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2019.09.13 更新 ツイート

ドラマティックな盛りあげなくとも深い感動 矢部太郎『大家さんと僕 これから』(新潮社)中条省平

『その女、ジルバ』『傘寿まり子』『大家さんと僕』『夕暮れへ』『メタモルフォーゼの縁側』。いずれもここ1~2年で話題になったマンガの題名ですが、共通点は何か?

それは、老人が主人公だということです。これらの秀作は、少子高齢化社会・日本の現実を反映しています。そこに、マンガというメディアの特質、世界の現実を反映する鏡としての鋭敏な機能を見出すことができます。

もうひとつ、これら高齢化社会を反映するマンガの特徴として、主人公は女性ばかりで、男の老人がほとんど出てこないことが挙げられます。端的にいって、男には、マンガの題材になるような、老人としての新たな人生の可能性が見えてこないということでしょうか。

 

10年ほど前に、村上たかしのマンガ『星守る犬』がヒットしました。主人公は定年間近の男性で、この人物が妻と子供から見捨てられ、家を失くし、愛犬だけを道連れに車で心中同然の旅をするという話でした。この主人公は老人ではありませんが、男性は定年を迎える前からすでに孤独な老人で、そのことに気づいてさえいないのかもしれません。

話を最近の老人マンガに戻すと、上記5作のなかで、『大家さんと僕』(新潮社)は、その著者が漫才コンビ「カラテカ」のお笑い芸人・矢部太郎であることで話題を呼び、大ヒットし、手塚治虫文化賞の短編賞も受賞しました。

また、『大家さんと僕』が、今はやりの老人マンガのなかで特異なのは、これが実話だということです。つまり、高齢化社会という一般的な現実を代表しつつも、僕と大家さんとの純粋な個人的な経験を描きだして、その両面の感受性の豊かさに感心させられます。

『大家さんと僕』で、主人公をひとつ屋根の下に下宿させる大家さんは、80代後半の女性ですが、ほとんどすべての仕事(買い出し、掃除、洗濯など)をひとりでこなして生きています。その意味で高齢化社会の模範的な生き方を実践している人なのです。その潔い孤独な生き方に私たちは敬意と共感を抱きます。

しかし、「僕」が同居するうち、その孤独の壁が徐々に柔かくなって、人と人のつきあいが始まり、そこに、奥ゆかしくて、淡い、しかし温かい喜びが生じてくるのです。

じつはそのことは、「僕」にとっても同様で、「僕」のどちらかといえば孤独な生き方もすこしずつ変わっていきます。その相互性のなかに、「人」という字の成り立ちが「支えあい」であり、「人間」という言葉が「人と人のあいだ」に成立する関係を本義とすることの意味が見えてきます。そこから『大家さんと僕』のもっとも深い感動が湧いてくるのです。

新刊の第2作『大家さんと僕 これから』(新潮社)は「完結」編と銘打たれています。すでにネット上で話題になったように、「大家さん」は2018年夏に亡くなっています。したがって、その結末をすでに知ったうえで読むことになるのですが、けっして失望はしません。なぜなら、この実話にはドラマティックな盛りあげは初めから必要なかったからです。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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