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恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる

2019.10.03 更新 ツイート

恋に落ちた日(サカエ コウ。)#ファーストデートの思い出林伸次

(写真:iStock.com/SB)

バー店主がお客さんから聞いた忘れられない恋の話を書き留めた、林伸次さんの小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』のnoteハッシュタグ企画「#ファーストデートの思い出」。最後にご紹介するのは、1256本の中から林さん選んだ一番好きな作品は、サカエ コウ。さん「恋に落ちた日」。

「淡々としているんだけど、そうそう恋ってこんな風に始まるんだよなあって切ない気持ちにさせる文章でした。東京タワーの風景も目に浮かぶし、まるで短編映画のような思い出をぎゅっと小さく絵にして閉じこめたような作品で僕はすごく好きです」(林伸次)

*   *   *

それはまだ、恋になる前のこと。

明日は月に一度の店長会があるから、いつもより朝が早い。早いところまとめて寝ようと考えながら、施作と数字を追って報告書をまとめていた、そんな木曜日の夜。

先日、たまたま共通の知り合いを介して出会った彼から連絡が入った。

「今何してる?ちょっと会えない?」

その時すでに22時を過ぎていて、私は明日のことを考え断った。また会いたいなとは思っていたけれど、恋い焦がれるでもないので自分の都合優先だ。

「明日の夜なら大丈夫なんですけど…」

と返すと、明日から仕事で海外に行くんだよね、とのこと。

すごく残念そうにする彼がなんだか可愛くて、「それじゃあ…今からどこに行ったらいいですか?」と送ってみた。「いいの⁈」とすごく喜んでくれて、なんだかこっちまで嬉しくなったの、覚えてる。

こうして私たちは、初めて2人きりで会うことになった。

彼は目黒に住んでいて、私の家は都庁の近く。「夜も遅いし車で迎えに行くよ」と言ってくれたので、お酒を飲むことになったら嫌だなと思い、そのままドライブがしたいと提案した。

小雨の降る夜の東京を、2人でドライブした。

東京に来たのに東京タワーを見ていないと私が言うと、ベタだけど行こっか、と言って連れて行ってくれた。

少し滲んだ東京タワーは、私の知っている東京タワーよりも、なんだか輝いて見えた。

きれい…と思ったのも束の間、フッとろうそくを吹き消したかのように、ライトは消えてしまった。それは0時を告げる合図だった。

突然のライトアップ終了に、2人で笑いながらまた車を走らせる。

あぁ、車でよかったな。電車の時間を気にしないで、まだ一緒にいられてよかったな。そんな風に思っていた。

好きな音楽のこと、過去の恋愛のこと、年齢のこと、結婚観。私たちは、たわいもない話から真面目な話まで、たくさんたくさん話した。

楽しかった。すごくすごく楽しかった。

車を止め、2人だけの静かな空間、流れる音楽に、心地好い会話。

時折話が止まり、でたらめな鼻歌に、リズムを刻む。

この人は喋らなくても苦じゃないな。なんて居心地がいいんだろう。それは私には珍しく、不思議な感覚だった。

こうして穏やかに時間を過ごし、気がつけば朝を迎えていた。

「もう5時ですね。明るい。」
「もう5時だよ。今日絶対眠いよね。」

と言って、すっかり雨の上がった朝の東京で、2人で笑いあった。

なんてことない。なんてことない時間だったのだけれど、たぶんこの日、私は恋に落ちたんだ。

 

*   *   *

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『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』のセット商品をつくりました。

(紙版:Bar Bossaデート券+書き下ろしエッセイ2本つき) 『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。

(電子版:Bar Bossaデート券+書き下ろしエッセイ2本つき) 『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

林伸次さんの書き下ろしエッセイ「妻と娘とのファーストデートの思い出」「デートってよいな」と、林さんのお店「bar bossa」にお二人で来店した際の特別サービス券がついてます。

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関連書籍

林伸次『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

人はなぜバーテンダーに恋の話をするのだろう? cakesスタート以来、常に人気ナンバー1の恋愛エッセイの名手にして、渋谷のバー店主が綴るカウンターの向こうのラブストーリー 恋はいつか消えてしまう。ならば、せめて私が書き留めて、世界に残しておこう――。 スタンダードナンバーの音楽とお酒のエピソードとともに綴られるのは、 燃え上がる恋が次第に冷め、恋の秋がやってきたと嘆く女性。 1年間だけと決めた不倫の恋。 女優の卵を好きになった高校時代の初恋。 かつての彼女とよく通ったパン屋さんを訪ねた男性。 学生時代はモテた女性の後悔。 などなど、世界の片隅に存在した恋のカケラたち。 誰かを強く思った気持ちは、あのとき、たしかに存在したのだ。切なさの記憶溢れる恋愛小説。

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林伸次

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で連載中。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ちょっと困っている貴女へ バーのマスターからの47の返信』(アスペクト)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)がある。

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