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2019.06.12 更新 ツイート

#1 暗く長いトンネル…涙なしには読めない恋愛物語河原れん

同乗したバイクで事故に遭い、恋人・淳一を亡くした泉美は、その時の記憶をどうしても思い出すことができない。失われた「最期の記憶」を取り戻すため、泉美は弁護士の真希子に、事故の調査を依頼する。やがて明らかになる泉美の記憶。それは、心を射ぬくような苦しい真実であった……。北川景子主演で映画化もされた、河原れんのデビュー作『(またたき)』。読めば読むほどに引き込まれる物語の冒頭を、抜粋してお届けします。

*   *   *

(写真:iStock.com/siculodoc)

どこから来て、どこへ行くんだろう。

暗く長いトンネルを、迷子になった子どものように私はずっと彷徨い歩いていた。

夜の海のようにぽっかりと空いた漆黒の穴の中は、恐ろしく深い闇が覆って足もとさえ見ることができない。目を凝らしても一歩先は闇に吸いこまれ、伸ばした手さえも消えていく。

あたりを見まわしては手探りで道を確かめながら歩いて、少し休み、また歩く。

ひたすら……、ただひたすらに。

時間の感覚も距離の感覚も、もうなくなってしまった。

ここに存在しているという意識さえ、薄らいで感じる。

ポチャン、ポチャンと、どこからかしずくの垂れる音がする。それが遠くでしているのか、近くでしているのかはわからない。

しんと静まり返ったその世界には、しずくの落ちる音と私の歩く音だけが聞こえる。ぬめっと湿った地面を一歩一歩、私は帰り道を知らない帰還兵のように歩いた。

冷たい風が、時おり私の横をすり抜けていく。

どうして立ち止まらないんだろう。

どうして引き返そうとしなかったんだろう。

私はただ後ろにある闇にのみこまれるのが怖くて、ここまで歩いてきた。

止まることは、このまま歩くことより怖いことに思えた。

目の前におなじ深い闇が広がっているとしても、歩くしかなかった。

止まったら終わりだ。そう思えた。

出口なんてないのかもしれない。

もしかしたらはじめから入り口なんてなかったのかもしれない。

暗闇にも、しずくのリズムにも、少しずつ慣れてしまった。

いっそのこと、もうここを棲み家にしてしまおうか。居心地の悪さにだってそのうち慣れるだろう。

私はここにいるべくしているのかもしれない。そんなふうにさえ思えた。

だとしたら……だとしたら、なんのために? 

耳鳴りがする。答えは誰がくれるんだろう。

私の不安を急きたてるように、しずくのリズムが速まっていく。

どうすればいい? 

暗闇に追われながら、私は足取りを速めた。

水音は背後からどんどん近づいてくる。それなのに、足がもつれてうまく進まない。

左足が、どうしてだろう、言うことを聞かないのだ。

足先がまるで他人のものみたいに感覚がない。もどかしさが手指を震わせた。

誰でもいい。誰かに気づいてもらいたい。

「私はここにいるよ!」

思わず叫んだ。

でも、その声はどこかで跳ね返って、さざ波のようにこだまするだけ。おなじ闇はどこまでもどこまでも続いている。

私は立ち止まってしまった。すくんだ足が地面に張りついている。

もう、動けない。

「ここにいるんだってば!」

その声は誰に届くはずもない。そんなことは、はじめからわかっていたのに。ここには私しかいないのだから。

淋しさは恐怖よりも恐ろしい。怖いのは暗闇ではなかった。だから止まってはいけなかったんだ。

しずくの音は私に追いつき、やがて私の肩を濡らした。

もがきながら踏み出そうと力を入れる。でも、いっこうに体は動かない。

そのとき、ふと足もとに光るなにかが見えた。濡れた地面にこちらを見るように光るなにかがある。

――花だ。このトンネルに花が咲いている。

ひざまずき、目を凝らして見ると、それは小さな赤い花だった。鮮やかで艶めいた深紅の花びらを発光させ、一輪の花が凛と咲いていた。

美しい、と私は思った。

こんな場所でも花が咲いている。私以外の生きものがひっそりと息をしている。

触れたい。心の中からあふれ出る衝動を抑えられなかった。

私は思わず花を抱き寄せ、手のひらでそっと包んだ。

温かく、優しい香りがした。

その刹那、一粒のしずくが私の手に落ち、花びらは赤く発光したまま私の手からすべり落ちるように溶けてなくなってしまった。

(写真:iStock.com/Memorystockphoto)

朝日か木漏れ日か、少し悩んだ。

カーテンから差す日の光が容赦なく照りつける。九月も終わりだというのに東京にはまだ暑さが残っている。朝晩は少し涼しくなってきたけど、昼間はまだじりじりと太陽が照りつける。今年は猛暑だという予報を信じて、やっぱり夏が始まる前に遮光カーテンにしておけばよかった、そんなことを思った。

時計の秒針を打つ音が妙に耳に障る。小鳥のさえずりも部屋を甘く包む夏の匂いも、わざとらしい。

いつのまにかシーツはベッドから落ち、床の上で丸まっていた。それを拾おうと思っても、体は沈みこんだまま動かない。あの夢を見たあとは、いつもこう、全身が鉛のように重くなる。背中にはじっとりと汗をかいていた。

寝返りをうち、手を伸ばして、諦めた。息をひとつ、小さくつく。

カーテンに、揺れる葉の影が映し出されている。庭に植えられた樫の木だ。兄が生まれたときに父が植えた白樫の木は、小さな庭に不釣り合いなほど大きな根を張り、葉は青々と茂っている。

私が子どものころはまだ一階の軒とおなじくらいの高さで、よく兄と登って遊んだ。

今では屋根を越える高さにまで伸び、私の部屋を見下ろしている。柔らかくしなる枝には春から夏にかけて、窓を覆うほどの葉をつける。

このすっくと伸びた大木を切ろうとするたびに、なぜかいつも大雨が降った。せっかく育った木を切るのは忍びないが、かといって放っておくわけにもいかない。しかし、いざ剪定しようとすると、嫌がるように雨を降らせた。最後にそれを止めたのは、確か中学に上がったばかりの兄だった。

頭がくらくらする。目を上げると、視界の右の方に明るく明滅しているなにかがある。映画のフィルムを取り替えるサインのようなぼやけた円形のものは、ちらちらと視界を浮遊している。それを振り払うように、私は手で目をこすった。

まつげが濡れていた。

赤く濡れた花。何度も見た赤の色。

あれは夢なのか、幻想なのか……どちらでもいいと思う。夢であってほしいことが夢でないのなら、もう私をそっとしておいてほしい。

十三歳の誕生日に近所の時計屋で父にねだって買ってもらった壁の時計が、朝の六時を指している。

家の形をした仕掛け時計で、針が一番上で揃うとドアからミッキーが飛び出して、くるくるくるくるとまわる。行進曲のメロディは、ネジが外れてしまったのか鳴らなくなってしまった。

赤く細長い秒針は少しだけぶれながら、それが当たり前だというふうにチクタクと不器用な音を出してまわり続けている。

あれから十年たっても、ミッキーマウスはおなじ笑顔をつくったまま動いている。埃をかぶった家に住んでいても、さも楽しそうにおどけている。

ただじっとベッドの中にうずくまって時計の針の音だけ聞いていると、なんだか私だけが不器用な音を出しながら、一秒ずつ巻き戻しをしているような気がしてくる。私だけを置いて世界がどこかへ行ってしまうような、そんな感覚に襲われるのだ。

時計の針なんて止まってしまえばいいのに。

朝なんて、もう来なければいい。

寝ぼけまなこでスニーカーの紐を結び玄関を開けると、密度の高い空気がもわりと中に入ってくる。まだ寝静まっている家の扉をそっと閉めてから、ふうっと息を吐き、重い肩を前に後ろに何度もまわした。

狭い路地を二つ抜け、起き抜けの住宅街の間をゆっくりと歩く。まだ人通りもまばらで、時おり通る車の音が響いて聞こえる。しばらく道なりに進むにつれ空が開け、その向こうに大きく広がる土手が見えてくる。

石段を上がり堤防の上に立つと、どこまでも伸びる川が眼下に現れる。清々とした青空の下に、濃い緑の芝が視界の先まで広がり、さえぎるもののなにもない土手には太陽が惜しみなく降り注いでいる。眩しさに思わず手をかざした。川面からふわふわと湧くように蜃気楼が立ち、そこだけがにじんで見えた。私は準備体操の代わりに適当に手足を振り、ため息混じりの深呼吸を大きく吐き出した。

これは日課と呼ぶのにふさわしい、と私は思う。

走ること、それがいつのまにか私の日課になっていた。堤防の上を上流に向かって、橋を三つ分走る。

なんでそんなことをはじめてしまったのだろう。それは私にもわからない。けっして運動神経がいいわけでもないし、特に走ることにかけては全くセンスがないと自分でも思う。

だけど、すぐ怠けようとする私の体は無理にでも引きずり上げない限り、なにかに導かれるまま力なくどこまでも沈んでいってしまいそうな気がした。

時間など止まってほしいと思うのに、取り残されるのはひどく怖い。確か時間ができたらやろうとしていたことがたくさんあったはずなのに、いざとなるとそんな雑務はなにひとつ思いつかなかった。

だったら、誰よりも先に進んでしまえばいい。時計の針も気にならないくらい前に進んでいれば、少なくとも置いてきぼりにされることはないのかもしれない。それに息を切らしながら足をどうにか前に出すことだけに集中していると、胸のささくれもなにもかも、時おりふと忘れられるときがある。とても安らぎと言えるような状態ではないけれど、つかの間なにかから解放されるような心地よさを感じることはできる。

この自虐的ともいえる日課をはじめて一か月、一日も休むことなく毎日走った。寝過ごしてお昼に目が覚めた日も、かんかん照りの中を走った。

十分も走ると、足がもつれて息が上がってくる。体が重さを増して、繰り出す一歩にも力がいる。

やがて左手にコンクリートでできた重厚な堰が見えてくる。川の水量に合わせて開閉する灰色の水門は、今日は閉じていた。

走ることに少しずつ慣れてはきたけれど、やはりここまでしかもたない。腕がだらりと伸びてきて体が左右に振れ、足だけがどうにか虚ろに動いている。汗が噴き出し、脇腹が絞られたようにちくちくと痛む。

呼吸が荒くなる。吐く息よりも、吸う息の方が強くなる。

このときにスピードを速めるのが好きだ。

自分の力を振り絞って足を前に出す。あとほんの少しでも早く走ろうとする。あとほんの、ほんの少しでも。

心臓が激しく脈を打つ。張り裂けそうな音を立てて。

ドクンドクンと波立つ脈動を聞いていると、生きているんだと思う。

私は生きているんだ、そう思える。そう思い知らされる。

二本目の鉄橋の上を、左から右へ急行電車が猛スピードで走り抜けていった。

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河原れん

1980年生まれ、東京都出身。上智大学法学部卒。大学卒業直前に小説に傾倒し、2007年、初の長編小説である『瞬』を発表。09年、谷村志穂原作『余命』の映画化の際には企画・脚本を担当。その他、翻訳や書籍プロデュースなど活動は多岐にわたる。

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