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2020.05.16 更新 ツイート

モデルKIKIの読書エッセイ 第2回

強い志を胸にした 、現代では成し得ない冒険譚 - 加賀乙彦『殉教者』KIKI

昨年(2015年)の秋、大分県の国東半島で開催された芸術祭に、「ツアー」の企画者として参加した。この芸術祭はアーティストが国東半島にインスピレーションを受けて作られた作品を屋外、屋内に展示しただけでなく、その土地をより深く知ってもらうための催しも多数企画されていた。いろいろな人が企画演出した遠足のようなツアーが行われ、わたしは学生時代に建築を勉強していたこともあり、多宗教が共存する半島の個性ある建築などを巡るツアーを計画した。

 

国東半島は海にまるく突き出した形をしており、中心にある両子山から伸びる尾根によって裾野は分断され、六つの郷にわかれている。山には神仏習合の名残を感じられる多数の寺社があり、森の奥の岩壁には磨崖仏が彫られ、峰々には修行のための道が作られている。これらの郷と信仰の結びつきを指して、「六郷満山」という言葉がこの土地にはあるほどだ。しかし、それだけではない。国東には、キリシタンたちの歴史も存在するのだった。

岐部という集落に、広々とした芝生の庭を持つ小さな教会がある。ペトロ岐部カスイというキリスト教司祭に由来して建てられたものだ。ペトロ岐部は、日本人で初めてエルサレムを巡礼し、ローマで司祭になった人物。国東で彼の存在を知り、すごい人がいたものだと驚いたけれど、ペトロ岐部を主人公にした『殉教者』を読み始めてすぐに、そのすごさを理解していなかったと気づいた。彼がアジア中東各地を経由してローマを目指し、そして日本に戻るという旅をしたのは、一六一五年春から一六三〇年七月中旬まで。十五年の歳月を必要としたのは、当時の移動の過酷さを物語っている。あるときは水夫となって海原を進み、またあるときは駱駝曳きとして砂漠を渡る。イエスの奇跡を実感するために苦難の道を自ら選んでいることもあるけれど、現代では成し得ない冒険譚であったことが、この小説を読むことで実感できた。

徳川幕府によって禁教令が敷かれている時代。だからこそ、路頭に迷うキリシタンたちに教えを説き導かなければならないと、ペトロ岐部は強い志を胸にした。「われが天に昇れば家族に再会してわが旅は終わる」。彼の旅の終着地点は、母国での殉教という死であった。

芸術祭以前にこの本に出合っていたらと、後悔甚だしい。岐部という集落にはキリシタンの遺物がたくさんある。ツアーで、もっとペトロ岐部のことを語りたかったと思う。

初出「小説幻冬」2016年12月号

加賀乙彦『殉教者』

カトリックの洗礼を受けた、精神科医でもある加賀乙彦の構想30年、ライフワーク最新長篇。海と砂漠を53000キロ旅した、伝説の巡礼者・ペトロ岐部カスイの生涯を描き、信仰の最奥に迫る。講談社/本体1850円+税

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KIKI モデル

東京都出身。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。山好きとして知られ、著書に美しい山を旅して』(平凡社)などがある。(photo: ohta yoko)

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