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本屋の時間

2020.06.01 更新 ツイート

第87回

歩きながら考える 辻山良雄

18時を過ぎてもまだ外は明るい。店は夕方から混みはじめ本も順調に売れている。しかしその日はそれを素直によろこぶことはできなかった。

緊急事態宣言解除。

 

そのことば自体どこか芝居じみて聞こえるが、それを受けてすべてはまた動きだすのだろう。まずは経済が、多くの店が、学校が……。街には人の姿が戻り、たくさんのよろこびの声がニュースでは報じられるに違いない。もちろん早くこの状況が収まればいいと思っていたし、気軽に旅行にだって行きたい。苦境にある人や店にとって、日常の回復は一刻を争うことだ。

でももう少しそこに立ち止まっていてほしい。まだその問いについて考えている人がいるかもしれない。マスクの在庫や新規感染者の数、新しい生活様式などと目のまえのことを追いかけているうちに、この間実は考えなければならなかった問いに、するりと逃げ出されてしまった気にもなった。両手の手のひらに昨日までのことがもう何も残ってないとすれば、あれだけ大騒ぎしたこの春は一体なんだったというのか。

結局わたしたちは一つのことに対して深く感じるための機会を、また自らの手で逃してしまったのではないだろうか。
 

わたし自身はこの2ヶ月、ほぼ家にいることはできなかった。この期間もう少し本が読めるのではないかとひそかに思っていたのだがそうはならず、同じ町内のなかで毎日店と家とを往復した(それはいつもと同じだ)。

しかし予定していたイベントがなくなりギャラリー展示やカフェを休止してみると、本を人に渡すというこの仕事の本質がはっきりとして見えた。

人が生きるためにパンは必要だが、それだけでは人間の「生活」とはいえない。そこには心をなぐさめるものがなければならず、食卓の珈琲の匂いやふと目を留めた絵画や花など、なくてもよいがそれなしではいられないものが、人を人たらしめている。

この期間たくさんの求めがあった。メールに自分の欲しい本を送ってくれとリストにして書きつける人もいたし、値段だけ伝えてあとはおまかせという人もいた。50センチほど開けていたシャッターからもぐりこみ、店内に入ってきた人には驚いた(それは運送会社へのサインだったのだが)。求められた本はどれも不要不急といわれればそうかもしれないが、それでもやはりその人にとっては切実で、生きるために必要とされている手ごたえがあった。一人一人の求めに応じ、それを渡していくのが本屋の仕事なのだろうとあらためて思った。


社会はまた走り出そうとしている。そのことにわたしは違和感がある。いまはすこし仕事をスローにしても、もっと深く本のことを知りたいと考えている。何をのんきにやってるんだといわれようとも、自分の速さで歩きながら考える。そうした根っこがないと、それは〈わたし〉の仕事であるとはいえない。

 

今回のおすすめ本

『歩きながら考える Step9』歩きながら考える編集部

はじめてこのリトルプレスを見たとき、いい名前だなと思った。特集も寄稿もしっかり考えられており、なにより〈自分のために作られた〉という気配が濃厚だ。それは続けていくうちに忘れられがちなことだが、この小さな本はしっかりと初期の衝動を残している。


 

◯Titleからのお知らせ
12月1日(火)から営業時間が変更になります。詳細はこちらをご覧ください。
 

◯2021年4月9日(金)~ 2021年4月25日(日)Title2階ギャラリー

 田渕正敏「おいしいもので できている原画展」
『おいしいもので できている』(稲田俊輔 著)刊行記念

 人気南インド料理店「エリックサウス」の創業者、飲食店プロデューサー、料理人として活躍する稲田俊輔(イナダシュンスケ)さんの、偏愛食エッセイが刊行。本書の素敵な装画、扉絵、挿絵を手がけたイラストレーター田渕正敏さんの原画展。稲田さんのキラーフレーズやレシピとともに。

◯2021年4月27日(火)~ 2021年5月13日(木)Title2階ギャラリー

『さいごのゆうれい』西村ツチカの挿絵とその描き方

 斉藤倫さん三年ぶりの長篇書き下ろし『さいごのゆうれい』(福音館書店)の刊行を記念した、漫画家西村ツチカさんによる挿絵の原画展。絵とあわせてその作画の工程もごらんいただけます。

 

◯【書評】
『福島モノローグ』いとうせいこう(河出書房新社)
大震災10年 胸を打つ「生」の声 (評・辻山良雄)
北海道新聞 2021.3.21掲載

◯じんぶん堂 「好書好日」インタビュー
「本屋、はじめました」から5年 全国の本好きとつながる街の新刊書店ができるまで:Title

◯金子書房note 寄稿
あなたの友だち(辻山良雄:書店「Title」店主) #私が安心した言葉


 


◯『本屋、はじめました』増補版がちくま文庫から発売、たちまち重版!!

文庫版のための一章「その後のTitle」(「五年目のTitle」「売上と利益のこと」「Titleがある街」「本屋ブーム(?)に思うこと」「ひとりのbooksellerとして」「後悔してますか?」などなど)を書きおろしました。解説は若松英輔さん。
 

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!! 単行本

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

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