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第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話

2017.12.27 更新 ツイート

ベートーヴェン53歳の作品「第九」の構想は、22歳の彼の脳裏に芽生えていた中川右介

クラシック音楽において「第九」といえば、ブルックナーでもなくマーラーでもなく“ベートーヴェンの”交響曲第九番のこと。演奏時間は70分と長く、混声合唱付きで、初演当時は人気のなかったこの作品が「人類の遺産」となった謎を追う。(『第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話』中川右介

 

「第九」はいつ書き始められたのか

 後に「第九」と呼ばれ、音楽史上、そして音楽市場最大の作品となる交響曲が、ベートーヴェンの脳裡(のうり)に浮かんだのはいつだったのだろう。

 確認できる最も早い時期は、一七九二年十月、二十二歳になろうとするベートーヴェンがボンを出てウィーンで暮らす直前のことだ。彼は友人に「シラーの頌歌(しょうか)《歓喜(かんき)に寄(よ)す》に曲をつけたい」と話したという。この時点では、交響曲にしようとは考えていない。そもそも一七九二年時点のベートーヴェンは、声楽曲は書いていたが、交響曲はまだ一曲も書いていない。

 《歓喜に寄す》はシラーが一七八五年、二十六歳の年にドレスデンで書いた詩だ。フランス革命の四年前である。革命に直接の影響はないが、そういう時代精神を背景として書かれたものだった。書かれた翌年の一七八六年にはドイツの各都市で書き写されたものが出回っていたらしく、十六歳になる青年ベートーヴェンもこの時点で読んでいたと推測される。そして彼の脳裡に、これを音楽にしたいとの思いが芽生えるのである。

 友人に宣言した後、ベートーヴェンの頭の中では、このアイデアが浮かんでは消えていたことになる。確認できるものとしては、一七九八年と九九年のスケッチ帳に、《歓喜に寄す》の一節にメロディを当てた、その断片が書かれているが、これは出来上がった「第九」のメロディとはまるで違うものだ。「第九」の第四楽章のメロディと似たものがスケッチ帳に現れるのは、一七九四年から九五年にかけてで、歌曲《相愛》に似たメロディがある。

 一八〇八年に書かれた、「ピアノと合唱とオーケストラのための幻想曲」、通称「合唱幻想曲」こそが、「第九」に直接つながる「習作」とされる。習作といっても、現在でもコンサートで演奏される立派な作品である。しかし、「第九」を知ってしまった人の耳には、習作と聴こえてしまう。

 ベートーヴェンが交響曲第七番と第八番に取り組んでいる頃の一八一二年のスケッチ帳には、「歓喜、美しき神々の火花、乙女の序曲を仕上げる」など、後の「第九」につながると思われるメモが書かれている。また、この年に書かれた《シュテファン王》序曲は「第九」によく似ている。

 このように、浮かんでは消えていたものが、いよいよ具体化するのが、一八一七年だったようで、翌一八年には第一楽章のアウトラインができていた。しかし、もうひとつの大作「ミサ・ソレムニス」の仕事が始まり、さらに、ピアノ・ソナタの最後の三曲(第三十番から第三十二番)の作曲に取り掛かかったため、交響曲は中断してしまう。

 それが再燃するのは、一八二二年十月にロンドンのフィルハーモニック協会から新作交響曲の依頼が届いたからだ。経済的にも困窮(こんきゅう)していたベートーヴェンはこの話に乗り、交響曲を完成させようと考える。

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中川右介『第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話』

クラシック音楽において「第九」といえば、ブルックナーでもマーラーでもなく“ベートーヴェンの”交響曲第九番のこと。日本の年末の風物詩であるこの曲は、欧米では神聖視され、ヒトラーの誕生祝賀、ベルリンの壁崩壊記念など、歴史的意義の深い日に演奏されてきた。また昨今は、メータ指揮のN響で東日本大震災の犠牲者追悼の演奏がなされた。ある時は祝祭、ある時は鎮魂――そんな曲は他にない。演奏時間は約70分と長く、混声合唱付きで、初演当時は人気のなかったこの異質で巨大な作品が「人類の遺産」となった謎を追う。

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第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話

ヒトラーの誕生祝賀、ベルリンの壁崩壊記念など、欧米では歴史的意義の深い日に演奏されてきた「第九」。祝祭の意も、鎮魂の意も持つこの異質で巨大な作品が「人類の遺産」となった謎を追う。

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中川右介

1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。出版社IPCの編集長として写真集を中心に美術書を編集、ソ連の出版社とも提携した。後、出版社アルファベータを設立し、代表取締役編集長に(2014年まで)。ドイツ、アメリカ等の出版社と提携し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガなどの分野で旺盛な執筆活動を続ける。おもな著書に『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』『坂東玉三郎』『カラヤンとフルトヴェングラー』(以上、幻冬舎新書)、『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『サブカル勃興史』(角川新書)、『1968年』(朝日新書)などがある。

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