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北の喫茶店

2018.12.29 更新 ツイート

虹の味の珈琲本島修司

「虹の珈琲があるんだって」

「虹?」

「小樽駅の可否茶館にあるらしい」

「裏メニューとかかな?言わないと出てこない、的な?」

「いや、普通にあるって。」

「普通に? というか、虹の珈琲って何?」

 友人とそんな話になり、札幌駅から列車に乗り、小樽へ向かった。

 

可否茶館は、日本に古くから根付いている、喫茶店文化の先駆けだ。

珈琲好きでなくても、誰もがその名を聞いたことがある存在。

可否茶館が、札幌に1号店をオープンさせたのが、1971年のこと。喫茶店文化の先駆者と言われている。

歴史を重ねてきた喫茶店だ。当然、どの店舗でも、スタッフの質がいいこと、淹れ方の技術に秀でていること、豆の種類が豊富なことなどは、容易に想像がつく。

だが、虹の珈琲とはいったいなんだろう。これは想像がつかない。

あえてその場で検索をせずに、小樽へ向かうことにした。

札幌から小樽までは、小一時間ほどの距離。その小一時間を、どんなものなのか、想像しながら楽しむ方が、楽しそうだったからだ。

楽しむ方が楽しそうという言い方はヘンだが、それを楽しまないですむ方法が、手元の液晶の中にあるのだから、仕方ない。

楽しまないで済む、という言い方もヘンだが。

ヘンなことを言いながら、ヘンなことしている方が、なんとなく楽しくなる世の中になっていることを実感する。

 

午後3時。小樽駅に着き、改札を降りる。

虹の珈琲。その想像ばかりが膨らんでいた。

 

小樽は、運河と硝子で有名な街だ。景色が美しいことでも広く知られている。

明治時代に海の玄関口として栄え、今では観光地として定着した。

この日も、人だかりだ。

外国人の観光客も多いからか、駅の構内では様々な国の言葉が飛び交っている。

活気がある。その活気は、海鮮市場の方に足を向けると、さらに熱を帯びている。

 

小樽駅の中、改札を出て左に曲がると、探していた場所があった。

お馴染みの可否茶館だ。入り口にあるお店の看板には、大きくこう書かれている。

 

『レインボーラテ』

 

まったく裏メニューではなかった。

むしろ、看板メニューである様子に、少し拍子抜けする。

ただ、「夜限定メニュー」とも書かれている。

まずは小樽の街並みを見て楽しまないと、これを飲ませてもらえないような感覚に陥り、散策することに。

運河通りを歩いてから、ガラス工房を見て、観光客価格の海鮮丼をあえて食べ、小樽駅に戻った。

 

可否茶館に入り、席に座る。

「レインボーラテをお願いします。」

「はい。」と店員さん。

5分ほどで、それはすぐに出てきた。

 

虹だ。

それは、本当に虹色をしたラテだった。

ホットのカフェラテの上に、虹色のラテアートが施されている。鮮やかだ。

ラテの表面に、葉が一枚、描かれている。根の部分は緑だ。葉の細部が、上部に行くにしたがって、赤色、黄色、紺色と、グラデーションを演出するように重なっており、一枚の虹色の葉になっている。その葉の周囲を、水色の、水滴のようにもオーラのようにも見える模様が包んでいる。

 

その時、隣の席の、男女二人組の声が聞こえた。

 

「虹だ。」

「お祝いに丁度いいね。」

「盛大なお祝いじゃないから、ちょうどいい。」

 

二人は写真を撮っていた。

写真に映える一杯であることは間違いない。

 

打ち明け話のお寿司屋さんのカウンター。秘密の話をするバーのカウンター。そして、少しリラックスして、雑談交じりに、自由を得られる感覚に陥れる、居心地のいい喫茶店。

いつも思うことだが、これらは、どれも同じだと思う。

本質は、普遍的で、きっと同じだ。

場所と、口に運ぶ物体が違うだけで、そこにあるのは「雰囲気」だ。

この雰囲気だから話せること。この雰囲気だから祝えること。この雰囲気だから切り出せること。そういった会話の糸口を、多くの外食店は作っている。

そしてその中でも、喫茶店というのは、大がかりな料理店よりも、もっと「ほんの小さな何か」に、とてもよく似合う。そういう気がする。

 

また、隣の席の男女の会話が聞こえてくる。

 

「虹を飲むなんて、もったいないほど綺麗。」

「飲む前に、シュガーを混ぜただけで消えるよ。」

「なおさら飲めない。」

「虹を消せる珈琲でもあるね。」

 

盛大ではない小さな喜びが、このカップの中にはあるのだろう。

カフェラテを飲む時に、「絵が消えてしまうからもったいない」という人がいる。

ここ数年のカフェラテは、バリスタ達の間で、ラテアートの腕を競う大会まであるほど、精巧に作り込まれた物も多い。

もしかすると、ここで出された“虹入り”のラテは、そういった類の頂点かもしれない。

 

レインボーラテは、味には大きな驚きはなかった。

だが、とても濃厚なカフェラテだった。

最後の一滴を飲み干し、代金を払い、店を出た。

外は夜になっていた。駅の中からは、小樽の街並みが幻想的に光っている。

 

「盛大なお祝いじゃないから、ちょうどいい。」

その言葉が、妙に印象に残っていた。

盛大じゃない祝いごと。盛大じゃない悔しいできごと。

毎日が派手な生き方より、そのどちらもがたくさんある。そんな人生がいいなと思った。

何色ものグラデーションのように、ささやかな出来事を、何重にも飲む。何重にも飲むを、何回もできる。そんな人生がいいなと思った。

 

この日、僕が飲んだのは、虹の色をした珈琲ではない。

虹の色をしていることで、写真に映える珈琲でもない。

それは確かに、虹の味がする珈琲だった。

そんな珈琲があることを知った、ささやかな、盛大じゃないうれしさの日に。

 

 

可否茶館 JR小樽駅店
北海道小樽市稲穂2-1-22 JR小樽駅
(※レインボーラテは、現在は提供休止中となっているようです。)

 

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本島修司

北海道生まれ。文筆家。大学在学中から、物を書くこと中心の暮らし。エッセイ、仕事論、競馬論などを中心に執筆。
主な著書に、『自分だけの「ポジション」の築き方』(WAVE出版)、『競馬 勝者のエビデンス』(ガイドワークス)、『この知的推理ゲームを極める。』 『Cafe’ドアーズと秘密のノート』(総和社)など。
■本島修司 公式ホームページ:http://motojimashuji.com/

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