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礼はいらないよ

2020.03.28 更新 ツイート

コロナ後を国家の壁で閉じないための世界線ダースレイダー

(写真:連邦首相サイトより)

根拠、政策、補償がセットのメルケルスピーチと精神論の日本

次々と都市が封鎖され、国境に壁が出来る。世界中が慌てて殻に閉じこもる光景は、「火の鳥~未来編」で描かれる世界と似ている。ガシャン、ガシャンと扉が閉まる音が響く中をウィルスの感染はどんどん広がる。このまま世界は分断されていくのだろうか?

2019年の12月、世界はほぼ同時に新たな感染症の発生を知った。同じスタート地点だっただけに、それぞれの国の対応の内容やスピード感の違いは大変興味深い。日本では対策が後手後手にまわるなか、五輪開催も延期。首相が記者会見で質問に答えない姿勢には批判が集まった。

ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領や英国のジョンソン首相の演説がネットで多く拡散されている。それぞれ、かなり強いメッセージで厳しい内容を話している。

特にメルケル首相の演説への評価が高い。科学的根拠をベースにしたハードなシナリオを最初に提示し、それに向けて出来ることを具体的に話しながら、そのために尽力することになる人々、医療現場からスーパーのスタッフにまで謝意を述べていく。語りかける相手は「統計上の数字」ではなく、一人一人の生きた人間であり、そうした一人一人が連帯することの重要さを訴えている。

学校、施設やイベントの閉鎖、集会の禁止、移動の制限。こうした制約が民主主義社会において軽々に判断されてはならないと強調し、その制約によって生じる経済的なダメージ、特に雇用への対応も合わせて述べる。ちなみにこのスピーチとは別にグリュッターズ文化相も文化施設や芸術家への支援を表明している。

メルケルのスピーチは、根拠、政策、補償がセットだ。大事なのは、決して精神論を声高に訴えるのではなく、「日々変わる状況に合わせて、自分たちも学び続け、考え直しながら対応していく」と述べている点。これこそ科学的な態度であり、「一丸となって!」といった言い回しからは空振りする音が聞こえてくるようだ。

政治決断を透明にし、説明を続ける。このこれまでの態度が、国民の信頼を勝ち得て、今回のような事態における厳しい内容のスピーチも受け入れられている。扉を閉ざすことに信任を得た、とも言える。

ただ、本当に世界は閉じてしまって良いのだろうか?

 

ユヴァル・ノア・ハラリが『TIMES』誌にコロナの論考を発表した。そこでは封鎖して孤立化への道を進むのか? 医療をはじめとした情報や資源を共有して繋がるのか? ウィルスに勝つとはどういうことを意味するのか? 国際社会が直面している選択肢についての見解を示している。

ここでもキーワードは信頼だと思う。メルケルは政策への信頼を勝ち得た。そして、信頼を築くことは国民国家という枠組みとは異なる可能性を拓いてくれる。そもそもウィルスに国境は関係ないのだ。

ここで前回書いたフランクフルトの体験が想起される
 

グラフィティライターは閉ざすためでなく開くために壁を使う

フランクフルトでのワグナープロジェクトには、グラフィティーライターのsnipe1(スナイプワン)さんも参加していた。彼は毎日新しいピース(グラフィティー作品)を描き、次々と舞台に飾られていく。その様は圧巻なのだが、もう一つ僕が感心したことがある。
 

ある日の朝、劇場近くのカフェにsnipeさんと行ったら彼の友達が来た。オランダのグラフィティーライターのルークで、snipeさんに会いに深夜バスで訪ねてきたという。コーヒーを飲んだら、snipeさんが「用事あるんで!」と抜けてしまい、初対面の二人が残された。すると、ルークの希望で一緒に動物園に行くことになった。

動物を見ながら下らない話で盛り上がり、すっかり仲良くなって劇場に戻ると、大量のペンキを後ろに積んだバイクに乗った男が待っていた。彼はフランクフルトのライターのセバスチャンで、東京からライターが来ているというので会いに来たという。そこにsnipeさんが戻って来た。二人は初対面だったが、早速使ってるスプレー缶のメーカーの話をしている。ルークもそこに加わる。それでセバスチャンが「まずは描くか。場所、知ってるから」と案内してくれた。

コミュニティーセンターの裏庭のような所で壁に自由に絵を描けるようだった。「ほら、そこのが俺だよ」とセバスチャンが指さすと、隣のアパートの壁一面に大きなピースが描かれていた。よし、この辺で……と壁を決めると、3人それぞれに描き始める。
 

「スペインのあいつ知ってる?」「あ、噂ならな。イケてるんだろ?」「今度、そっち行くけどどこで描けるの?」「あそこの店でだったら色々買えるぜ」「サンパウロ行くんだったらあいつに連絡しなよ」 どんどん会話が弾んでいく。

それぞれの街には頼るべきライターがいて、描けるスポットがあり、スプレーを入手出来る店がある。彼らはお互いに初対面でも、グラフィティーアートという共通感覚を持っていて、そこに根差した情報を互いに交換していた。ご存じの方もいると思うが、グラフィティーライターの中には法の枠組みを全く気にしない人も多い。彼らは互いに助け合い、情報を分け合いながらそれぞれが勝手に表現している。もちろん、そうした繋がりからも外れる人もいるし、それも自由だ。

僕はどんどんと完成していく壁の絵を見ながら、彼らの住む、全く違う世界線に触れた感覚に興奮していた。彼らにとって街は全く違う姿をしていて、ボム(グラフィティーを描くこと)出来る場所がそこらで彼らを待っている。壁は行く手を防ぐものではなく、キャンバスだ。閉ざすものではなく、開くものだ。彼らは互いへの信頼、共通感覚への信頼により世界の観方を変えてきた。

コロナウィルスが世界を作り変えてしまうのでは? と指摘する声がある。ハラリの論考もそうだった。そんな新しい世界線をしぶとく生き抜く術は世界に散らばるグラフィティーライター達のような信頼をベースにしたネットワークの構築ではないだろうか?

snipeさんとモップを地面に置いた。

「よし、出来たかな。乾くまでちょっとかかる」

世界が閉じてしまったあとの壁に、グラフィティーがボムされる。また、再び世界を塗り替えることが出来るのだ。
 



 

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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