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不寛容という病 バッシングが止まない日本

2017.05.05 公開 ツイート

「生活保護なめんな」の背景にあるもの(後編)

生活保護受給者への視線に垣間見る「日本人の不寛容な資質」。 岩波明

生活保護受給者の世帯を、社会福祉の職員が「保護なめんな」と書かれたジャンパーを着てまわったというニュースは衝撃的だった。
許せない!と憤慨すると同時に、実は、あのニュースを通して、自分の中の「不寛容さ」に気づいた人も多かったのではないだろうか?
この背景には、不正受給者だけでなく、受給資格が“グレーゾーン”の人が保護を受け続けている、という現実がある。この“グレーゾーンの人”に対して不寛容さを示すことが多いと、精神科医・岩波氏は言う。


   *   *   *

「保護なめんな」のジャンパーを着て、
受給世帯を訪問した福祉行政職員

 平成29年1月に小田原市で明らかとなった「事件」は、福祉行政の担当者が自ら、生活保護者をバッシングしているともとれる異例の内容であった。神奈川新聞は、これは次のように伝えている(平成29年1月18日)。
 
 小田原市の生活保護担当職員が、ローマ字で「保護 なめんな」などとプリントしたそろいのジャンパーを作成、受給世帯の訪問時など勤務中に着用していたことが17日、分かった。市は「職員の連帯感を高揚させるために作成した」と釈明する一方、「不適切な表現」として着用を禁止した。
 ジャンパーは黒色で、左胸に「保護 なめんな」とのローマ字や「悪」の字に×印を重ねたエンブレムが、背面には「SHAT」(生活・保護・悪を撲滅する・チーム)の文字と「私たちは正義だ」「不正受給をし 市民を欺くのであれば 私たちはあえて言おう 彼らはカスだと」などを意味する英文が黄色でプリントされている。
 市によると、2007年7月、受給者が窓口で職員3人を切りつけるなどした傷害事件が発生。職員の連帯感を高揚させようと当時の係長が中心となってジャンパーを作り、これまでケースワーカーら計64人が自費で購入したという。

 記事にもあるように、このジャンパーには、「我々は正義。不正を見つけたら追及する。私たちをだまして不正によって利益を得ようとするなら、彼らはクズだ」と不正受給を批判する内容の英文が記されていた。小田原市は、いったんは、「自分たちの自尊心を高揚させ、疲労感や閉塞(へいそく)感を打破するための表現だった」と釈明したが、その後、会見で、「ご不快な思いをさせてしまって深くお詫びをさせていただきます」と謝罪し、職員に対してこのジャンバーの着用を禁止した。
 当然ながら、この事件に関して、小田原市には批判が殺到した。たとえば、みわよしこ氏は次のように述べている。

「それにしても、正直なところ「また?」という印象だった。小田原市に限らず全国で、生活保護の申請に行った人々や、生活保護を受給している人々から、「生活保護ケースワーカーや相談員に困らされ、泣かされ、屈辱を味わわされている」という話を、私はあまりにも度々耳にしているからだ」(みわよしこ ダイアモンドオンライン2017.2.10)。

 また、NPO法人POSSE代表の今野晴貴氏は、小田原市の事件に関連して、福祉行政によくみられる違法行為・人権侵害として、(1)水際作戦、(2)命を脅かすパワーハラスメント、(3)貧困ビジネスとの連携、の三点をあげている。水際作戦について、今野氏は、次のように述べている。(生保行政に蔓延する違法行為 小田原の事件は氷山の一角に過ぎない 今野晴貴 Yahooニュース 2017.1.19)

 「水際作戦」とは、生活保護を申請しようとする生活困窮者を、行政が窓口で追い返すことである。(中略)
 そのやり方は、「若いから働ける」「家族に養ってもらえ」「住所がないと受けられない」などの理由をつけて「申請書を渡さない」という方法が主流だが、「申請書を受け取らない」という、より悪質な手法もある。

 さらに(2)については、「生活保護受給者に対し、行政が保護の打ち切りをちらつかせて、時に死の恐怖を味わわせながら圧迫する行為」をさし、実際に受給者の細かいプライバシーにまで立ち入ることもあるという。


精神疾患による生活保護受給者への視線は、
不寛容になりがち?

 精神科医にとって、生活保護との縁はかなり深いものがある。というのは、精神科の主要な疾患である統合失調症は、慢性、進行性であり、病状が進むと通常の社会生活が困難になるケースが多いからである。
 彼らは家族の援助で暮らしている場合もあるが、生活保護や障害年金によって生活しているケースも少なくない。統合失調症に限らず、慢性的な重い病気のために仕事をすることができない人たちが生活保護を受給することについて、異論を唱える人はあまりいないと思う。
 ただ、かつての生活保護に対するまなざしは、明言されることはなかったものの、「恵まれない人」に対する国家による「施し」といった見方が大きかったのも事実である。表面的には丁寧であっても、役所のスタッフの態度は上から目線で威圧的なものであると感じた人は多いかもしれないし、一般の国民の見方もこれに沿ったものだったのではないだろうか。
 生活保護の受給者を「特殊な人たち」として「区別」あるいは「差別」することで、「そうでない人たち」は、ある種の「上から目線」で彼らの存在を許容し、寛容に見てきたという一面が考えられる。けれどもそれが、“グレーゾーンの対象者”となると、とたんに見方が不寛容となる。
 実際、「病気」の存在が明らかである場合は問題にはならないが、精神疾患というのは、それがはっきりしないケースも少なくない。うつ病などにおいて、「精神症状がかなり改善し、就労することが難しくなくなっている」と思われるケースにおいても、「病気が治っていないので、働けない」と主張、生活保護の受給を続けていることもある。このようなケースに対して世間の目は冷たいが、実際のところ、なかなか判断は難しい。
 生活保護を続ける要因の一つとして、実際に就労した場合の収入と、生活保護で支給される金額に大きな差がないことがあげられる。平成29年の時点において、40代の単身者の男性を例にとると、生活保護において生活費として支給される額は80160円、これにプラスして、都内23区内では53700円までの家賃の借り入れが可能となる。生活保護では税金などがひかれることはないため、合計133860円が総支給額となる。
 一方で、派遣社員として、あるいは正社員としてフル稼働で勤務しても、業種にもよるが、手取りが10~15万円程度のことも珍しくない。そうなると、苦労して働くよりも、生活保護を選ぶという人がいるのも当然である。働くことによる収入の増加が見込めないのなら、モチベーションが低下しても仕方がない。
 保護費の支給の仕方についても議論がある。現金ではなく、一部クーポンで渡すべきだという提案もみられる。また家賃の53700円という数字も、見逃せる金額とは言えない。高齢者などの例外は設けてもよいだろうが、長期にわたって都心に居住することについては、制限をかける必要があるかもしれない。
 ただ、現在の福祉事務所は、あまりに人手不足である。以前は、生活保護を受給している患者については、必ず福祉事務所のケースワーカーが主治医に面会を求めてきた。ところが最近は、福祉事務所から連絡があるのは、よほど問題のあるケースのみとなっている。つまり、福祉事務所が患者の病状についてろくに把握していない場合がほとんどだということだ。
 この章のはじめに述べたように、生活保護はそれ自体がバッシングの対象になっているとともに、行政の方針も繰り返し批判されてきた。多くの人を納得させるシステムを作るには、知恵者を集めてかなりの検討が必要であることは明らかであり、されにそれを維持するためには、相当のコストを覚悟しないといけないことは、皮肉な現実である。
 そして、忘れていけないことは、“感情的な不寛容さ”が、この微妙に判断しにくい判断には入りがちだ、ということである。

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岩波明 精神科医

1959年神奈川県生まれ。東京大学医学部医学科卒。 精神科医、医学博士。 発達障害の臨床、精神疾患の認知機能の研究などに従事。都立松沢病院、東大病院精神科などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授、2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼務。著書に『狂気という隣人』『精神科医が狂気をつくる』『大人のADHD』『発達障害』『発達障害という才能』ほか多数。

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