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そうだ、単発バイトに行こう。

2026.09.25 公開 ポスト

初めてティッシュ配りのバイトをしたら、15回目のベテランに出し抜かれた話。ナツイ(文筆家・エッセイスト)

労働から逃げるためにエッセイストになったはずなのに、なぜか連載のために働くことになった――。

「できることなら働きたくない」。そんなナツイさんが、将来の雇用先(?)を探すべく、さまざまな単発バイトに挑戦。そして、そこで稼いだお金を使って、忘れかけていた「消費の歓び」を取り戻すことにチャレンジする体当たり連載。

今回は、初めての単発バイトにいくお話。
締め切りギリギリまで現実逃避を続けたナツイさんの「働きたくなさすぎる様子」も必見です!

 

*   *   *

そうだ、ティッシュ配りに行こう。

「単発バイトに行って、エッセイを書く」という連載がスタートしてしまった。この連載は「できるかぎり楽なバイトを見つけたい」「消費の歓びを取り戻したい」という目的の元、そして「労働さえ入力すれば、あとはわたしが無限にエッセイを生成してくれるのではないか」という甘すぎる見積もりの元に始まったものだ。

今の自分から過去の自分に言いたい、お前はわたしのことをエッセイに特化したAIかなんかと勘違いしているのではないか。過去の自分が憎い、反逆したAIがいつか人類を滅ぼすということをここで確信する。

しかも、いざ始めてみると「労働が大嫌いだからエッセイを書いているはずなのに、これでは単純に労働が2倍になっているだけなのでは」という当たり前のことに気づいてしまった。この連載は、わたしにとってほとんど2回攻撃の切腹だ。まさか自分がいつの間にか、はやぶさの剣を装備した三島由紀夫になっているとは思わなかった。

そんなこんなで締め切り間近にも関わらずこの期に及んで勤労意欲が湧かないわたしは、いつまでなら仕事をしなくていいか、締め切りから逆算をはじめた。頼むから早く求人アプリを開いて、働きに行ってほしい。未来の自分が締め切り間近で苦しんでいるから。
わたしにとってエッセイとは過去の自分をVTRで見て、スタジオで「こいつマジでなんなんだよ」と文句を言い続けるような行為なのかもしれない。いつだって自分が愚かすぎて、時間差でしか向き合えない。

その上、非生産的な計算の結果、なんともう次の日には働かなければ締め切りを破ってしまう状態になっていることに気づいた。まさか、今いる場所が土俵際だったとは。
このままでは提出期限という土俵の外に押し出され、土に膝をついて編集者さんに土下座する羽目になってしまう。そこでわたしは、ようやく突っ張りを繰り出すかのように勢いよく求人アプリのアイコンをタップした。どすこい、である。

前日の午後ということもあり「もう仕事は残されていないのではないか」「そうしたら締め切りを伸ばしても許してもらえるのではないか」という淡い期待を抱きながらアプリを開いた。しかし、住んでいるのが首都圏ということもあり、残念ながらまだ多くの仕事で募集がかかっていた。これには流石のわたしも、舌打ちを16連射する。

だが募集内容をよく読むと、ほとんどの求人には「◯◯の経験者募集中!」「◯◯の資格を持っている方をお待ちしております!」との記載があった。仕事に関する資格どころか運転免許すら持っていないわたしにとって、これは、アツい!
自分から編集者さんにこの連載を提案し、働きたくなさすぎて働けないことをアツがっているのは、我ながら意味がわからない。もはや自分が担いだ神輿に潰されそうになっている状態だ。お前が主催者のお祭りだろこれは。

しかし、そんなさまざまな気持ちを抱え、「しめしめ……」と思いながらスクロールを続けていると、ここである求人を見つけてしまう。

「某イベントの入場受付の仕事! 12:00-18:00」

……この仕事ならいけそうだな。簡単、未経験可、何よりエッセイに書きやすそうという、今のわたしにとっては最高で最低の仕事を発見してしまった。さっきから「しまう」とか「しまった」とか、なんなんだその年末の大掃除みたいな態度は。

イベントを遠くから眺められるのも、純粋に楽しそうで悔しい。心の中が矛盾した気持ちでいっぱいになる。でも「楽しそうな仕事」って、ほんとうは敵なのに味方のフリをして近づいてくる「フレネミー」みたいでざわざわする存在だ。やっぱり働きたくない!

でももう締め切りを破るわけにはいかない。まだバイトに応募をする前の段階にも関わらず、気持ちがずっと反復横跳びしている。
こんなにも心の中はせわしないのに、心の外の世界は何一つとして変わっていないのだから、現実はおそろしい。無限に思考したところで「スマホの画面の応募ボタンをタップする」という指先ひとつでできる行動のほうが価値があることを思うと、しょうもないビジネス書の言うとおり「行動力がすべて」って本当かもしれない。

さらにここで追い打ちをかけるかのように「新規登録したばかりの人なんて、応募したところで不採用になる可能性もあるんだから一回応募した事実だけ作っちゃえば?」と、労働の悪魔がささやいてくる。労働の悪魔、パワハラしまくりそう。労働の悪魔、チェンソーマンだったらかなり手ごわそう。
でも、確かに。行動さえしていれば結果が伴わなくとも、大人は許してくれるときがある。わたしのように自分もまあまあ大人なのに、仕事の関係者のことを大人と呼ぶくせが抜けない人間は情けない。

しょうがない……まるで注射の最中、刺される場所を直視できない子どものように目をつむりながら、ポチッと応募ボタンのあるあたりを押してみる。
そしてゆーーっくり目を開けると、画面には「応募完了」の文字が表示されていた。ひぃ。こうして、意外にもあっけなく応募が完了してしまった。

ここである疑問が湧いてくる。「これっていつ採用か不採用かがわかるのだろうか」、絶対に応募する前に浮かんでおいてほしい疑問である。
わたしはいつか変な契約書にサインをして、桃鉄ばりの大借金を負うこととなる。わたしの場合、キングボンビーはいつだって自分自身なのだから、たちが悪い。

アプリ上のQ&Aを開くと、すぐにその答えが見つかった。「応募した時点でお仕事のマッチングは完了しております」あっ、これってもう仕事することが確定してるんだ。もう絶対に働かなきゃいけないんだ。働きたくなくて働きたくなくて震えてきた。

こうして、1人で部屋で震えていると、それに連動するようにスマホも震えだした。「わたしっていつ、Bluetoothを搭載したんだっけ……」と思いつつ通知を見てみると、それはお世話になっている先輩からの久しぶりのご飯の誘いだった。
わたしは今抱えている不安を打ち消すかのように、二つ返事でその誘いに乗っかった。今は1秒でも長く労働のことを忘れていたい。今夜だけはこのまま身を任せていたい。わたしは新宿へ移動し、先輩と合流した。

居酒屋へ行き、思い出話も交えながら楽しくご飯を食べる。すると1時間経過したぐらいだろうか、再びわたしのスマホが震えだした。「また誰かからの連絡か?」と思い、パッと画面を確認してみる。

画面には求人アプリからの「お仕事がキャンセルされました」というショートメールが表示されていた。この時点で前日の20時である。はぁ?

相当働きたくないとはいえ、原稿のことを考えると、流石のわたしも危機感を覚えた。第1回にして早くも連載を終了してしまう。高速打ち切りにもほどがある。わたしの戦いはリアルガチではじまったばかりなのだから、次回作に期待している場合ではない。

そこで先輩に詫びを入れ、すぐさま求人アプリを開き、1番最初に目についた

「未経験OK! ティッシュ配り! 19:00-21:00」

という求人に応募した。ティッシュ配りのレポートは需要もありそうだし、何より時間が短くなってありがたい。この時間まで残っているのだから、キャンセルされる可能性も少ないはず。

ホッと一安心したわたしはそのまま先輩とはしゃぎ続け、うっかり終電を逃し、カラオケ屋で1泊することとなった。どう考えても2時間のバイト代よりも、カラオケに泊まる金額のほうが高いことは絶対に気にしてはならない。

次の日、目を覚ますと睡眠環境が劣悪だったせいで、体中が痛くなっていた。ここから一度帰宅して、働きに行くことを考えるとますます気が重かったが、「昼からの6時間」が「夜からの2時間」に変更になったのを思い出し、ここはまず神さまに感謝をするべきだと気持ちを切り替えた。神さまも急にだらしのない感謝をされたことに、心底ビックリしたことだろう。


帰宅後、改めて行く予定のバイト先を調べてみると、そこは家から電車で1時間のパチンコ屋であった。「いや2時間しか働かないのだから、交通費でほとんど持っていかれてしまうのでは?」ということは絶対に気にしてはならない。

仮眠を取り、数時間後、電車で移動して集合場所であるパチンコ店の前へ行く。

するとそこには、同じく求人サイトからきたであろう男性がもう到着していて、どこか不安げにオドオドしながら立っていた。
わたしは「ここで働くのが初めての人であれば、共通の話題も安心感も生まれそうでありがたいな」と思い、彼に声をかけてみた。

「あの、このバイト初めてですか?」
「いや、15回目です」

15回目なんかい。15回目のオドオドした人だった。

話も大して盛り上がらなかった。一方的に期待しておいて「仲間じゃないのかよ」と思いながらしばらく立っていると、そこに雇用主らしき大柄な男性が現れ、その場で契約書を書かされることとなった。
どうやら単発バイトにできるかぎり重要な情報に触れさせないために、店の中には立ち入らせない対応になっているらしい。わたしとしてもうっかり書いてはいけないことを書かないで済むのでWin-Winだ。

その場で、大量のティッシュも渡され「パチンコ屋です」「ティッシュどうぞ」の2つを繰り返しながら配るように簡単なレクチャーを受ける。そこから駅前まで連れて行かれて、ようやくアルバイトがスタートした。

実ははじまる前から、わたしの中には「ティッシュ配りが向いている」という確信が存在した。
わたしはずっと「挨拶、好感度が上がるカラオケ説」というのを提唱していて、会社などで大声で挨拶をすることを恥ずかしいと思わないどころか、むしろアミューズメントぐらいに思っているところがある。
その上「今後関わることのない他人からの印象はどうでもいいので、人見知りをする必要がない」という少し怖い倫理観も持ち合わせている。この怖い倫理観のおかげで就活のときは「受かったら仲間! 落ちたら他人!」と思い込むことで、面接で無双していた。入社後は周りの評価を気にしてとにかく人見知りして役に立たないので、ほとんど時限爆弾のような人材だった。

仕事がはじまると、予想どおり駅前でティッシュを配ることも大声を出すこともまったく抵抗がなかった。
「パチンコ屋ですー!!!」「ティッシュどうぞー!!!」と爆音を生み出し続けるわたし。一方で、もう1人のバイトの彼の「ティッシュどうぞ」はまるで小鳥のようだった。わたしの肩に止まって、さえずっているのかと思うほどの小声だった。

 

しかし、声量と反比例するように手持ちのティッシュをどんどん減らしているのは彼のほうだった。「わたしの声が大きすぎて全員ドン引きしているのか?」と思い、声量を抑えてみたがティッシュが減るスピードはまったく変わらない。何かわたしにはわからないコツがあるのか……?

30分ほど経過したところで雇用主が様子を見に来て、配り終えたティッシュの個数を報告することとなった。
彼が意気揚々と「47個です!」と報告をする中、わたしは最初の勢いとはうってかわって、水面に雫が落ちるかのような小さすぎる声で「23個です……」と伝えた。すると雇用主に「マジで少なすぎます」と当たり前の注意をされた。わたしは「わたしのほうがどう考えても頑張ってるのに!」というショックを誤魔化すために、「マジで、ってなんだよ」「大人が、マジで、とか言うなよ」と心の中で悪態をつくことでギリギリ耐えた。

「何が違うんだろう?」と思い、彼の様子をよく観察してみた。するとすぐにそのカラクリに気づいた。

この時点で時刻は19時過ぎ。彼は、人々が仕事から帰宅するために街のほうから駅へと足を進めるのを見て、わたしよりも少し街側に位置どってティッシュを配っていたのだ。
もっとわかりやすく言うと、流しそうめんで、上流ですべてのそうめんをさらって、下流に一本も流れないようにしているのと同じ状態。やり口が15回目すぎる。

さらに観察していると、彼は「パチンコの情報は枚数をさばくのに邪魔なので、ティッシュどうぞしか言わない」「絶対にパチンコに来ないであろう子どもに話しかけて受け取らせている」という熟練のセコさを発揮していた。

わたしはティッシュ配りを単純なものだと勘違いしていたが、意外と奥が深い仕事だった。さらに30分が経過したところで、再び雇用主がきたので「別の場所で配ってみていいですか」とお願いし、少し移動することにした。

するとそこから、みるみるわたしのティッシュがはけていった。やはりわたしはもう1人の彼にずっと邪魔をされていたようだった。彼はハンター試験でいう、新人潰しのトンパのような存在だったのだ。

別の場所で配っていると、わたしの中で「せっかくやるならハイスコアを目指したい」という気持ちが湧いてきた。彼と争っている間に、わたしの中のティッシュ配り魂に火がついてきたらしい。
声を出す、顔を見て渡す、歩くのに合わせて配る腕を動かす、受け取ってもらえたら「ありがとうございます!」とお礼を言う。できることは全部やってみた。あんなに働きたくなかったのに、いつの間にかこの仕事に夢中になっていた。

気づけば2時間があっという間に過ぎていて、結果わたしは183個のティッシュを配ることに成功した。これが、多いのか少ないのかはわからない。とりあえず最後は怒られなかったので、そこまでひどい結果ではなかったのだと信じたい。
インターネットを使えば簡単に他人と比較することも可能だが、1時間あたりの平均配布個数などは絶対に調べない。あの頃の野球部のエースも、クラス1の美女も、決して世界とは比べずに自分の中で最高ということにしておいたほうが、永遠に美しいままなのと一緒だ。

この日の給料は2,700円だった。決して多くはない金額だけれど、あんなに頑張ってもらったお金だと思うと不思議と尊く感じた。今回の仕事で得たものはこのあたたかな気持ちと、「今度からティッシュ配りの人を見たら、絶対に受け取ってあげよう」という決意だった。

プロローグにも書いたが、この連載は単発バイトをし、そこで稼いだお金を使って何か新しい経験をするという構成で進んでいく。大人が2,700円で新しい経験ってできるのだろうか……次回にほどよく期待してほしい。バイトも連載も、急に飛んでいる可能性もあるから。

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そうだ、単発バイトに行こう。

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ナツイ 文筆家・エッセイスト

エッセイ・コラムニスト。元書店員。
SNSでエッセイ、またエンタメ
やサブカルに関する発信をおこなう。

2025年にアンソロジーのZINE、しりひとみ編『死んでないけど走馬灯』に参加。2026年には初の単著『サブカルをお守りにして生きてきた』(KADOKAWA)を発売。
「エッセイで世界を明るく照らしたい」と本気で思っている。

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