1. Home
  2. 生き方
  3. 北の喫茶店
  4. 流されない気持ち

北の喫茶店

2019.04.06 更新

流されない気持ち本島修司

喫茶店を始めよう。

そう思う人は、どんな気持ちで行動を始めるのだろう。

珈琲というのは、凝り方や、材料の仕入れのルート次第では、おそらく原価率は悪くないだろう。だが、飲食業の業態としては、回転率が良いとは言えない。決して、簡単に成り立つものではない。

それでも始めようという人は、どんな思いなのだろう。

 

そんなことを考えているうちに、旭川にある、珈琲亭ちろるのことを思い出し、札幌から列車に乗った。

2時間ほどで、車窓から旭川の街並みが見えてくる。

旭川は、札幌に次ぐ人口を誇る、第二の都市だ。

数年前には、駅前に多くの新しい建物ができて、活気が出てきている。

駅には大きなショッピングモールがあり、人の通りも多い。

人気のコーヒーチェーン店の前には、小さな列ができている。緑色のエプロンをした店員の男性が、忙しそうに動いている。女性の店員が、若い二人連れの客を相手に、丁寧にメニューの説明をしている。人気のお店のスタッフを見ると、歴史のあるなしや、チェーン店であるなしに関わらず、人気になるべくしてなる、ちゃんとした理由があることがわかる。

珈琲亭ちろるは、喫茶店好きには有名な、旭川で人気の喫茶店だ。

北国の喫茶店好きたちの間では、聖地とも呼ばれる。

2011年、オープンから72年の歴史に一区切りを打ち、場所と店名はそのままに、改装を施され、新たなスタートを切った。
道央の喫茶店文化の象徴といえる、歴史ある喫茶店だ。

駅を出て、旭川の中心街を歩く。

買物公園から少し外れた路地裏に、その建物はある。

何もないような路地裏。そこに一軒家がある。入り口は草木に覆われている。小さな三角の帽子を被ったような形をした木製の看板があって、珈琲亭ちろると書かれている。

隠れ家という表現とは少し異なるたたずまい。隠れる気はないが、これで当然、これで当たり前という、圧倒的な存在感が、なんだか頼もしく感じる。

喫茶店を頼もしく感じるというのは、妙な感覚だなと思う。

扉を開け、店内に入る。
 

右に、柄が特徴的な年季の入ったソファーがある。左には、レジとカウンターがあって、黒い皮張りの椅子が並んでいる。その隣に小さな書棚があって、読み継がれてきたことがわかる、少しくたびれたことが味になっている、文庫本が並んでいる。

奥に中庭があって、そこにある緑色の植物が、視界のアクセントになっている。

店内の中心部には、赤を基調としたクラデーションの大きな絵が飾られている。

レンガが積まれたスペースがある。そこに、止まったままの大きな時計がある。

9時20分だ。

だが、今は9時20分ではない。17時10分だ。

止まっている時計を見ていると、まるで時間が止まったような感覚に陥る。

だが、時間が止まることはない。時代は流れる。それは、大きな波のようになって、景色を変え、建物を変え、時に、そこにいる人も変えていく。

ソファー席に座った。単一豆の珈琲も多い中で、深煎りのブレンドコーヒーを注文。立ち去ろうとする店員さんに声をかけ、アフォガートも注文した。

しばらくすると、珈琲が運ばれてきた。

青と白で統一された器が、鮮やかで美しい。

スペシャリティコーヒーだというそれは、ミルクを入れて、ちょうどほどよくリラックスできる味だった。濃いのではなく、落ち着きがある。少し頼もしい味がした。

まもなくして、アフォガートも運ばれてきた。

バニラのアイスクリームに、チョコレートのチップが2つ乗っている。珈琲より、さらに少し濃いめの珈琲をかけて食べる。スタンダードなスタイル。だが、口の中に染みわたるように美味しい。

おそらく地元の人であるような会話が、あちこちの席で弾んでいて、愛されている場所だとわかる。同時に、人気店であることも実感する。

かつて、この喫茶店を舞台に小説を書いた作家もいたという。そんな張り紙も見つけた。ここは、そうしたくなる気持ちがよくわかる場所だ。

全ての喫茶店に、人気になるべくしてなる「ちゃんとした理由」があるとするならば、この場所はきっと、ちゃんとした理由だらけなのだろう。

夜。まだ少し混んでいる店を後にすると、旭川の夜が、大きく口を開けて、まるでこちらを飲み込んでくるようだ。

繁華街。笑っている人の抱擁が見える。酔っている人の声が聞こえる。その隙間を通り抜けるようにして歩く。

遠く、ネオンサインが光っている。

美しい夜景は、買物公園を通り抜けて、旭川駅まで長く続いていく。

始めに「喫茶店をやろう」とした人たち。

それを受け継いだ人たち。

そこには、「やることを、ただやる」という、頼もしい気概があるのだと思う。

そんな気概や覚悟を持って、何かをやり遂げたてきた人たちには、きっと簡単なことなのだろう。

流れ、迫りくる、時代という名の大きな波。

それらに流されることなどなく、当たり前のように気概と勇気を、こっそり、ひっそり、いつまでも、強く持ち続けることなんて。

 

珈琲亭 ちろる
北海道旭川市3条通8丁目左7(3・4通)

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

北の喫茶店

北海道の喫茶店について。

バックナンバー

本島修司

北海道生まれ。文筆家。大学在学中から、物を書くこと中心の暮らし。エッセイ、仕事論、競馬論などを中心に執筆。
主な著書に、『自分だけの「ポジション」の築き方』(WAVE出版)、『競馬 勝者のエビデンス』(ガイドワークス)、『この知的推理ゲームを極める。』 『Cafe’ドアーズと秘密のノート』(総和社)など。
■本島修司 公式ホームページ:http://motojimashuji.com/

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP