1. Home
  2. 生き方
  3. 私は演劇に沼っている
  4. みみっちい愛で捨てられない物と、劇場に置...

私は演劇に沼っている

2026.10.26 公開 ポスト

みみっちい愛で捨てられない物と、劇場に置いていく台本私オム(脚本・演出家)

私は今月引越しをする。

来月が更新の月で、家賃を上げるという連絡が管理会社からきたので引越すことを決意した。少し前から手狭になってきたと感じていたのでいい機会だと思った。

東京に来て16年で6回目の引越し。一般的に見ると少し多い気がする。

なぜこれだけ引越しをするのかというと、どんどん物が増えていき広いところに引っ越さないと収納できなくなるからである。

 

劇団に所属してた時は、美術セットの階段や木で作ったボックスの箱、パンチと呼ばれる舞台上の床に敷く物などの置き場に我が家がなっていた。

演劇人でない人が見たら粗大ゴミだと思う美術道具などはもうなくなったが、物は増える一方で困り果てている。

私は物を捨てられないのだ。

よれたり縮んだりしてしまったお気に入りの服は、発展した未来でどうにか着れる方法が生まれるかもしれないし、読み終えた本や資料はいつかまた自分の役に立つかもしれないし、iPhoneの充電器はもう使えない型なのに他で流用できるのではと思い取っておいてしまう。

捨てられないのは、物を大切にするという考えからきているわけではない。

感情で説明するとすれば、憤りという感情が物を捨てさせない。

10 年着ると意気込んで奮発して買った服がよれたり縮んだりするなんて許せないし、面白いから何度も読みたいのに他に読まなければならない書籍があり優雅に復読できないし、リビングのソファでだらけて充電しながらiPhone を触れる3メートルある充電器は、買って数回しか使っていないのに型が変わってしまった。

捨てられない物は、すべて元が取れていなくて悔しいのである。

みみっちい自分の心の狭さと家の狭さは比例しているのかもしれない。

十分に元を取り、これ以上の用途はないとすぐに判断してスパッと捨てられる物もある。

それは上演を終えた舞台の台本である。

意外に思われるかもしれないが、終演した作品の台本を大切に保管するという感覚は私にはない。

当然、稽古から本番を終えるまでは大切に扱う。台本が全ての起源であるし、起こる事象の責任は台本にあると思っている。

しかし、観客の前に作品が出るとどんどん台本から世界が広がっていく。と、私は毎度感じている。「生(なま)」で人が人(観客も含む)と創っていく世界では、紙の上に書かれた文字だけでは表現しきれないものが存在する。

それはとても良いことで、演劇の素晴らしい部分だと思っている。同じことを何度もできない儚さも相まって、特別な1公演になる。役者とスタッフと観客で作品が創られていくのを目撃すると、上演中の脚本家と演出家の無力さを感じ、台本がすべてではないと思わされる。

全公演終演した作品の台本は次回の作品のダメ紙(裏面をメモとして使い、役者やスタッフへ伝えたいことを走り書きで書く紙)になり、役目をまっとうする。

読み返すことはない。生で創られた世界を知った私は紙の中だけの世界に戻らない。

心の中でありがとうと感謝の念を込めて、劇場で破棄する。演劇のために生まれた紙は劇場で終わらせるのが最大の敬意だ。

そして私は前作の何かを持ち越さずにまた次回作へと向かう。

このようなルールやルーティーンが他の物にもあれば、家に物は増えないのにな…。

(引っ越し業者から届いたダンボール。荷造りを想像しただけで気が滅入る)

引越しまであと数日。

全く荷造りをしていない。きっといろんな物を次の家へと持ち越す。

ひとつひとつと向き合って処理していかないといけない。

目標。「iPhoneの充電器は捨てる!」

 

{ この記事をシェアする }

私は演劇に沼っている

脚本家、演出家として活動中の私オム(わたしおむ)。昨年末に行われた「演劇ドラフトグランプリ2023」では、脚本・演出を担当した「こいの壕」が優勝し、いま注目を集めている演劇人の一人である。

21歳で大阪から上京し、ふとしたきっかけで足を踏み入れた演劇の世界にどっぷりハマってしまった私オムが、執筆と舞台稽古漬けの日々を綴る新連載スタート!

バックナンバー

私オム 脚本・演出家

1989年生まれ。大阪府出身。代表作は女優の水野美紀氏との共同演出作品「されど、」や映画製作予定の「忘華~ぼけ~」や朗読劇「探偵ガリレオ」などがある。身近に感じる日常にドラマを生み出し、笑いを挟み込みながら会話劇で展開する作風は各テレビ局関係者からの評価も高い。また、10代の頃から国内や海外を放浪していた経験を持ち、様々な角度から人物を描き、人間の悩みや苦悩葛藤を経ての成長に至る描写を得意とする。近年では原作のある作品の脚本演出のオファーが相次いでいる中、自身のオリジナル作品の上演を定期的に行い、多くの関係者が観劇に訪れている。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP