1. Home
  2. 読書
  3. マンガ停留所
  4. 「ニャオコという仕事」(笑)の衝撃!作者...

マンガ停留所

2020.04.04 更新 ツイート

「ニャオコという仕事」(笑)の衝撃!作者は笑うが否定しない、畏敬すべき人間の奥深さ渋谷直角『(続)デザイナー渋井直人の休日』中条省平

渋谷直角が一躍注目されたのは、短編集『カフェでよくかかるJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』によってでした。

 

そのわざとらしく長いタイトルを見ただけで、強烈な皮肉感が伝わってきますよね。

ほかの短編の題名も、「空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋」とか、「ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園」とか、「口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画」といった調子で、サブカルチャーの周辺に生息する人々の勝手な自意識のドラマをきつく笑いとばしています。

新作『(続)デザイナー渋井直人の休日』でも、そんな渋谷直角ならではの世界は、あまり変わっていません。主人公はサブカルの真っただ中で生きる雑誌や本の編集デザイナーなのです。

しかし、『カフェでよくかかる~』に出てきた登場人物たちよりはずっと年上で(50代)、事務所を経営し、世間的にもそれなりに名前の知られたサブ文化人といえる存在です。

自意識のかたまりで、その思考と行動はしばしば空回りし、作者はそんな主人公を笑いますが、けっして否定しません。

いや、渋井直人という命名に自分の名前の半分をあたえているくらいですから、ある意味で自画像に近いのかもしれません。

渋井直人のまわりには、サブカル関係で自意識をこじらせた困った人々が次々に出てきますが、そうした人間と出来事が、渋井直人の既成観念に曇らされない目をとおして描かれるので、読んでいて、不愉快さがなく、人間というものの不思議さにたいして寛大な心持ちになれるのです。

それが、『カフェでよくかかる~』から『デザイナー渋井直人~』に至る時間が作者にもたらした<成熟>というものかもしれません。

例えば、渋井には得部(えるべ)という同年配の友人がいます。それなりに有名なカメラマンなのですが、デジカメ全盛のご時世に愛想をつかし、同時に自分の時代遅れも十分に自覚したうえで、廃業を決意します。そして、家財すべてを売っぱらってニャオコという飲み屋で知りあった20代のいかれた女と千葉の海辺で店でもやろうとします。

ニャオコがどういかれているかというと、自分をネコが魔法をかけられた姿だと信じていて、渋井に「仕事は何を?」と聞かれると、こう答えます。

「『ニャオコという仕事』かなって!」

愚かな老いらくの恋ですが、渋谷はもうひとりの友人の言葉に従って、得部はこの恋に救われているのだと考えます。そのとき、ふとひとりのホームレスの姿が目に入ります。

そこには、自分も得部のように仕事がなくなりいつあんな姿になるかもしれないという不安と、あのホームレスにもかつてひとときの美しい時間があって、それに救われているのかもしれないという人間の奥深さへの畏敬の念が表れているのです。ちょっとすごいマンガなのです。

関連キーワード

関連書籍

{ この記事をシェアする }

マンガ停留所

バックナンバー

中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP