみないとわからない。わたしはたまたま運がよかっただけだが、そうした場合だってあることはおぼえていてほしい。

 

わたしがあなたに言いたかったのは、声が大きな人をそんなに気にする必要はないということだ。わからないことばを使うことはないし、自分に向かない場所に無理に行く必要はない。ちょっとくらいぼんやりしたほうが、しぶとい感じで長持ちする。

レジでは伝えられなかったことが多かったから、いまこうして書きました。

 

今回のおすすめ本

『おやときどきこども』鳥羽和久 ナナロク社

誰にでも有効な処方箋といったものは存在しない。福岡市の学習塾「唐人町寺子屋」を主宰する鳥羽さんは、それぞれの家族の隣に腰をおろし、ともにその問題を考える。自分の足で立ち、自分のことばを話すことを教えてくれる「ぼくの好きな先生」。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。
 

○2023年11月17日(金)- 2023年12月4日(月)Title2階ギャラリー

鏡花生誕150年「絵本 龍潭譚」刊行記念原画展

鏡花生誕150年を記念して、この夏国書刊行会より出版された『絵本龍潭譚(りゅうたんだん)』の元となった伝説の「繪草子龍潭譚」の原画と初版本、下絵など貴重な資料を展示します。また中川学の手がけた鏡花絵本と、デジタルプリントの版画やイラストカアドなど、関連グッズも展示販売いたします。


黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編

【書評】
書店「Title」店主が語る「読めば、力が湧いてくる」牧野富太郎のエッセイ集
『牧野富太郎と、山』(ヤマケイ文庫)/評:辻山良雄

YAMAKEI ONLINE
 

◯【対談】
辻山良雄 × 大平一枝  「それがないと自分が育たない、と思う時間」
(大平一枝の『日々は言葉にできないことばかり』vol.6/北欧、暮らしの道具店)

 

【お知らせ】
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>好評連載中!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2023年11月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が好評連載中。(連載は不定期。大体毎月、たまにひと月あいだが空きます)。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューする旅の記録。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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