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恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる

2019.04.15 更新

バンドマンとの恋が成就するとき林伸次

忘れられない恋を誰かに語りたくなることがありませんか? その相手にバー店主は時々選ばれるようです。バー店主がカウンターで語られた恋を書き留めた小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』より、今週のお話。

*   *   *

二月のある日、風は冷たく、空には雲が立ちこめ、今にも雨が降りそうな夜だった。

私は、二月の寒さにも負けないような強い意志を持ったカナダ出身のシンガーソングライター、ジョニ・ミッチェルの『青春の光と影』が聴きたくなり、棚からレコードを取り出し、ターンテーブルの上にのせた。

「涙と不安、そして誇りを持って、私はあなたを愛していると叫ぶ」とまだ若いジョニ・ミッチェルが歌う切ない曲だ。

すると、髪を金色に染めて、黒縁のメガネをかけ、マッキントッシュのコートを着た女性が扉を開けて入ってきた。年齢は三十代半ばくらいだろうか。コートを脱ぐと体の線が細く華奢な印象だ。

彼女は「ここいいですか?」と、カウンターの席に座ると、スピーカーの方に耳をすましてこう言った。

 

 

「これ、ジョニ・ミッチェルですね」

「音楽お詳しいんですね」

「ええまあ」

「お飲み物はどういたしましょうか?」

「ジャックダニエルをソーダ割りでお願いします」

バーでは飲む物でその人の生活環境やこれまでの人生がわかることがよくあるが、ジャックダニエルを好んで飲む女性はめったにいない。

「どうしてこんな女がこんな酒を飲んでいるんだろうって思いますよね。これ、私が大好きな人が好きなお酒なんです。私も真似して飲んでいたら癖になって。アメリカ産のウイスキーのことをバーボン・ウイスキーって呼ぶんですよね。でもジャックダニエルはバーボン・ウイスキーじゃないって聞いたことがあるんです。それってどういうことなんですか?」

ソーダ割りを彼女の前に出すとそう質問された。

「アメリカでは最初、ウイスキーはライ麦や大麦を原料に東部で作られていたそうなんです。

一七八三年、独立戦争の勝利後の政府の課税を逃れるために蒸留業者がケンタッキーやテネシーといった南部へと移りました。

その地域では気候風土がトウモロコシの栽培に適していることがわかりトウモロコシを原料としたウイスキーが作られ始め、バーボン・ウイスキーの味わいを決定づける、内側を焦がした樽で貯蔵するという手法が生み出されます。この手法で作られたケンタッキー州のバーボン郡のウイスキーがバーボン・ウイスキーです。

テネシー州では、その原酒をテネシー州産のカエデの木炭で濾過してから樽熟成させます。一般的なバーボン・ウイスキーよりもマイルドというわけです。お客様がお好みのジャックダニエルもワイルドなイメージがありますが、本当は他のバーボン・ウイスキーよりもマイルドでリッチな味わいがあります」

「そうなんですね。私、ずっと飲んできたのに、ジャックダニエルしか飲まないから、そんなことも知りませんでした。まるで、私の恋のようです」

そう言って、彼女は話を始めた。

「私、学生の頃からバンドでボーカルをやってたんです。付き合ってる彼がギターで曲を作って、私が歌詞を作って、二人で居酒屋でバイトしながら活動してました。ドラムやベースのメンバーもずっと学生の頃から同じでした。

インディーズからですけどCDも二枚出して、評論家からも評判は良かったんです。一度、週刊誌からロングインタビューを受けたこともあります。

ただボーカルの私が綺麗じゃないし、他のドラムとベースのメンバーもパッとしないし、どうもメジャーに行けるような雰囲気じゃなかったんです。

ルックスに関してはバンドを作った時から『良くない』ってわかっていて、私は綺麗じゃないけど、そこは『等身大の女の子の気持ちを歌っている』っていう感じでいきたかったんです。そういうバンドも良いんじゃないかって思ってたんです。

私が三十二で彼が三十の時にメジャーから話がありました。条件はボーカルとベースとドラムを替えることでした。要するに彼の作曲と演奏能力だけが買われたんです。

メンバーみんなで話し合いました。そのバンドは彼の才能に支えられてるってみんなわかってたし、居酒屋で『よーし、タケシ、俺たちの分も頑張れ! ずっと応援するよ』って言って、乾杯してバンドは解散しました。

メジャーに移ってからのタケシのバンドは有名なプロデューサーがついて、アレンジもしっかりとねられて、ベースとドラムもカッコ良くてすごく上手い人たちが入ってきました。ああ、お金や経験がある大人たちがバンドを作るとこうなるんだって感心しました。

ボーカルは女の子です。彼女がアイドルみたいに可愛くて、オーラもあって華やかで、すごく歌も上手かったんです。

バンドはあっと言う間に有名になりました。ドラマの主題歌やCMなんかにドンドン使われました。

コンビニで買い物をしていると、普通にそのバンドの曲が流れてくるじゃないですか。

その曲の詞は、私が昔、タケシと出会った時のことを書いたものなんです。

それを可愛くて歌の上手い女の子が歌っていて、すごく不思議な気分になりました。

タケシは、インディーズ時代からずっと住んでた下北沢のアパートから西麻布のマンションに引っ越しました。その引っ越しの時に『結婚しよう』って言いたかったのですが、もうそんなことを言える雰囲気じゃなくなってしまって。彼は毎日取材やパーティで忙しくて、生活が全然変わってしまったんです。

次のアルバムからはその新しいボーカルの女性が歌詞を作ることになりました。

出来た曲を聴いたら、確実にギターのタケシにあてた恋の歌詞なんです。

私は彼に『これ、タケシに向かって歌ってるんだね。あの子、タケシのことすごく好きなんだね』って言ってみたんです。

そしたらタケシ、『そんなことないよ。紀子、考えすぎだよ』って言うんです。でももちろんこういう女の勘って間違いないんです。

この新しいアルバムでタケシとボーカルの彼女はたくさん取材を受けて雑誌やラジオに出演してたんですけど、一度ラジオでパーソナリティが『ヒトミちゃん、今度のアルバムの歌詞はギターのタケシへの思いを綴ったものなんじゃないの?』って質問したんです。

その子、『バレちゃいましたか。でも私、片思いでも良いんです』って答えてて、その後はネットで大騒ぎになっちゃいました。

タケシにインディーズ時代があって、私と一緒にバンドをやっていたのはファンの間では有名ですから、『ギターのタケシが付き合っている女』と書かれた私の顔の写真がいくつもネットにアップされました。そしてその写真はどういうわけか、私の意地悪そうな表情ばかりが選ばれていました。

写真へのコメントのほとんどは『このオバサンがヒトミちゃんの恋を邪魔している!』みたいな批判ばかりでした。私がタケシの金を遣ってブランド品ばかり買ってるなんて書き込みもたくさんありました。私、完全に悪者で、みんながそのヒトミって子の応援をするっていう図式になってたんです。

それを見て私、ああ、タケシ、完全に彼女の策略にハメられたんだなあって気がつきました。

ネットでは相変わらず『ヒトミ頑張れ!』っていう女の子のファンの書き込みが多くて、ヒトミは『片思いの女の子の気持ちを代弁する歌手』という存在になりました。

ニューアルバムの全国ツアーの間はずっと心配でした。旅行先でボーカルの女性とギターの男性が二人で行動していると情も移ってきますよね。

ツアーが終わって、何でもない顔をしてタケシは東京に帰ってきたのですが、タケシのいろんな行動が変わってしまったんです。それまではたまに会ってデートなんかもしてたのですが、『新しいプロジェクトの練習だから』って言って、私とはまったく会わなくなりました。もう終わりなんだなあって覚悟しました。

しばらくして、タケシに『今度、面白いバンドが出るイベントがあるから、一緒に見に行こうか』と誘われて、下北沢の小さいライブハウスに行きました。

下北沢にもしばらく行ってなくて、小さいライブハウスの空気自体も久しぶりで、真っ暗で空気が汚れていて『ああ、懐かしいなあ』なんて思いました。

最初はDJが入って会場がちょっとあたたまってきました。タケシが『ごめん、飲み物お願いしていいかな』と言うので、バーカウンターに並びました。そこに聞き覚えのある懐かしいサウンドが流れ始めました。ステージを見ると昔の私たちのバンドのベースとドラムが演奏しています。

バーカウンターでドリンクをうけとって、急いでタケシのところに戻ったのですが、いつの間にかタケシがいなくなっています。

ハッと気づいたらタケシがステージでギターを弾いていました。あの昔のバンドの頃の懐かしいギターのリフがライブハウスに鳴り響きました。

インディーズ時代のバンドの演奏が始まったんです。

私、なんにも言えなくて立ちつくしていたら、タケシが『ボーカル、早くステージに上がれよ』って言いました。ドラムとベースの二人も『紀子、遅いぞ。何してるんだ』って笑っています。

気がつくと客席の人たちもほとんどインディーズ時代のお客さんで、後ろを振り返って私を見て、『紀子さん、早く』って言ってくれています。

私は、恐る恐る、ステージに上がりました。

『あの、私でいいの?』マイクを持って小さい声でつぶやくと、客席からは『紀子さん、頑張れ!』って歓声が上がりました。

一曲目はインディーズ時代にファンの間で一番人気があった曲でした。もちろん私が歌詞を書いたので、歌いきりました。

曲が終わって、タケシがマイクに向かってこう言いました。

『俺、今までのバンドやめてきました。またみんなとインディーズでやるわ。ボーカル、紀子の方がやっぱりいいんだよね。みんな応援してください。今日はありがとう。紀子、お願いがあります。俺と結婚してください』

私は、震える声で『はい。結婚しましょう』って答えました。

タケシが『やった、紀子に結婚のOKをもらったぞ!』って叫ぶと、その声にあわせて次の曲が始まりました。

私とタケシが学生時代、最初に作った曲でした。その時まだ二人はキスもしていなかったのを思い出しました」

紀子さんはそう言うと、ジャックダニエルに口をつけた。スピーカーからはジョニ・ミッチェルの「涙と不安、そして誇りをもって、私はあなたを愛していると叫ぶ」という歌が聞こえてきた。

*   *   *

続きは、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』をご覧ください。

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林伸次『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』

人はなぜバーテンダーに恋の話をするのだろう? cakesスタート以来、常に人気ナンバー1の恋愛エッセイの名手にして、渋谷のバー店主が綴るカウンターの向こうのラブストーリー 恋はいつか消えてしまう。ならば、せめて私が書き留めて、世界に残しておこう――。 スタンダードナンバーの音楽とお酒のエピソードとともに綴られるのは、 燃え上がる恋が次第に冷め、恋の秋がやってきたと嘆く女性。 1年間だけと決めた不倫の恋。 女優の卵を好きになった高校時代の初恋。 かつての彼女とよく通ったパン屋さんを訪ねた男性。 学生時代はモテた女性の後悔。 などなど、世界の片隅に存在した恋のカケラたち。 誰かを強く思った気持ちは、あのとき、たしかに存在したのだ。切なさの記憶溢れる恋愛小説。

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恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる

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林伸次

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で連載中。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ちょっと困っている貴女へ バーのマスターからの47の返信』(アスペクト)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)がある。

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