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ピンヒールははかない

2017.09.27 公開 ポスト

貯金してない40代って大丈夫??稲垣えみ子/佐久間裕美子

 ニューヨーク在住ライター佐久間裕美子さん(『ピンヒールははかない』)と、東京在住アフロライター稲垣えみ子さん(『寂しい生活』)による初めての対談は13時間の時差を越えスカイプで行われ、話は多岐に及びました。リーマンショックから約10年、東日本大震災から約6年、私たちを取り巻く環境が確実に変化を遂げるなか、新しいライフスタイルと新しい価値を模索する二人。ものに執着しない、お金に縛られない暮らしを謳歌する彼女たちに見える世界とは? 全2回対談の後半編です。

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佐久間 稲垣さんは元朝日新聞記者で、大阪本社や「週刊朝日」編集部、論説委員、編集委員などを経て五十歳で独立された。『魂の退社』や近著『寂しい生活』をとても面白く拝読しました。冷蔵庫も洗濯機もお風呂もない生活をされているんですよね。

稲垣 『寂しい生活』は現在の超節電生活に至る過程を具体的に描いているので、いわゆるミニマリストとかストイックといった文脈で読み解かれることも多いのですが、一番伝えたかったのは、自分が何も持ってないと逆に外の世界が拓けていくっていう、その感じなんです。

佐久間 おっしゃること、わかる感じがします。

稲垣 自分でも全く予期していなかったことだったので、あまりにも面白すぎて誰かに聞いて欲しくてしょうがなかった。例えば近所を歩いてて立派なお屋敷でお花が咲いてると、「私のためにお花をありがとう」みたいな気持ちになる(笑)。まあ完全に妄想なんですけど。でも自分で何を思うかは自由だから。自分に何もないからこそ、その先の豊かな世界とつながれるようになるんですよね。

佐久間 私もレベルは少々違うものの、7年前くらいから化粧をやめその後しばらくしてスキンケアをやめ、そして最近肉をやめました。

稲垣 結構いろいろやめてますねー(笑)。

佐久間 考えてみると、そうですよね。突然やめるというよりは、段階的に少しずつだったり、ちょっと復活させたりとか、動きはいろいろあるんですけど。

稲垣 私はもともとは自分のために物を買うことが豊かさだと信じ込んでいた方なんです。それが今はそういう考えが全くなくなってしまって、むしろ人の喜ぶことにお金を使うことが楽しいし面白いんですよね。

 例えば近所に世界一美味しいと思うサンドイッチ屋さんがあるんですが、自分で食べる量には限界があるので、人と会う時にお土産としても買うようになった。そうするとあげた人が喜んでくれるのはもちろんですが、閉店間際に「あるもの全部下さい」なんて大人買いを続けていたらいつのまにかVIP待遇に(笑)。クッキーとかおまけをたくさん頂くんです。これじゃあお金が減らないじゃないかと(笑)。逆に増えていく感じすらする。

佐久間 人との関係を良くするためのコミュニケーションツールとしてお金を使うといい循環が起きるのでしょうね。

稲垣 使い方によって、お金はヒットも飛ばすし悪さもするということを最近よく考えるようになりました。気持ちを表すために使うと想像以上の仕事をするけれど、「自分はこれだけ払ってるんだからサービスされて当然」みたいな態度をとるとたちまち下品な世界が待っている。執着すると離れていくし、そうなると不安が募ってより執着する。なかなか手ごわい存在です。

自由とお金の関係。貯金してない40代って大丈夫??

佐久間 私もかつて会社員を経験しましたけど、6年くらいで脱落しました。でも稲垣さんは長く大企業で働いてこられて、その頃と今とで考え方は変わりましたか?

稲垣 会社員時代、自分は組織に属しているけれど自由に振る舞っているんだと勘違いしている部分がありました。でもそれは今思えばかぎかっこ付きの自由で、生き死にの大事なところは会社に握られていたと思います。でも会社から給料をもらっている以上、それは当然のことでもある。逆に言うと、そのギリギリのせめぎ合いが会社員の醍醐味だと思うんです。鍛えられたし、矛盾の中でできることを追求するというのかな、本当にいい経験をさせてもらいました。ただ会社にいた時、今感じている爽やかな気持ちの自由があったかというと、それはそうじゃなかったと思いますね。

佐久間 少しずつ行動を起こして少しずつ自分が変わるなかで、自分が自由だと思っていたものが実は自由ではなかったと気づく感じかもしれないですね。

稲垣 佐久間さんは「自由人になりたかった」ってご著書に書いてらっしゃいますよね。それでニューヨークに行った?

佐久間 大学のゼミの先生が「自由人」という言葉を口にして、その時、そうか「自由人」になることを目指していいんだって許可をもらった気がしたんですよね。

稲垣 今日伺いたかったのは、それで佐久間さんは自由人になったのかってあたりだったんです。自分のことをまず言うと、私は自由ということの意味をずっとはき違えていて、それこそお金をたくさん稼いで好きなものを買えたり、好きなところに行くのが自由だって思ってきた。で、それは実は違っていたんじゃないかと気づいたのがごく最近のことです。

佐久間 自由でありたいと思いながら、全然自由じゃないことって多々ありますよね。ただ、私の場合はうまい具合に遊びと仕事が一緒になってて、だから月に一回は自分の好きな場所に取材という名の下、旅に出ることができたりします。そういう意味では自由人みたいな働き方、生き方をしてるように見えるかもしれないけれど、一方でこんなことを続けてていいのかって思うこともあって。貯金をしていない四十代半ばって大丈夫か?? とかね。老後一人かもしれないし、お金はあった方がいいかもと思ってやりたくない仕事を引き受けたり。自由を邪魔するものを自分で作って後悔したり。そんな葛藤の繰り返しです。

つながりをたくさん持つと自由になる

稲垣 『ピンヒールははかない』で印象的だったのは、大怪我をして入院した時、意外となんとかなったという話。老後も一緒なんじゃないかと勇気づけられました。組織に属さず結婚もしてないと、メインの依存先がないわけです。その分、佐久間さんには一方的な関係じゃない、互いに何かあった時に頼りにし合える友達が複数いる。依存先をたくさん持つことで、一人で生きるリスクを分散できるというか、それが自由なんじゃないかって思いました。

 会社員時代、私は会社に超依存してて、給料も人間関係もプライドも自分の全てが会社にあった。だからそこを離れるのは勇気が必要だったけれど、今は近所の人やいろんなレベルでの付き合いがあって、妙な安心があります。誰か一人とか一カ所に頼るのではなく、つながりをたくさん持っておく。そうすれば老後も大丈夫って思います。

佐久間 確かにあの怪我の経験は大きかったです。退院後にうん百万円の請求が来て、正直数字に強くないのでよく呑み込めなかったけど(笑)、何はともあれ私は普通に生きているし、冷蔵庫には食べ物もあった。そしてみんなが助けてくれるってことがわかりました。

 こんなことを言うのはおこがましいですけど、みんなうちに来ると帰らないんですよ。片づけとかしてくれながらだらだらお酒とか飲んで喋って。そういう時間の使い方があるってことを、あの時思い出した。怪我する前は結構自由なつもりで好き勝手をやっていたけど、それでも時間に縛られていたことに気がつきました。

稲垣 人って実は人に対して親切にしたい欲求があるんでしょうね。私も会社を辞めたあと、地方に住む友達が「遊びに来い」「泊まってけ」ってすごく親切にしてくれます。会社員時代は言われなかったのに(笑)。

佐久間 私はホテルが苦手なのでいつも人んちですよ。一緒にご飯を作って食べて。ホテル代が浮く分、いいワインを買って行って。うちにも泊まりに来るし。世界のあちこちに家がある感じです。

 人との距離は、もっと近くなればいいって思ってます。よく日本人は冷たいと言われるけど、怪我した後に松葉杖で日本に一時帰国した時、町中で知らない人たちが想像していたよりずっと親切にしてくれました。でも最初躊躇があるんですよね。親切なのに、親切にすることを少し恐れる感じ。

稲垣 持っていない人の方がより躊躇なく人に親切にできるかもしれないですね。持っていないから失うことを恐れてないし、助けられる経験をすると自分も助けようと思うし。人と関わり合うことを恐れなくなると、絶対そっちの方が楽だし面白くなる。

自分を引き受けてるか。人のせいにしてないか

稲垣 日本は経済成長でみんなが豊かになったからこそ、親切すら躊躇するほど人と分け合う経験をなくしてしまったのかもしれない。そう思うと、これから社会が貧しくなることを怖がらなくてもいいのかもしれません。なくしたものが蘇る可能性があるんだから。

 もうひとつ佐久間さんに聞きたいと思ってたことがあって、それは『ピンヒールははかない』を読むと、ニューヨークの人はいわゆるインディペンデントというのか、正直ガツガツしてるって思ったけど、その分、自分で自分を引き受けている感じがしたんです。自分のダメなところもわかっていて、だから助け合うこともできるという、そのバランスが強さに思えました。

 日本って、「今のあなたじゃダメ」というメッセージが溢れてる印象があります。でもどうダメかわからないから、横見たり上見たりして少しでも自分が凹んだ所に落ち込まないようにひたすら力んで、意味のわからない閉塞感を覚える。だから自分で自分の責任をとろうという感じを持ちにくくなっていて、最終的に被害者モードに陥ってるような。

 ニューヨークの人たちは欲深く生きてるけど、自分の足で歩いてる感じがするんですよね。その差ってどこから来るんだろう。佐久間さんの周りの人がそうなのか、全体としてそうなのか。

佐久間 私の周りにそういう人が多いのは、私がそういう人たちを好きだから、っていうのはもちろんあると思います。でも一般論としてニューヨークは、出身のコミュニティに馴染めなかった人が目指す場所でもあるので、例えばLGBTQIAの人もそうだし、趣味趣向が変わってる人とか、アーティストスクールキッズとか、いろんな人が狭いコミュニティを抜け出して向かってくるんですよね。ニューヨークだったら受け容れてくれるだろうと思う。私がかつてニューヨークに抱いたイメージがそうだったし、実際10代の頃にニューヨークのクラブに行ったらすごくて。ありとあらゆる人種、変わった人たちが好きな格好をして自分大爆発みたいな感じで楽しんでいるのを見て衝撃だった。この人たちは田舎に帰ったらきっと行く場所がないかもしれないけど、ニューヨークは誰でも受け容れてくれるって。どんな変わってても、しっぽがついてても、ここだったら大丈夫って。ニューヨークのアイデンティティとして、それは感じます。

稲垣 『ピンヒールははかない』に「あなたはあなたのままでいい」というフレーズが出てきて、それがすごくいいなあと思ったんですけど、それは町のアイデンティティでもあるんですね。

一人で死んでいいじゃない

佐久間 あとアメリカに来た当初よく言われたのが、謙遜をやめなさいって。運動は得意じゃないとか、料理は得意じゃないとか、自分を卑下するようなことを言うと、先生や上司や友達から悪い癖だよって指摘されました。文化の違いとしてあるかもしれないですね。アメリカのいいところなんですが、例えば歌がうまい子がいると、みんな「うまいね」って褒めてくれるんです。そうやってちょっと出来る子はどんどん伸びる。自分が自分を信じることがどれだけ大事かというのは、アメリカから教えられたことです。

稲垣 日本の場合、自分が何を欲しいとか、何が得意とか、人生をどうしたいとかっていうコアの部分が混乱してしまっているから、お金さえあればって、お金だけを神様のように信じているのかもしれない。本当のところお金はひとつの手段に過ぎないけど。

佐久間 確かなものがお金……。

稲垣 お金じゃなくて自分を信じることの方がずっと大事なのに。でもそのことに、私自身も会社を辞めて初めて気づいたわけです。大きな組織でいろんなスペックに囲まれている時は、自分のことがわかるようでわかってなくて、身ぐるみはがされて初めてわかった。

 ニューヨークに集まる人たちは、いろんなものを捨てて覚悟を決めてるからインディペンデントに生きられるのかもしれない。『ピンヒールははかない』というタイトルには、あらゆる方面にいい顔をして完璧な自分で生きるんじゃなくて、ある種の可能性を閉じて開き直って生きるというような、自分でリスクを引き受ける覚悟を感じました。

 すべての可能性を手にした方が幸せになれると思いがちですけど、逆にそうすると大きなものに振り回されて自分を見失ってしまう。それよりも、自分が求めるもの以外とは決別した方がむしろ幸せなのかもしれない。

佐久間 電気もそうだし会社もそうだし、稲垣さんはたくさん捨ててますもんね。捨てるものの存在が大きければ大きいほど解放感も清々しさも大きいのだろうな。

稲垣 何も持ってなくて、自分に足りないものがある状態って寂しいんですよ。寂しさってネガティブな言葉で、現代人が一番恐れていることだと思うんです。孤独死だけはしたくないとか、よく言うじゃないですか。でも私は一人で死んでいけるってすごくいいって思う。家族に頼るとか誰かに看取ってもらうとか、誰かに委ねてしまうと自分の死についてシビアに考えなくなると思うんですね。でも一人だとそこから逃げられない。だからこそ一人でどう死ぬかを中心にどう生きるか考えればいいわけで。人にとって一番怖いものにこそ、一番可能性があると思います。

みんなが思う「絶対」にしがみついてないか

稲垣 失うことがずっと怖かったんですが、失くせばそれだけ得るものがあって、得ればそれだけ失うものがあって、それって等価なんだと気づいてから生きることが怖くなくなりました。だから「得れば解決」ではなくて、自分が何を選ぶか。選んだことに対して人のせいにしないで自分で責任をとる。その軸がぶれなければ、閉塞感とは無縁に生きられる。間違ったらやり直せばいいんだし。

佐久間 閉塞感、つらいですよね。とくに日本で働く若い女性たち。一生懸命真面目に働いて、結婚しないと老後ひとりで寂しいって強迫観念を植えつけられて生きてる人たちが多いように思えて、せめて閉塞感くらい捨てたらいいんちゃうって言いたい。閉塞感は簡単に捨てられるよって、みんなで捨てようって。

稲垣 若い子から相談された時のアドバイスってありますか。

佐久間 一番捨てたいのは思い込みですよね。お金がなくなったら困るとか。結婚しておかないと老後が不安とか。安定が大事とか。みんなが思っている「絶対」は絶対じゃないというのが私の答えです。絶対だと思うとそこにしがみついて、自分で閉塞感を作ってしまうから。私自身、「それって思い込みじゃない?」って、自分にツッコミを入れながら日々やってます。

 そうそう、ツッコミといえば、車を手放したいと思いながら、なかなか踏み切れてないんです。

稲垣 確かに車を手放す時、私も悲しかったけど、同じくらいの解放感がありましたよ。もちろん日本とニューヨークとでは事情が違うでしょうが、自転車生活に着替えるとか?

佐久間 市内は大雨が降ってない限り自転車です。でもニューヨークは車検も簡単で維持も楽なので、今はマイカーを持ってる方が安上がりなんですよね。シェアリングカーがもう少し進化したら手放すかな……。要る要らないって納得するまで自分にツッコミ入れながら会話して、毎日が修行だなって思います。

(「小説幻冬」10月号では本対談の短いバージョンもお読みいただけます。)

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稲垣えみ子

1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業。朝日新聞社入社。大阪本社社会部、「週刊朝日」編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめ、アフロヘアの写真入り連載コラムや「報道ステーション」出演で注目を集めたが、2016年1月退社。その後の清貧生活を追った「情熱大陸」などのテレビ出演で一躍時の人となる。著書に『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』『魂の退社』などがある。

佐久間裕美子

1973年生まれ。ライター。慶應義塾大学を卒業後、イェール大学大学院で修士号を取得。98年からニューヨーク在住。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。アル・ゴア元アメリカ副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の有名人や知識人にインタビューした。翻訳書に『日本はこうしてオリンピックを勝ち取った! 世界を動かすプレゼン力』『テロリストの息子』、著書に『ヒップな生活革命』『ピンヒールははかない』がある。最新刊はトランプ時代のアメリカで書いた365日分の日記『My Little New York Times』。

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