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本屋の時間

2019.02.15 公開 ポスト

第55回

インフルエンザに学ぶ辻山良雄

(写真:iStock.com/efetova)

開店以来三年間、ずっと大した病気なしでここまでやってきたのだが、先日インフルエンザにかかり、店を数日休むことになった。医者から「インフルエンザです」と診断されたとき、思いもかけず安堵感に包まれ、体じゅうから力が抜けていった。「もうじたばたしても仕方がない」と思ったのだ。
 

店を続けるうえで一番大切なことは、「健康な体でそこにいること」につきる。店を続けていくあいだには、うまくいかないときもあるし、何かトラブルに見舞われることだってある。しかしそこにいることさえできれば、打開策を思いつくかもしれないし、トラブルにだって対応は可能だろう(そして健康でなければ、それは難しい)。だから店をはじめてからというもの、万全な状態で店にいることを前提に、そこから逆算して考えた行動をとるようになった。

以前は、自転車で30分かけて店まで通っていたが、交通事故に遭うリスクを減らすため、二年前から店の近所に引っ越した。交差点を渡るとき、車が飛び込んでこないか何回も確認する癖が身についたが、すべては「物事がそこで止まってしまわない」ためである。イベントの打ち上げ以外、酒席に出ることも少なくなり(そもそも時間的に無理なのだが)、生活は実に勤勉そのものである。

 

 

 

しかし無理をせず休むことも、時には必要だ。店の営業時間を記すことは、「その間は店を開けている」と、お客さんと約束を交わすことであり、それを破ってはならないとこれまでかたくなに考えてきたが(もちろんそれが基本なことは変わらないが)、個人の替えが効かない以上、時には自分を大切にすることも必要である。このたび、数日休んだあと店に戻ってきたとき、どこで知ったのだろうか多くのお客さんに労りのことばをかけてもらい、なぜだか差し入れまでいただいてしまった。休んだとしても理解してもらえる関係性こそがその店の見えない力なのだと、しみじみと思い至った。

 

今回のおすすめ本

『THE ABSENCE OF TWO』吉田亮人 青幻舎

身の回りにいた二人の人物の不在。その理由はわからないままでも、フィルムにはそのむせび泣くような感情が写しとられている。誰がシャッターを押しても、その写真は同じものにはならない。そうした〈撮る行為〉そのものを考え起こさせる写真集。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年10月4日(金)ー 2024年10月22日(火)Title2階ギャラリー

柊有花『旅の心を取り戻す』展

柊有花 詩画集『旅の心を取り戻す』(七月堂)の刊行を記念した展示を行います。イラストレーター・詩人として活躍中の柊さんらしい、絵と言葉の展示です。「旅」というテーマで作ったこの本を起点に、さらにイメージが広がる空間が広がります。会場では新刊の詩集のほか、展示に併せて制作されたグッズや、作品の販売も行います。
 

◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
 

【書評】NEW!!

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

 

【お知らせ】NEW!!

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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