労働から逃げるためにエッセイストになったはずなのに、なぜか連載のために働くことになった――。
「できることなら働きたくない」。そんなナツイさんが、将来の雇用先(?)を探すべく、さまざまな単発バイトに挑戦。そして、そこで稼いだお金を使って、忘れかけていた「消費の歓び」を取り戻すことにチャレンジする体当たり連載。
今回は、ティッシュ配りのバイトで稼いだ2,700円を使って、初めての編み物に挑戦!
消費の歓びを味わうはずが、慣れない編み物に悪戦苦闘することに……。
* * *
この連載は「単発バイトに行って、エッセイを書く」「稼いだお金を使って何か新しい経験をすることで、消費の歓びを取り戻す」という目的のもと、はじまった連載だ。しかし連載がスタートしたわたしは過去の自分に対してこう思っている。「何を偉そうに」、と。
いいか過去の自分、バイトに行くのも新しい経験をするのもエッセイを書くのもお前じゃなくて、わたしなんだ。お前は、お前がわたしだとでも思ったか。だから自分の吐いた言葉に責任を持てるとでも思ったのか。でも残念ながらお前はわたしじゃないし、わたしはお前ではない。過去の自分にムカつきすぎて、今まさにアマチュアの哲学講座が開設されようとしている。
「単発バイトに行って、エッセイを書く」という、この世でも散々苦労したのに、結局あの世でも針山の上を歩かされているみたいな連載はなんだ。エッセイを書く仕事の感想として適切かどうかはわからないが、もう安らかに眠らせてほしい。閻魔大王もセルフで地獄を生み出している人間が現世にいることに、さぞかしビックリしていることだろう。
さて今回は、前回2時間のティッシュ配りによって稼いだ2,700円を使って新しい経験をしなければならない。2,700円て。前回はバイトに行きたくない気持ちで頭がいっぱいだったから「しんどい中、きちんとバイトに行って偉い」と思い込んでいたけど、2時間だけ働いて、読者の皆さまと編集者さんに「わたし、頑張りましたよね?」という顔を見せているのは流石にお仕事をなめていらっしゃるとしか思えない。
2時間働いただけのことで6000文字も文章を書いているのはエッセイストの持つ、一瞬の出来事を永遠に引き延ばす能力を悪用しているに過ぎない。アインシュタインでさえも気づかなかったことだが、光の速さに近づかなくとも、人間は時間の流れを遅くすることが可能らしい。
そもそも大人が2,700円でできる新しい経験なんてあるのだろうか。バンジージャンプなどのアクティビティは軒並み1万円以上はかかるし、何かしらの体験教室も5千円はくだらない。ソロ活動にもまったく抵抗や偏見がないタイプなので「1人◯◯」的なものも、やり尽くしてしまっている。「単発バイトに行こう!」という連載で2時間しか働かないくせに、こういうときには嘘をつかずに正直に申告するような歪な真面目さが、わたしにはある。
変なところで正直なわたしを見て「じゃあ、もしかしてこの人のエッセイに出てくる、めちゃくちゃな人たちも全部実在の人物なのか?」と驚いている方もいるかもしれない。残念ながらYESである。嘘だったらよかったのだけど嘘ではないから、YouTubeやPodcastの時代に本とかいう古来からある媒体を利用してまで、悪口をできるかぎり長く残していくことで小さな復讐を叶えている。本はしぶとさではピカイチである。古事記が1300年も残っているように、わたしが放った身内への恨みつらみも1300年後に届く可能性があると思うと、もはやエモい。
いや、用法がイマイチ合っているのかわからない「エモい」を使っている場合ではない。何かを体験しなければ、このエッセイは終わらない。
何をこんなに悩んでいるのだろう。冒頭にも書いたとおり、この連載は「消費の歓びを取り戻すこと」が目的の1つだったはずだ。それでは初心に立ち返り、ただ自分がやりたいと思ったことを素直にやればいいのではないだろうか。エッセイと言えど、他人に向けることを前提とした派手さを求めすぎるのも「やりにいく」的な白々しさがある。誰にも押されてもいないのに、自ら熱湯風呂に飛び込んでしまうような感じ。もっと自然さを大事にしたほうがいい。
それで言うと、わたしは物づくりが好きだ。といっても決して大げさなものではなく、ちょっとした落書きをしたりビーズで適当に指輪を作ったりなど、誰の評価も気にすることのない、自由で肩の力が抜けた創作のことである。そういうものであれば、前々から一度やってみたいと思っていたことが1つあった。
それは「編み物」である。
数年前から友人たちが急に編み物をはじめ「楽しい気分になる」「心がスッキリする」「瞑想をしているかのような落ち着いた気持ちになる」という、やや非合法じみた感想とともに勧めてくるようになり、密かに気になっていた。
特に周りではクリエイティブ職に従事する人が夢中になりがちなイメージで、確かに自分の気質的にもハマる要素は十分にある。少し調べてみたところ、どうやら初心者用のセットが2500円ほどで売っているようで、予算的にも都合がいい。
ちなみになぜここまで急激に編み物が流行ったのかも調べてみたところ、この流行にはなんとあのLE SSERAFIMの宮脇咲良が関わっているという説があるらしい。宮脇咲良の影響力は凄まじい。なんかInstagramのフォロワー数がポルトガルの人口ぐらいいるし。
宮脇咲良にもなるとたった1人のパワーで1ジャンルを流行らせることが可能なのだ。個人が歌って踊って国民を動かしていくというのは、ほとんどマクロスの歌姫だ。
宮脇咲良さん、どうにかエッセイ界にも舞い降りてくれないだろうか。もはやエッセイの未来は宮脇咲良さんにかかっていると言っても過言ではない。
というわけで今回わたしが初めて挑戦するものは「編み物」に決定した。勢いそのままにネット経由でセットを購入してもよかったのだが、実店舗で購入したほうが書くことが増えるのではないかというエッセイスト特有の都合で、わたしは早速『世界堂』へと向かうことにした。
たどり着いた世界堂は、期待したどおりの圧倒的な品揃えであった。店内にはところせましと文具、絵の具、洋紙・和紙、額縁、コミック用品が並び「世界堂さえあれば、わたしたちはどんなジャンルの絵も描くことが可能だろう」と、確信させられた。
そんな世界堂にも1つだけ問題点があった。それは「手芸用品を置いていない」ということである。なぜなら世界堂は手芸用品店ではなく、画材屋だからだ。
そう、わたしは初歩的なミスを犯していた。何をどう考えても宮脇咲良についてあれこれ調べる前に、世界堂についてきちんと調べるべきであった。
わたしは自分の至らなさに肩を落としながら、改めて別の駅の手芸用品店へと向かうこととなった。
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そうだ、単発バイトに行こう。

\ 今、一番笑えるエッセイストがおくる労働エッセイ! /
「働きたくない」を原動力に文章を書いてきたエッセイストが、将来の雇用先(?)を探すため、自ら単発バイトの現場へ潜入!
果たして、「働いてもいい」と思えるほど面白い労働先は見つかるのか?
そして、そこで稼いだお金を使って、忘れかけていた「消費の歓び」を取り戻すことはできるのか?
働くとは、いったい何なのか?
すべての働く人に読んでほしい! 労働の本質に迫るかもしれない、体当たり連載です。










