1. Home
  2. 読書
  3. マンガ停留所
  4. マニアックかつ精巧。でも、これは欲しい!...

マンガ停留所

2020.06.07 更新 ツイート

マニアックかつ精巧。でも、これは欲しい!『手塚治虫アーリーワークス』(888ブックス)中条省平

前回は手塚治虫の短編選集を取りあげましたが、今回も手塚治虫です。

 

2回続けてというのはちょっと気が引けるのですが、しかし、どうしてもご紹介したくなるマニアックなしろものなのです。

マニアックといえば、最近の手塚マンガの復刻は、すでにひと通り手塚作品を持っているファンを掴むために、どんどん精巧になっていく傾向があります。

つい最近も、手塚が遺した最後の大長編『アドルフに告ぐ オリジナル版』(国書刊行会)というのが出ました。

これは在来の単行本とは異なる、「週刊文春」に連載された原稿を大判の高精細印刷で復刻したもので、立派な函入りの豪華本ですが、税込みで2万2千円というお値段。これが着実に売れているというのです。

今回ご紹介するのは、『手塚治虫アーリーワークス』という2冊の単行本を函入りでまとめた作品集です。

マニアックといえばこれほどマニアックな作品集はなく、1巻目の「手塚治虫新聞漫画集成」には、手塚が17歳でプロデビューした新聞連載『マァチャンの日記帳』から始まって、10数年間に描いた新聞マンガがすべて(現在手に入るかぎり)網羅されています。

内容は、少年の主人公が家庭の内外で経験するささやかな冒険をユーモアたっぷりに描くものが主体ですが、驚くのは、その絵の画面の驚くべき生々しさです。

いまの復刻の技術は、デジタルで傷やボケをきれいに補正する域をこえて、今から70年以上も前に出た新聞紙面のリアルな感触を画面に再現する水準にまで到達しているのです。その技術的達成の職人的名人芸に惚れぼれしてしまいます。

『アドルフに告ぐ オリジナル版』と同じ2万2千円の値段は伊達ではありません。

2巻目の『ロマンス島』が本書の目玉です。

手塚治虫が日本中の少年マンガファンを驚倒させ、戦後日本のストーリーマンガの出発点をうち立てたのは『新宝島』ですが、この『ロマンス島』は、『新宝島』より前に描かれ、本来ならば、こちらが手塚の単行本デビュー作になるはずだったのです。

ところが、この『ロマンス島』は薄墨を塗った繊細な画面で描かれていたため、当時の印刷技術ではこれをきれいに印刷することができず、単行本化は見送られてしまいました。

その『ロマンス島』の初の商業出版が本書で実現されたのです。これは事件です。私も初めて読みました。

技術的な完成度からいうと『新宝島』に一歩譲りますが、思想的な意味では、人間の生命と虫の生命を等価と見なす手塚の生命主義的哲学が明確に打ちだされており、この作品ぬきで手塚の世界観を考えることはできないというほど重要な作品です。手塚治虫という人は出発点からこんなに深く生命の意味を考えていたのです。

関連キーワード

関連書籍

{ この記事をシェアする }

マンガ停留所

バックナンバー

中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP