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2019.12.10 更新 ツイート

40歳女性の微妙な変化を掬い取った驚くべき物語 益田ミリ『わたしを支えるもの すーちゃんの人生』中条省平

益田ミリの『すーちゃん』に出会ったのは2006年、今からもう13年も前のことです。

すーちゃんはむろんマンガのなかのキャラクターですが、現実といっしょに成長を続け、最新刊である5冊目の『わたしを支えるもの すーちゃんの人生』(幻冬舎)では、40歳になりました。
 

マンガのなかのキャラクターは何年経っても変わらないのがお約束ですが、すーちゃんは同じ人のようでいて、年を経るごとに微妙に変化しています。そのささやかな変化を単純化された線描と言葉で、すかさず掬いあげるのが、益田ミリのすばらしい才能です。

いま、すーちゃんは保育園の調理師として働いていて、もう3年になります。

子供たちから「よし子先生」と呼ばれていて(彼女の本名は森本好子なのです)、ある女の子から秘密をうち明けられます。好きな男の子の名前を教えてもらったのです。女の子はこんな子供でも恋をしているのだ。そう気づいたすーちゃんは、心のなかで思います。

 

「あんなに小さい頃から『恋』の練習をしてきたはずなのに 我が人生において いかしきれておらぬとは……」

そして、「守りすぎてたのかな」と呟き、「フッ」とため息をつきます。それから、くるりと後ろをふり向くと、「さて、仕事、仕事」といって歩きはじめるのです。

このわずか4コマで、恋多き女の子の本性の発見というささやかなできごとを出発点として、その発見に触発されて自分の人生をかえりみながら、ちょっと硬い文語的な口調で自分をからかうようにつき放し、しかし、かすかな後悔と哀しみの念をにじませつつも、わざと明るく散文的に、ふたたび自分の人生に向かいなおす彼女の前向きさを、あざやかに浮き彫りにしてみせるのです。驚くべき技というほかありません。

『すーちゃん』には、こうした見事なディテールが目白押しなのです。

しかも、この恋多き女の子の本性を発見し、かえりみて自分の人生をちょっと後悔するというエピソードは、このあと、かつて好きだった土田さんという妻帯者への思いの再燃というささやかなドラマの伏線になっているのです。物語作者としても、益田ミリは、短篇の名手といわれるような小説家並みの冴えた腕をもっているのです。

土田さんとのほんわかとした不倫(?)への結着の付けかたも、いかにもすーちゃんらしくて胸がすーっとしますし、ほかにも、地味だが独自の個性をもった登場人物の面白い挿話がたくさんあって、親しみが湧きます。

先輩のさわ子さんはもうすぐ45歳になるので、今後の人生は老後となるのかもしれないと考えて、傾聴ボランティアという老人の話を聞く仕事を始めています。

すーちゃんのお父さんは突然、九州からやって来て娘に会い、大した話もなく帰っていくのですが……。

人間ではないけれど、さわ子さんの実家でお母さんが飼っている猫のミーちゃんも最高にいい味を出していますよ。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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