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感染爆発〈パンデミック〉の真実

2020.03.18 公開 ツイート

『隠されたパンデミック』より一部公開

国民の6割程度が感染を受けて免疫を持つに至るまで、2回、3回と流行は波のように繰り返される!? 岡田晴恵

いま、テレビで見ない日はない、ウイルス学の第一人者、岡田晴恵氏。
実は、岡田氏は、10年前に自身の小説の中で、「弱毒性インフルエンザ」の流行によって起こるパンデミックを描いている。
なんと、小説の中で繰り広げられる社会的混乱の数々は、新型コロナウイルスによって起きている、今のパンデミックの様相そのものだ。

日本は……世界は……、いったいこの先、どうなるのか?
岡田氏の小説には、人類が生き延びるヒントがあるかもしれない。

小説『隠されたパンデミック』より、今回公開するのは、主人公のウイルス学者が、何に危機を感じているのかを、訴えるシーンだ。これは、著者自身の叫びでもあるだろう。

*   *   *

――主人公は、新型インフルエンザ対策に奔走しているウイルス学者・永谷綾。致死率の高い「強毒型」インフルエンザがもし起こってしまったら、社会が崩壊する! 危惧した永谷は、厚労省の新型インフルエンザ対策の不備を追及し、本省を追われてしまった。そこへ、「弱毒型」のインフルエンザ(H1N1)が発生!――

正しい、“新型”インフルエンザの理解

感染症対策は、発生する前の事前準備が肝心だ。特に新型インフルエンザのような伝播拡大が急速に起こるような伝染病は、それに尽きる。だから綾は、執筆やマスコミでの発言などを介して、これまでも新型インフルエンザの事前対策の必要性を主張してきた。

でも、その時には「煽(あお)りだ、おおかみ少年だ」と揶揄(やゆ)される。しかし、新型インフルエンザがいざ出現してしまって、どうにもならなくなれば、今度は、科学的な理論は置き去りにして、キッチンタオルのマスクを行政が推薦する。本来、そうならないように、準備しておくことが大事なはずなのに。

いや、今さらそんなことに憂いていても埒(らち)はあかない。この豚由来の新型インフルエンザH1N1(弱毒性)が、今後、秋や冬に流行することがあるだろう。この状況を打開し、秋冬の大流行の際に、可能な限り、重症患者、死亡者を出さないようにするためにも、これからの梅雨や夏に流行が小休止するであろう時期に、どう、国民に準備してもらうかだ。そう、物だけじゃなく、心の準備も必須だ。

綾は、この機に、自宅療養の方法を伝えたり、重症化しやすいハイリスクと言われる人たちへの注意喚起をしようと思った。

さらに今後、市中にこのまま流行が急速に広がっていくようなことも起こると想定して、感染の機会を減らすためにも、日用品や食品の買い置きを呼びかけたかった。流行が始まってから、一斉に買い置きに走られれば、そこが一大ウイルス伝播の場所になりかねないし、品薄になったりすれば、パニックが起こることもある。それは神戸のマスク騒動の例だけで沢山だ。

想定される混乱を回避する策を、前倒しに少しずつ言い続けていくことが、国民の混乱を減らしていくことになると、綾は思った。

しかし、この大阪や兵庫の新型インフルエンザの混乱の中、突然強調されだしたのは、「今回の新型インフルエンザH1N1は、季節のインフルエンザと同じ程度」だから「季節のインフルエンザと同じ対応で」ということだった。

ここには大きな誤解がある。

今回の豚ウイルス由来のH1N1型新型インフルエンザウイルスは、ウイルス学的には季節のインフルエンザと同等である。これを専門的に言ったら、

「どこに感染するかを一義的に規定するHAタンパクの開裂部位のアミノ酸配列は、強毒型H5N1などとは異なって、典型的な弱毒型であって、全身感染を起こすことはない。さらに、H5N1やスペインインフルエンザウイルスに認められるような強い細胞障害やサイトカインストームなどを誘発する遺伝子の変化も一切認められない。ウイルス遺伝子構造に関する限りは、弱毒型である季節性インフルエンザと変わりはない」

ということだ。

しかし、この豚由来のウイルスに対しては、ほとんどの人間は免疫を持たない、“新型”インフルエンザである。この点は、毎年の流行によって、ほとんど全ての人が基礎免疫を獲得している季節性インフルエンザと大きく異なる点である。このことこそが、新型インフルエンザにおいて最も重要な点であるのに、これを議論から外すのは何故か。

免疫がない分だけ、感染を受けやすく、感染を受ければ季節性インフルエンザよりも重症化しやすい。そして、国民の6割程度が感染を受けて免疫を持つに至るまで、2回、3回と流行は波のように繰り返されるのだ。

季節性インフルエンザに対しては、国民のほとんどが、何回も感染した経験があり、さらに、ワクチン接種による免疫も持っている。それでも、日本だけでも毎年1000万人程度の人が感染発症し、1シーズンに6000~3万人もが亡くなっている事実を、国民は意識しているのだろうか。それでも、致死率は0・1%未満である。

新型インフルエンザである以上、ウイルスは季節性インフルエンザと同等であっても、感染患者数が数倍になり、そして、重症化の割合もある程度高くなる。入院を要する重症患者や死亡者の数は、季節性インフルエンザよりも多くなることは当然予想される。その社会的影響が「季節性インフルエンザと同等」であることは、全くありえない。

現段階で、WHOはH1N1型インフルエンザの致死率を0・4%と報告している。このままで推移し、今後国民の3分の1が罹ったと仮定すると、この冬の超過死亡は、16万人にもなるではないか!

しかし、「季節のインフルエンザと同じ」という厚労省の説明は、「自分たちに与える影響も、病気も生活も、毎年のインフルエンザと同様の影響」と国民の多くに印象づけた。学校の先生にも、自治体の責任者にも、企業の担当者にも。

これで、一気に社会の緊張感が緩んでしまった。そして、「柔軟に対応」という言葉のもとに、ここ数年間にわたって築き上げつつあったウイルス対策が一挙に崩れていった。

綾は、テレビやラジオに出演するごとに、

「今回のH1N1の状況に限っては、合理性をもって、対応計画の不必要な一部分を緩めるのであって、なし崩し的な緩めすぎはダメです」

と釘をさしたが、それは当たり前のごとく無視されていく。全体の対策の方向性が大きく変化してしまったのだ。

綾がこうした発言をするには明確な理由があった。

このころ、「寝ていれば治る」という表現が繰り返し言われ出し、「感染してもたいしたことにはならない、予防にもそう血まなこになることはない」といった風潮が溢れ始めたからだ。

ここにも、新型インフルエンザに対する根本的な誤解がある。

「今回の新型インフルエンザは、致死率は0・4%とも言われます。皆さんが怖いと感じるエボラ出血熱とか、一旦発症したら致死率の高い病気H5N1型鳥インフルエンザなどに比べたら、健康被害の程度は低く、怖くないと思われるかもしれません。ですが、たとえ病原性が低くても、H1N1の大流行では、国民の4人に1人から半分もの人が感染し、1週間程度、仕事や学校を休んで寝込むことも考えられます。これだけでも社会機能には大きな影響が出ます。さらに、たとえ致死率が低くても、感染者の数が多くなるので、犠牲者が何万、何十万にも及ぶことになるのです。このように、国民的な大きな問題となるのが新型インフルエンザなのです」

(写真:iStock.com/Ridofranz)

綾は、ことあるごとに訴えた。

「ちなみに、軽症だと考えても、神戸市のデータですと、9割の患者が38度以上の熱を出し、また1割は下痢もしています。そんな病気が、多くの人の間で同時期に流行することが考えられるのです。そうしたら、病院に一斉に患者さんが押し掛けることも考えられますよね。その結果、病院は混雑する、順番も来ない、薬も足りなくなるかもしれない。医師や看護師さんが感染したら、医療が立ちゆきません。さらに、病院には抵抗力の弱った様々な患者が入院していたり、受診しています。季節性インフルエンザでさえ、院内感染による入院患者の健康被害が大きな問題となっていますが、新型インフルエンザではその危険がさらに高くなるのです。

ですから、流行を大きくさせないことが大事なんです。そうやって、医療提供体制を守ることが必要です。だから、予防です。

それにもう一つ、心配があります。

季節性のインフルエンザでは、重症化したり死亡する危険が高いハイリスクの方がおられます。まず乳幼児と高齢者が相当します。さらに、糖尿病の患者さん、人工透析を受けている方、心臓や呼吸器に、ぜんそく等の慢性の病気を持つ患者さん、免疫機能が低下している患者さんなどが、これに含まれます。妊娠されている方もそうです。そういった方々がインフルエンザに罹ると、症状が重くなる可能性があり、死亡する危険も増えます。

ですから、こういう方々には、できる限りウイルスを感染させないようにすることが必要です。

例えばインフルエンザに罹った多くの人が病院に殺到したら、同じ待合室にいる持病を持つ患者さんに、ウイルスをうつしてしまう可能性が高くなります。自分は治っても、うつされた方が重症になる、命を落とすこともあるわけです。また、医療従事者が感染を受けて寝込んでしまったら、医療サービスの機能も低下します。インフルエンザ以外の通常の診療にも大きな影響が出ます。必要な手術も延期せざるを得なくなるかもしれない。緊急医療にも影響するでしょう。ですから、なるべく、流行の山を平坦化して、同時期に多くの患者が発生しないようにすることが重要となります。だから、今、まだ本格的な大流行が始まる前に、国民全員が当事者として、自分たちの新型インフルエンザ対策を、インフルエンザにかからないための予防を、またかかった際にどうすべきかを、しっかりと考えるべきなのです」

綾は、何度もそう説いた。

テレビでは、コメントできる時間は短くなる。ラジオは時間を長くもらえるので、ラジオに出ることで、その部分を埋めるかのように語った。

だが一方で、別の番組では、他のコメンテーターが「心配はありません。寝てれば治ります」と明言する。ブログでも同様な論調が増える。

寝てれば治るなんて、どうしてそんな無責任なことが言えるのか?

「99%は寝てれば治る」というコメントも出た。そんなことはわかっている、でも、残り1%が重症化したら、その半分が死んだら、莫大な犠牲者が発生するのだ。だから、その1%を救う努力をせねばならないのだ。弱者を切り捨てるつもりならば、新型インフルエンザ対策などは最初から無用である。

物は言いようとは、よくいったものだと綾は思う。その典型として、「99%治る」と「1%の重症化率、致死率」は、同じことを言っているのだが、印象がまったく違う。

さらに、メキシコ、カナダ、米国では、若い健康な人でも、時に重症のウイルス性肺炎による犠牲者が出始めていた。これは、通常の季節性インフルエンザでは見られないことである。

また、多くの途上国では、医療体制の対応能力を超えることが容易に予想される。WHOもこれらの点を重視した。今回のH1N1新型インフルエンザの健康被害程度を、アジアかぜの新型インフルエンザに匹敵する“中等度”とし、決して季節性インフルエンザに相当する“軽度”とはしなかった。

今後、日本でも感染者数が増加すれば、当然重症者も死者も出てくる。米国でも、患者数が10万人程度を超えると、犠牲者が各地で確認され始めた。

予防の心がけが薄れれば、感染症は広がりやすくなり、健康被害は増える。

そして、実際に感染は拡大していった。

関連書籍

岡田晴恵『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』

南の島で強毒性新型インフルエンザが発生した。感染した商社マン・木田は帰国4日後に死亡。感染症指定病院や保健所は急いでパンデミックに備えるが、瞬く間に野戦病院と化す。R病院副院長・沢田他、医師の間に広がる絶望と疲弊、遂には治療中に息絶える者も。科学的根拠を基にウイルス学の専門家が描いた完全シミュレーション型サイエンスノベル。

岡田晴恵『隠されたパンデミック』

ワクチンが足りない!情報が操作されている!ウイルス学者・永谷綾は、厚労省の新型インフルエンザ対策の不備を追及、本省を追われる。同時期に、“弱毒型”インフルエンザが発生、同省の対策の甘さが露呈した。もし今“強毒型”が流行したら、被害は何百倍にもなる。綾は、政界や経済界に直訴を始めた。厚労省の闇を暴く、問題の社会派小説。

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感染爆発〈パンデミック〉の真実

世界的な新型コロナウイルスの大流行で、我々はいまだかつてない経験をしている。

マスクやトイレットペーパーが売り場から消え、イベント自粛や小中高休校の要請が首相から出され、閉鎖した商業施設もあれば、従業員の出社を禁止する企業も出ている。

そこで毎日、メディアに引っ張りだこなのがウイルス学の岡田晴恵教授。

なんと岡田氏は、10年前に自身が書いた小説の中で、まさにこうなることを、予言していた!

そこで、この2つの小説、『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』を、緊急重版かつ緊急電子書籍化した。

バックナンバー

岡田晴恵 医学博士 感染免疫学・ワクチン学専門

白鴎大学教育学部教授。元国立感染症研究所研究員。医学博士。専門は感染免疫学、ワクチン学。「新型インフルエンザ完全予防ハンドブック」「H5N1」「隠されたパンデミック」(以上、幻冬舎)、「人類vs感染症」(岩波ジュニア新書)、「感染爆発にそなえる――新型インフルエンザと新型コロナ」(共著、岩波書店)、「強毒型インフルエンザ」(PHP新書)、「なぜ感染症が人類最大の敵なのか?」(ベスト新書)、「感染症とたたかった科学者たち」(岩崎書店)、「うつる病気のひみつがわかる絵本シリーズ」(ポプラ社)、「学校の感染症対策」(東山書房)など著書多数。

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