

先日、グラフィックデザイナーの寄藤文平さんがパーソナリティーを務めているラジオ「渋谷のナイト」にゲスト出演しました。3時間弱ある番組なので「何を話せばよいのだろう」と依頼を受けたときは不安でしたが、終わってみればあっという間で、寄藤さんが選曲された音楽の、半分もかけられなかったほど話がはずみました。
ラジオがはじまってしばらくは店の話をしました。驚いたのが、寄藤さんはTitleが開店した当初、そのロゴを見ただけで「これはよくある〈おしゃれブックストア〉とは違うらしい」と思ったということです。「Titleのロゴは、棒が縦に4本まっすぐに伸びていて、その横に丸く小文字の〈e〉がある。デザイナーのセオリーでは、その〈e〉は他の文字に合わせて縦長にしてまっすぐに並べるところですが、Titleの〈e〉は一つだけ丸くて、しかも少し斜め上を向いている。これは本来ありえないことなんですよ……」と、そのロゴがいかに定石から外れたものかを、寄藤さんは10分以上にわたり力説していました。
実は店のロゴを作るにあたって、製作者である画家のnakabanさんと議論になったのも、この「e」でした。丸い形ははじめから決まっており、他の文字と同様まっすぐに並んでいたのですが、それを少し崩したいとある日nakabanさんからメールがありました。「これでもじゅうぶん良さそうだけど……」と思いましたが、そのあとすぐに届いたロゴの案には、崩すことで何かしらの隙を発生させた、「人格のようなもの」が生まれていました。
「この〈e〉が、ほかの4つの文字と均等にあるロゴであれば、ぼくはTitleがこんなに成功していなかったと思うな(笑)」。と寄藤さんは言いましたが、本屋の品揃えもまさに同じであり、様々な隙や雑味を含みながら、全体のトーンを整えていくものです。同じ趣向やジャンルで整えられた店は一見美しいですが、そこに含まれる思考の幅は狭くなり、再訪しようという気持ちが起きにくくなります。ロゴを見ただけで、その背後にある店づくりの哲学を直観した寄藤さんはすごいデザイナーだなと改めて思いましたが、「やっぱりこれからは画家だな……」とずっと悔しがっていました。
いい仕事は細部に宿るといいますが、それを行う人、見抜く人の凄みを垣間見た瞬間でした。
今回のおすすめ本

音楽家で文筆家の寺尾紗穂さん。弱きものの声を丹念に聞き取ったノンフィクションがこれまでの作品には多かったが、この本は「身のまわり」を綴った待望のエッセイ集。文章、装丁ともに美しく、澄んだ歌声が聞こえてきそうな一冊です。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年8月9日(土)~ 2025年8月26日(火)Title2階ギャラリー
岡野大嗣と佐内正史の写真歌集『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社刊)の刊行記念展。佐内正史の手焼き写真5点の展示販売、岡野大嗣の短歌と書き下ろし作品などなど、本書に描かれる夏の日が会場にひろがります。短歌×写真のTシャツ「TANKA TANG」ほか刊行記念グッズの販売もございます。ぜひ足をお運びください。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。