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感染爆発〈パンデミック〉の真実

2020.03.22 更新 ツイート

『H5N1 強毒性インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』より一部公開

満員電車で感染したら、感染経路を特定できるわけがない!岡田晴恵

新型コロナの流行以降、毎日メディアに登場しているウイルス学者・岡田晴恵教授は、10年前に、幻冬舎文庫より小説を出している。

ここでは、致死率の高い危険な「強毒型インフルエンザ」が流行して、日本がパニックに陥る『H5N1 強毒性インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』より一部公開する。

現在大流行中の新型コロナウイルスは、小説と違い、致死率が高いウイルスでないにもかかわらず、「感染爆発〈パンデミック〉」により、我々の経済も、生活も、破綻しかけている。致死率の高いウイルスが、もし、今回の新型コロナのように流行してしまったら、日本は、世界は、どうなる……!?

*   *   *

南の島「ゲマイン共和国」で強毒性新型インフルエンザが発生した。商社マンの木田純一は、そのゲマイン共和国から帰国後、自宅に戻り、会社に行くのだが、発症し、亡くなってしまう――。

【おもな登場人物】

大田信之 国立感染症研究所ウイルス部長、WHOインフルエンザ協力センター長

沢田弘 大阪府R市立S病院副院長、感染症内科の専門医

木田純一 大手総合商社勤務のサラリーマン、首都圏地域で初めて発症

*   *   *

11月16日 首都圏・地下鉄、JR、私鉄各線

東京の都心には、都営地下鉄、東京メトロなどの地下鉄が張りめぐらされている。平時の地下鉄は、地上の車の渋滞に比べ、短時間で正確に都内を移動できる非常に便利な乗り物だ。新型インフルエンザの流行が始まり、ガソリンの入手が困難になると、地下鉄やJR、私鉄各線も含め、公共の交通手段が人々の足そのものになりつつあった。

もちろん、国も自治体も、新型インフルエンザ蔓延の阻止のために不要不急の外出の自粛を再三再四にわたって呼びかけていた。しかし、不要不急の外出をしないことを強く国民に求めても、多くの日本人にとって、仕事は、行かねばならない、やらねばならない不要不急の外出の内に入るものと受け取られているのだ。

大手の電機メーカー・H社などは、家のパソコンと会社のパソコンを繋ぎ、非常時にも在宅勤務が出来るシステムを構築し、新型インフルエンザ発生時には家での勤務を可能にする態勢を作り上げていた。しかし、これは特別な例だった。それどころか、いざ新型インフルエンザが発生したらどうすればいいのか、という何の指針さえもない会社も多かったのだ。

金融関係では、多くの個人情報を扱うことから、在宅勤務は非常に困難であったし、製造業などは工場へ行かなければ全く仕事にはならない。さらに経営者にあっては、支払い日がやって来る。これに遅れて不渡りを出せば倒産に追い込まれかねない。だから、仕事は事前に経営権を持った人間が、新型インフルエンザの行動計画を策定して、従業員に周知徹底させていない限り、ほとんどの者が無理をして出社しようという姿勢を崩さなかったのだ。

さらに日本人の間には、病気を押して仕事をすることを美徳とする感覚が残っている。実際には、職場にウイルスをまき散らし、仲間に感染を拡げることになるので、非常に迷惑な行為なのだが、普段のインフルエンザの流行時にどこの会社でもよく見られるように、感染患者は動ければ仕事にやって来ようとするのだ。

(写真:iStock.com/gorodenkoff)

国が感染拡大を止めるために、不要不急の外出はやめるよう強く求めている中、JR、私鉄や地下鉄に多くの利用客がやって来ていた。都心の地下鉄は、網の目のように張りめぐらされ、そのまま半蔵門線や有楽町線、日比谷線、千代田線、東西線などは、近県の私鉄が乗り入れているし、多くの駅はJRに乗り継ぎが可能となっている。このようにリンクし、整備されているということは、いったん、新型インフルエンザの緊急事態となれば、各社が新型インフルエンザ対策を共有して、同じスタンスで足並み揃えて対策をとらねば大混乱となる。

新型インフルエンザが国内で発生した時、流行の前期、後期、大流行期など、その状況下に合わせて、その節目節目の警戒宣言で、運行の縮小や停止などがはかられることとなっていた。しかし、その判断については、各社の思惑も意図も異なる。さらに都営地下鉄などは、東京都新型インフルエンザ対策行動計画にのっとって対応することが考えられるが、他の事業主は東京都の所轄ではないので、統一的な対策がとられるのは、非常に困難だった。乗り入れ各社は、鉄道事業者連絡会議を急遽招集して対策を練ろうとしたが、それを待ってくれるほど、新型インフルエンザの伝播力は甘くはなかった。

丸ノ内線には、この日も通勤客などの利用者が乗り込んでいた。さすがに、普段のラッシュ時ほどのすし詰めの状態ではない。各社が社員の感染を避けるためにフレックス制を導入したり、家で仕事をする者、休暇を取っている者、新型インフルエンザに倒れ仕事どころではない人々なども多いことがある。

集まってくる乗客が皆、一様にマスクをしているところをみると、やはり新型ウイルスの感染には注意をしているのだろう。しかし、マスクの感染予防効果は、欧米ではあまり高い評価を受けてはいない。マスクをすることはリスクを下げるという意味で非常に大切だが、これで万全といったものではないのだ。

一方、マスクをしていない患者から、くしゃみで吹き飛ばされたウイルスは、最速時速120キロで飛散する。一回のくしゃみで車両1両を端から端まで、ウイルスは高速で移動するのだ。ウイルスを他者にうつしにくくする効果も、マスクに期待される。

この路線は、池袋から大手町、東京、銀座、霞ケ関、国会議事堂前、赤坂見附と主要な地域を結んでいる。ここに乗り込んで来た人間は、この主要な駅から地上に上がり、主要各社、国の行政府に出勤して行く。一方、東京駅では多くの人々が下車をして、JR山手線や横須賀線、各新幹線などに乗り換えて行く。

新型インフルエンザの感染拡大の抑止のために、不特定多数の人の集まる場所や集会の自粛などの社会的な抑制がされ始めた。しかし、不特定多数が集まり、密集する機会を効率よく作るのは、地下鉄や電車などの交通機関でもあったのだ。これは、新型インフルエンザが発生した際に、満員電車を運行し続けた時、2週間後の市内でのウイルス感染率は60%を超えるとの試算が報告されていることからもわかる。

地下鉄各社などの運行現場では、大きなジレンマを抱えることになる。電車を止めれば、社会に与える影響は大きい。企業の社会機能の低下に繋がりかねない。さらにライフラインなどの従事者が出勤できない事態になったら、その影響は計り知れない。彼らの交通手段は、確保されているのか。

交通機関は一事業者ではあっても、運行そのものは公共性が高く、一企業が決めることのできる問題ではないのだ。東京メトロや私鉄各社は、所轄する国土交通省や新型インフルエンザ対策の中心となっている厚生労働省の対策本部に伺いをたてた。

しかし、国土交通省では、鉄道、地下鉄の運行停止や駅の封鎖などの法的な根拠がないために、指示を出すことは難しい。さらに新型インフルエンザ問題そのものは、厚生労働省の範疇にあるため、命令を下すことは縦割りの行政の中では困難である、という。

ならば、各事業主がその判断をするのか。各企業の担当には、国に協力してやっていきたいという思いが強くある。それもそのはずだ、判断しかねるこの重大事項を、この場で結論しうる担当者などいないのだ。そもそも鉄道マンは、電車を可能な限り、時間通りに運行することを信念としている。業務の運行をするということ自体が、人々へのウイルス感染を拡げる機会を作るという、マイナス面に発展しかねない事実と事業継続をどう天秤にかけたらいいのか。新型インフルエンザといううつる病気で、しかも飛沫感染、空気感染をする伝染病への対応の前例が、この国には存在しない。

そうこうしている間にも、多くの不安を抱えたまま、電車は運行を継続している。密閉された車両、駅そのものも閉鎖的空間であり、換気の限界のある地下鉄が、多くの人々を乗せて、東京の地下をくまなく動き回る。そして、主要な駅から、主要な産業や行政の実働に中心的な役割を持つ人々に新型インフルエンザウイルスが入り込み、企業内、役所内でのウイルスの猖獗(しようけつ)が始まる原因のひとつとなった。

照明も節電のために平時よりは暗くした駅内に、立って電車を待つ人々の中にぽつりぽつりとうずくまっている人々の姿が見受けられる。熱でもあるのだろうか。地下鉄から、階段を上がると、明るい外の光りに照らされる。その入り口を少し行ったところで、若いサラリーマンが足を投げ出し、宙を向いて前後に体をゆすりながら、懸命に呼吸を繰り返している。ゼイゼイと湿った咳が聞こえると、人々は、逃げ去るように彼から離れた。スーツの社員章から、近くの本社まで連絡に行った通行人もいたが、その会社には受付の女性もおらず、受付の電話の内線では誰も出ず、それ以上のフロアーには社員カードがなければ通行できない。救急車を呼んでも、いつ来るのかは誰にもわからない。

「キャーッ」

まもなく神保町に着くという東京メトロ・半蔵門線の車内に、鋭い女性の悲鳴が響き渡った。マスクをかけた乗客たちはいっせいに声の方向を振り返る。

ドアの近くにいたサラリーマンらしい男性が、バタッと倒れ込んだようだ。周囲にいた数人の人間が近づいて、男性を助け起こそうとしたとき、彼らの目に男性の赤く染まったマスクがとび込んできた。今にも手を貸そうとしていた人々も、思わず手を引っこめ、サッと身を引くように同心円状の空間が出来た。倒れ込んだ男性は起きあがることもままならないのだろうか、咳き込みながら、這いずっている。人々は気味悪そうに遠巻きに眺めるばかりだ。だが、車内で異常を訴えているのは彼だけではなかった。数メートル先には、女性客が座りこんで動けないでいる。発熱しているのだろうか、脂汗をかいている。

電車が神保町に停車すると、人々はいっせいにその車両を降りて、別の車両に移ろうとした。また逆に、この電車に乗り込もうとした女性は、倒れている男性を見て、悲鳴をあげてホームに飛び降りた。がらんとした車両に倒れ込んだ人間が置き去りにされたまま、ドアが閉まり、地下鉄は発車して行く。

誰もが何か手を貸さなければと思いながらも、どうしてよいかわからないのだ。中には、何とかしてもらおうとホームで駅員を探していた人間もいたことはいたのだが、間もなく電車が発車してしまった。実際、駅員にも新型インフルエンザは拡がり始めており、どこの駅も駅員の数が十分ではないほど減少しているのだ。

ここまでになると、車両内でのウイルスの伝播の恐ろしさが、駅員にも人々にも、現実のものとなって実感された。利用者はお客様であって、その方々に向かって、乗らないでほしいとは言いにくい地下鉄の駅員も、倒れる人々を目の前に、ホームで叫び始めた。

「緊急でない限り、乗らないでください」

「どうしても外出しなければならない、というお客様以外のご乗車はご遠慮ください」

「感染を防ぐために、どうかご協力をお願いします」

電車のホームでは、若い駅員が大声で繰り返し怒鳴っている。だが、駅に来ている人間たちは、そんなことは百も承知という者ばかりだ。テレビでも新聞でも「不要不急の外出は控えるように」と呼びかけられていることは、誰もが知っている。

だが、仕事や急ぎの用事に行こうとする人はもちろん、家族や親族が新型インフルエンザで倒れてしまったために介護をしに行こうとしている人など、それぞれが自分の用事は必要な何よりの急務だと思っているのだ。

すべての電車の運行を止めれば、それが社会に与える影響は大きい。しかし、満員電車が感染拡大をしているのは明白な事実だった。なぜなら、繁華な都心で発生した新型インフルエンザウイルスは、密閉された空間の人々の間で増殖し、さらに郊外へと繋がる電車によって、確実に郊外へ、そして地方へとばらまかれていくからである。

駅員が着けたマスクの奥でくぐもって響く「なるべく乗らないで」という声が、駅構内に虚しくこだましていた。

もう、地下鉄の間引き運転をするしかない。そう考えた東京メトロの会社の判断で、運行の本数を減らして稼働を始めた。しかし、JRと交叉する乗り継ぎのメトロの駅で、乗客がホームに溢れ出した。JRが運行している以上、メトロだけ減らせば乗り継ぎ駅で人だまりが出来てしまう。

事前に各社が話し合いを持ち、状況に応じてのダイヤ、つまり新型インフルエンザ発生下での運行の時間割りを作っておかなかったことは、悔やみきれない事態をもたらした。

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関連書籍

岡田晴恵『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』

南の島で強毒性新型インフルエンザが発生した。感染した商社マン・木田は帰国4日後に死亡。感染症指定病院や保健所は急いでパンデミックに備えるが、瞬く間に野戦病院と化す。R病院副院長・沢田他、医師の間に広がる絶望と疲弊、遂には治療中に息絶える者も。科学的根拠を基にウイルス学の専門家が描いた完全シミュレーション型サイエンスノベル。

岡田晴恵『隠されたパンデミック』

ワクチンが足りない!情報が操作されている!ウイルス学者・永谷綾は、厚労省の新型インフルエンザ対策の不備を追及、本省を追われる。同時期に、“弱毒型”インフルエンザが発生、同省の対策の甘さが露呈した。もし今“強毒型”が流行したら、被害は何百倍にもなる。綾は、政界や経済界に直訴を始めた。厚労省の闇を暴く、問題の社会派小説。

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感染爆発〈パンデミック〉の真実

世界的な新型コロナウイルスの大流行で、我々はいまだかつてない経験をしている。

マスクやトイレットペーパーが売り場から消え、イベント自粛や小中高休校の要請が首相から出され、閉鎖した商業施設もあれば、従業員の出社を禁止する企業も出ている。

そこで毎日、メディアに引っ張りだこなのがウイルス学の岡田晴恵教授。

なんと岡田氏は、10年前に自身が書いた小説の中で、まさにこうなることを、予言していた!

そこで、この2つの小説、『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』を、緊急重版かつ緊急電子書籍化した。

バックナンバー

岡田晴恵 医学博士 感染免疫学・ワクチン学専門

白鴎大学教育学部教授。元国立感染症研究所研究員。医学博士。専門は感染免疫学、ワクチン学。「新型インフルエンザ完全予防ハンドブック」「H5N1」「隠されたパンデミック」(以上、幻冬舎)、「人類vs感染症」(岩波ジュニア新書)、「感染爆発にそなえる――新型インフルエンザと新型コロナ」(共著、岩波書店)、「強毒型インフルエンザ」(PHP新書)、「なぜ感染症が人類最大の敵なのか?」(ベスト新書)、「感染症とたたかった科学者たち」(岩崎書店)、「うつる病気のひみつがわかる絵本シリーズ」(ポプラ社)、「学校の感染症対策」(東山書房)など著書多数。

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