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第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話

2017.12.31 更新 ツイート

ベートーヴェンの死後20年、「第九」の真の価値を世に知らしめる能力を持った男が現れた中川右介

ベートーヴェンの死(1827年)から「第九」の本当の不滅の生涯は始まる。だが各地で演奏はされていたものの、いまひとつその評価は定まらなかった。難曲すぎて演奏面での拙さもあったらしい。演奏史上の初期の功労者は、指揮者のアブネックとメンデルスゾーンのふたりだがもう一人、天はこの男を準備していた。(『第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話』中川右介

ベートーヴェンの葬儀は3月29日の木曜日。当日は学校が休みとなり、1万とも2万とも言われる人々がベートーヴェンの自宅周辺に集まり、葬列が教会までの200mほどを進むのに1時間半以上もかかったという。ウィーンでの空前絶後の葬儀には、皇帝をはじめとする貴族たちはほとんど出席しなかった。市民による葬儀だった。

 

一八四六年、ニューヨーク――フィルハーモニック

 一八四六年、「第九」は大西洋を渡った。

 ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏会に登場したのである。五月二十日のキャッスル・ガーデンでのコンサートで、ジョージ・ローダーの指揮のもと、歌詞は英語に訳されて歌われた。これがアメリカ初演、ニューヨーク初演、そしてニューヨーク・フィルハーモニック初演だった。

 ニューヨーク・フィルハーモニックは、ウィーン・フィルハーモニーと同じ一八四二年に結成された。ヴァイオリニストで指揮もしたウレリ・コレッリ・ヒルが、友人、知人の音楽家たちに呼びかけて、「ザ・フィルハーモニー・シンフォニー・ソサエティ・オブ・ニューヨーク」を結成、これがこんにちまで続くニューヨーク・フィルハーモニックの起源とされる。

 このソサエティは協同組合組織で、会員たちがお金を出し合って演奏会場を借り、諸経費を払い、コンサートを開いたのだ。利益が出れば会員たちに配分された。当初は年に四回の演奏会が開かれていたが、ほとんど利益は出ず、アマチュア音楽家の趣味の同好会的なものだった。会員も固定されていなく、演奏会のたびに募集されていた。

 そのフィルハーモニー・シンフォニー・ソサエティの五年目のシーズンに「第九」が登場したのである。しかし、この時もまだニューヨーク・フィルハーモニックは、こんにちのような常設の楽団ではない。とてもプロの楽団とは言えないが、それでもニューヨークの、つまりはアメリカ合衆国全体のなかでは高水準の演奏団体だった。

 十九世紀半ばのこの時点では、ウィーン・フィルハーモニーも年に数回の演奏会を開いていただけで、ベルリン・フィルハーモニーはまだ結成されていない。オーケストラはヨーロッパの各都市に存在したが、それらは歌劇場の専属あるいは宮廷楽団であり、日常的にはオペラや宮廷の行事で演奏していただけだ。ライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団のようなシンフォニー・コンサート専門の常設オーケストラは、まだごく僅かしか存在していない。

「第九」は、それを演奏するオーケストラよりも先に誕生していたのだ。

「第九」を音にできるオーケストラは一八四〇年代になって、ようやく誕生した。しかし、「第九」を指揮できる真の指揮者は、メンデルスゾーンぐらいしかいなかった。そのメンデルスゾーンは、一八四七年三月を最後にステージに姿を見せることはなく、この年の十一月に三十八歳の短い生涯を終えてしまった。すべてに恵まれた音楽家に、天は長寿だけは与えなかったのである。

 このまま「第九」は、得体の知れない長い曲として、理解されないまま埋もれてしまうのだろうか。

 いや、そうはならない。

 天は、準備していた。「第九」の真の価値を世に知らしめる能力を持つ男が待機していた。その男はメンデルスゾーンが亡くなる前年、一八四六年に「第九」を指揮し、大成功していたのだ。

 その名を、リヒャルト・ワーグナーという。

 

※続きはぜひ『第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話』(中川右介著)をお手にとってお楽しみください。

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中川右介『第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話』

クラシック音楽において「第九」といえば、ブルックナーでもマーラーでもなく“ベートーヴェンの”交響曲第九番のこと。日本の年末の風物詩であるこの曲は、欧米では神聖視され、ヒトラーの誕生祝賀、ベルリンの壁崩壊記念など、歴史的意義の深い日に演奏されてきた。また昨今は、メータ指揮のN響で東日本大震災の犠牲者追悼の演奏がなされた。ある時は祝祭、ある時は鎮魂――そんな曲は他にない。演奏時間は約70分と長く、混声合唱付きで、初演当時は人気のなかったこの異質で巨大な作品が「人類の遺産」となった謎を追う。

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第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話

ヒトラーの誕生祝賀、ベルリンの壁崩壊記念など、欧米では歴史的意義の深い日に演奏されてきた「第九」。祝祭の意も、鎮魂の意も持つこの異質で巨大な作品が「人類の遺産」となった謎を追う。

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中川右介

1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。出版社IPCの編集長として写真集を中心に美術書を編集、ソ連の出版社とも提携した。後、出版社アルファベータを設立し、代表取締役編集長に(2014年まで)。ドイツ、アメリカ等の出版社と提携し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガなどの分野で旺盛な執筆活動を続ける。おもな著書に『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』『坂東玉三郎』『カラヤンとフルトヴェングラー』(以上、幻冬舎新書)、『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『サブカル勃興史』(角川新書)、『1968年』(朝日新書)などがある。

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