
(photo : 齋藤陽道)

本屋にとっての特別な時間は、大抵は本が売れた時から始まります。どんな本が売れても嬉しいのですが、ずっと長い間そこにあり、「どうしようかな」と思っていた本が売れた時など、気持ちの良いものです。棚を見ている時に「ずっとこの本ここにあるけど、そろそろ返品しようか……」とぼんやり思った日に、その本が売れていくような、ジンクスめいたこともしょっちゅうあります。
その本のことをどこかで気にかけると、それが不思議と手に取られるということはあるものです。この間も「植本一子の本を買う人は、大概が一人で来店した女性、それも決まって静かにそっと本を出される……」という書評文を書いている横から『家族最後の日』(太田出版)をお持ちになる女性がいたので、「見てたの?」と一人で可笑しくなってしまいました。
本が売れるのが嬉しいのは、もちろんそれが売上に繋がるからということもありますが、本屋の立場からすれば、「本は売れてこそ、その役割を全うした」ということが言えるからだと思います。棚に一冊ずつ並べられている本は、それを読んでくれる人を常に待っています。どんなにその本の中に良いことが書かれていても、それを読む人がいなければ、その本はまだ完結したとは言えないでしょう。難しい、マニアックだなどの理由から「この本、誰が読むのかな」と思いながら仕入れた本でも、それが誰かに売れていけば、出合いの確率が稀なだけに、見ている私も嬉しくなります。
また本屋では、基本的には本の売り買いを通してしか、人との関係を持つことが出来ません。その店に入ってきた人は本を買うことではじめて「その店のお客さま」になるし、私もはじめて「本屋の店主」になれます。本を買う/売るだけの関係ですが、買わずに店を出ていかれる人とは、その関係は存在しません(だから少しだけ淋しく思うのです)。もちろんどこの店で何を買おうともその人の自由ですが、誰かから何かを買うことには、自分を少し差し出すようなところが常にあります。そうして出来た関係から、世の中が明るく循環していけばよいと、店を開いて思うようになりました。
今回のおすすめ本

ニューヨーク在住の著者が、アメリカ人の消費に関する意識の変容をリポートした。地産地消、「買うな」とうたう企業の広告、戻ってきたレコード熱……。どこで何を買うかは、その人の社会行動である。その最前線。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年8月9日(土)~ 2025年8月26日(火)Title2階ギャラリー
岡野大嗣と佐内正史の写真歌集『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社刊)の刊行記念展。佐内正史の手焼き写真5点の展示販売、岡野大嗣の短歌と書き下ろし作品などなど、本書に描かれる夏の日が会場にひろがります。短歌×写真のTシャツ「TANKA TANG」ほか刊行記念グッズの販売もございます。ぜひ足をお運びください。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。